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WTO 香港閣僚会議と今後の展望 ~岐路を迎える WTO 体制~ 2005 年 12 月 8 日発行

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WTO 香港閣僚会議と今後の展望

~岐路を迎える WTO 体制~

2005 年 12 月 8 日発行

本稿に関するお問い合わせ先: 調査本部 政策調査部 主任研究員 菅原淳一 Tel:03-3201-9240 E-mail:[email protected]

【要 旨】

1.12 月 13 日から香港において第 6 回世界貿易機関(WTO)閣僚会議(以下、香港閣僚

会議)が開催される。当初、この場において農業や鉱工業品の関税削減幅等の具体案など、

交渉の中核部分につき合意されることが期待されていたが、もはやその可能性はなくなっ

た。加盟国間の意見対立が激しく、関税削減方式や具体的な関税削減幅などの難題はすべ

て先送りされることが既に確定的となった。

2.WTO ドーハ・ラウンド交渉において、 大の争点となっているのは農業分野である。

農業分野では、輸出国として市場開放を求める米国、先進国市場の開放を強く求めている

途上国で形成される G20 、域内農業国の利益確保に努める EU、純輸入国として国内農

業の保護を 重要課題とする日本を含む G10 などの各国・グループがそれぞれの主張を

展開し、激しく対立している。途上国は、農業分野での交渉進展がない限り、他の分野で

の進展もないと主張しており、農業分野での交渉難航が交渉全体に影響を及ぼしている。

輸出国グループや途上国の先進国市場開放の要求は強く、日本にとっては厳しい状況にあ

る。

3.非農産品分野では、「攻める先進国対守る途上国」という対立構図において、どこまで

途上国に優遇措置を認めるかが争点となっている。関税削減方式では、高関税率品目ほど

関税削減幅が大きくなるスイス・フォーミュラ方式とすることでほぼ合意されている。日

本としては、経済関係の密接な東アジア諸国や、今後の経済発展が見込まれるインドやブ

ラジルなどの途上国の関税削減を目指しているが、これら諸国の理解を得るためには、農

業分野での交渉進展が鍵となる。

4.サービス貿易分野は、激しい対立が続く農業分野と非農産品分野の間に埋没し、交渉が

停滞している。この状況を打破するため、これまでの交渉方法に新たな要素を加える「補

完的アプローチ」という考えが提案され、日本は EU とともにこれを主導している。補完

的アプローチは、途上国にも自由化を義務付ける性格を持つため、途上国の反発は激しく、

その採用は全面的には合意されていない。特に、自由化の数値目標を設定することに対し

て途上国は強く反対している。

5.香港閣僚会議には、当初期待されていたほどの成果は既に望めなくなっているものの、

これまでの交渉の進捗状況を確認し、交渉を後退させないという役割が求められている。

また、2006 年内の交渉終結に向け、今後の交渉スケジュールにつき合意されることが期

待されている。交渉が 2006 年中に決着しなければ、WTO を中心とするグローバルな自

由貿易体制への失望が拡がり、各国は FTA(自由貿易協定)などの二国間・地域的な動

きを一層加速させるだろう。その動きは、WTO 体制の意義を損なわせることになりかね

ない。したがって、2006 年は、WTO を中心とするグローバルな自由貿易体制にとって

大きな岐路となる年であり、香港閣僚会議にはその重要な第一歩という意味も持っている。

1

序 繕われる「成功」1

12 月 13 日から香港において第 6 回世界貿易機関(WTO)閣僚会議(以下、香港閣僚会

議)が開催される。つい先日まで、この香港閣僚会議は、現在行われているグローバルな

貿易自由化交渉である WTO「ドーハ開発アジェンダ(DDA)」(以下、ドーハ・ラウンド交

渉)の今後の行方を決するものとして、世界の注目を集めていた。というのも、ドーハ・

ラウンド交渉が交渉終結期限の目標とされている 2006 年末までに終結するためには、香港

閣僚会議で 終合意の中核部分について合意される必要があると考えられていたからだ。

同時に、もし香港閣僚会議でこの合意が得られなければ、2006 年末までの 終合意は極め

て難しく、ドーハ・ラウンド交渉はいつ終わるともわからない漂流状態に陥ってしまうと

いう危機感が、加盟国間で共有されていた。しかし、会議の決裂が危惧された状況は 11 月

中旬ににわかに変化し始め、今や香港閣僚会議の「成功」は確実となった。 ただし、この「成功」は決して喜ばしいものではない。そもそも香港閣僚会議には、

終合意の核となる部分について合意するという目標とともに、「絶対に失敗に終わってなら

ない」という至上命令が課せられていた。2001 年 11 月にドーハ・ラウンド交渉の開始が

合意されて以降、交渉は一進一退を続けてきた。2003 年 9 月には、交渉の中間合意を目指

した第 5 回閣僚会議(カンクン閣僚会議)が決裂し、交渉は暗礁に乗り上げた。その後、

2004 年 7 月の「枠組み合意」によって交渉は軌道に戻ったものの、今年 7 月に合意される

はずであった香港閣僚会議に向けた合意案の第一次素案(first approximation)は、加盟各

国の意見が収斂を見ず、作成されずに終わった。このまま香港閣僚会議が決裂に至れば、

ドーハ・ラウンド交渉の成功裏の決着のみならず、WTO を中心とする世界貿易体制自体が

危うくなる。したがって、ドーハ・ラウンド交渉を延命し、WTO 体制を守るためには、何

としても香港閣僚会議は成功しなければならなかった。 しかし、目指す合意内容と会議の成功はトレードオフの関係にある。つまり、目指す合

意内容がより具体的で、その水準がより高くなれば、それだけ加盟国間の意見対立は激し

くなり、会議の成功は困難になる。一方、目指す合意内容をより曖昧にし、その水準をよ

り低くすれば、加盟国間の意見は収斂しやすくなり、会議の成功はより容易になる。合意

内容の水準を維持するのか、あるいは、会議の成功を確保するのか。この二者択一を迫ら

れたラミーWTO 事務局長(貿易交渉委員会議長)は、会議の「成功」を優先した。つまり、

香港閣僚会議では、加盟国間の意見が対立する争点をすべて先送りにし、意見が収斂した

点のみにつき合意することを選択した。この時点で、香港閣僚会議はもはや当初期待され

ていた交渉の中核部分につき合意する機会ではなく、これまでの交渉の進捗状況を確認し、

今後の交渉スケジュールを決定する場となった。これら 2 つの点でも合意ができそうにも

なければ、さらに合意内容の水準は引き下げられるかもしれない。いずれにせよ、香港閣

僚会議が、何らかの合意を閣僚宣言として発出し、「成功」のうちに終わることは確実とな

1 本稿は、すべて 2005 年 12 月 5 日現在の情報に基づいて記述されていることに留意ありたい。

2

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

枠組み合意(framework)

2004年7月

合意素案(first approximation)

2005年7月

当初案当初案

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

枠組み合意(framework)

2004年7月

合意素案(first approximation)

2005年7月

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

交渉方式(modality)交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

枠組み合意(framework)

2004年7月

枠組み合意(framework)枠組み合意(framework)

2004年7月

合意素案(first approximation)

2005年7月

合意素案(first approximation)

合意素案(first approximation)

2005年7月

当初案当初案当初案当初案

枠組み合意(framework)

2004年7月

完全な交渉方式(full modality)

2006年3月?

 閣僚会議

合意素案(first approximation)

合 

できず

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

ラミーWTO事務局長

「一足飛びは危険」

現在のシナリオ現在のシナリオ

枠組み合意(framework)

2004年7月

完全な交渉方式(full modality)

2006年3月?

 閣僚会議

合意素案(first approximation)

合 

できず

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

ラミーWTO事務局長

「一足飛びは危険」

枠組み合意(framework)

2004年7月

枠組み合意(framework)枠組み合意(framework)

2004年7月

完全な交渉方式(full modality)

2006年3月?

 閣僚会議

完全な交渉方式(full modality)

2006年3月?

 閣僚会議

完全な交渉方式(full modality)

2006年3月?

 閣僚会議

合意素案(first approximation)

合 

できず

合意素案(first approximation)

合意素案(first approximation)

合 

できず

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

交渉方式(modality)

2005年12月

 香港閣僚会議

ラミーWTO事務局長

「一足飛びは危険」

ラミーWTO事務局長

「一足飛びは危険」

現在のシナリオ現在のシナリオ現在のシナリオ現在のシナリオ

(資料)みずほ総合研究所作成

った。香港閣僚会議の「成功」が繕われるのである。 本来、香港閣僚会議で合意が予定されていた 終合意の中核部分とは、「交渉方式

(modality)」のことであった。この交渉方式とは、例えば、非農産物分野においては、具

体的な関税の削減幅やその方法を規定することである。当初の目論見は、香港閣僚会議に

おいて、昨年 7 月に合意された 終合意の「枠組み(framework)」に基づいて、関税の削

減幅などの具体的な数字を示した交渉方式に合意し、その後 1 年程度をかけて、交渉方式

の適用例外の扱いなど、激しい意見対立が予想される細目を詰める、というものであった。

しかし、11 月中旬には、「完全な交渉方式(full modality)」という言葉が使われるように

なり、香港閣僚会議で合意すべき「交渉方式」とは、関税の削減幅などの具体的な数字を

含むものではなく、削減方法の大枠を決めるものと再定義された。そして、本来の交渉方

式に含まれるはずであった関税削減幅などの具体的な数字は、香港閣僚会議後に議論され

る「完全な交渉方式」によって決められることとなった。つまり、「枠組み-交渉方式」と

いう 2 段階の合意であったものが、「枠組み-交渉方式-完全な交渉方式」の 3 段階の合意

に組み替えられ、当初の「交渉方式」は「完全な交渉方式」と読み替えられた。香港閣僚

会議を「成功」させるため、難題が先送りされ、合意内容の水準が引き下げられたのであ

る。

図表 1:香港閣僚会議に向けたシナリオ

3

ラミー事務局長は、「もし我々が(枠組みから完全な交渉方式に)跳躍(jump)し、これ

に失敗すれば、我々が既に成し遂げたことを失いかねない」2として、香港閣僚会議での完

全な交渉方式の合意を断念するよう加盟国に呼びかけた。この段階で、新たに完全な交渉

方式に合意する機会が必要となり、香港閣僚会議を前に、香港閣僚会議の数カ月後に再度

閣僚会議を開催するとの案が浮上した。これは、香港閣僚会議を「成功」させるとともに、

2006 年末という交渉の 終合意期限目標を守るための苦肉の策である。 香港閣僚会議の「成功」が繕われ、難題がすべて先送りされることになったため、その

後 1 年間で 終合意に至ることはより困難となった。2006 年には、まずは速やかに完全な

交渉方式に合意し、年末の 終合意に向けた精力的な交渉が必要である。そのためには、

日本を含む加盟各国が互いに歩み寄る政治決断が不可欠となる。これを踏まえ、本稿では、

香港閣僚会議及びその後の交渉を睨んで、ドーハ・ラウンド交渉の 終合意に向けた主要

論点を明らかにしたい。その争点は多岐にわたっているが、ここではそれらのなかでも多

くの関心を集めている市場アクセス 3 分野(農業、非農産品、サービス貿易)に関する交

渉に焦点を当て、交渉の現状、主要各国の主張、日本政府の交渉ポジションを概観し、今

後の行方を展望する。

2 'Lamy says differences require “recalibration” of Hong Kong expectations, calls for “negotiating spirit” to advance trade talks,' WTO News Items, 2005 年 11 月 10 日。

4

1.農業3

ドーハ・ラウンド交渉において、 大の争点となっているのが農業分野である。農業分

野では、先進国対途上国という他分野にも共通する対立に加え、輸出国対輸入国という対

立が他分野よりも先鋭化して生じるのが常であり、現在もかなり厳しい交渉が行われてい

る。ブラジルなどの有力途上国は、農業分野をドーハ・ラウンド交渉における 重要分野

に位置付け、農業分野での交渉進展を、他分野での交渉進展の前提条件としている。した

がって、香港閣僚会議に向けた交渉においても、その後の 終合意に向けた交渉において

も、農業分野で加盟各国がどこまで歩み寄れるかが、交渉全体の鍵を握っている。

(1)各国提案の内容と相違点

農業分野における主要プレーヤーは、輸出国として市場開放を求める米国、先進国市場

の開放を強く求めている途上国で形成される G204、域内農業国の利益確保に努める EU、

純輸入国として国内農業の保護を 重要課題とする G105、などである。現在の議論は、7月に中国・大連で開催された非公式閣僚会合において議論された G20 の提案に端を発して

いる。この提案は、関税削減方式として「階層内一律削減方式」を提示し、その後の議論

の土台となった。昨年 7 月の枠組み合意6では、関税削減方式は「高関税品目ほど大きな削

減幅となる階層方式」7とするという点までしか合意されていなかったことに鑑みれば、こ

れは合意に向けて一歩前進したことを意味する。

関税削減方式を巡る対立

これまで日本や EU は、関税削減方式として「ウルグアイ・ラウンド方式」の採用を主

張していた。この方式は、平均削減率と 低削減率を定める方式で、品目ごとの柔軟性を

認め、「重要品目(sensitive products)」に課せられている高関税の維持を可能とする方式

である。つまり、重要品目には 低削減率を適用する一方、他の品目では削減率を大きく

3 農業分野では、関税削減等を含む「市場アクセス」に、生産補助金などの「国内支持」、輸出補助金など

の「輸出競争」の 2 つを加えた「3 つの柱」と、アフリカを中心とする途上国の関心が強い「綿花問題」

で交渉が行われているが、ここでは論点を「市場アクセス」に限定している。なお、「輸出競争」に関して

は、輸出補助金とこれと「同等な措置」(輸出信用等)の並行的撤廃という点で既に合意されており、撤廃

期限等につき現在議論されている。「国内支持」については、「市場アクセス」同様、その削減幅等を巡る

対立が続いている。 4 構成国は、アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、中国、キューバ、エジプト、グアテマラ、イン

ド、インドネシア、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、パラグァイ、フィリピン、南アフリカ、タン

ザニア、タイ、ウルグアイ、ベネズエラ、ジンバブエの 21 カ国(2005 年 11 月末現在)。 5 構成国・地域は、日本、スイス、ノルウェー、韓国、台湾、アイスランド、イスラエル、モーリシャス、

リヒテンシュタインの 9 カ国・地域(2005 年 11 月末現在)。 6 「枠組み合意」の概要とその交渉経緯については、拙稿「動き始めた WTO ドーハ・ラウンド交渉」(『み

ずほリポート』2004 年 11 月 11 日)参照。 7 「階層方式」とは、現行関税率に応じて分けられたいくつかの「階層」(例:現行関税率 0-20%が第一階

層、20-50%が第二階層、50%以上が第三階層)ごとに関税削減を行うという方式である。

5

することで、平均削減率の達成が可能となる。そのため、重要品目を多く抱える EU や日

本を含む G10 諸国がこの方式を支持していた。他方、米国等の大幅な関税削減を求める農

産品輸出諸国は、「スイス・フォーミュラ方式」による関税削減を主張していた。これは、

一定の数式を現行関税率に適用して関税削減を図るもので、現行関税率が高い品目ほど削

減幅が大きくなり、かつ、すべての品目が一定の関税率以下に引き下げられるものである8。

この方式では、品目ごとの柔軟性は認められず、上限関税率が設定される場合と同じ効果

を持つため、大幅な関税削減を実現することが出来る。 枠組み合意で合意された「高関税品目ほど大きな削減幅となる階層方式」は、ウルグア

イ・ラウンド方式とスイス・フォーミュラ方式の双方の採用が可能な方式であった。とい

うのは、上限関税率まで関税が圧縮されるスイス・フォーミュラ方式がこの条件を満たし

ているのはもちろんであるが、現行関税率に応じて階層を設定し、高関税率階層ほど平均

削減率を大きくすれば、ウルグアイ・ラウンド方式でもこの条件を満たすことが出来るか

らである。つまり、枠組み合意の時点では、具体的にどのような関税削減方式になるかは

決着を見ていなかったと言える。したがって、G20 提案は、基本となる関税削減方式を具

体的に提示したという点で前進であった。

G20 提案と続く各国提案

G20 が提案した階層内一律削減方式とは、現行関税率に応じて設定された各階層内では、

同一の削減率を適用し、削減率は高関税率階層ほど大きく設定する、というものである。

これは、各階層に一律の削減率を適用するという点で、品目ごとの柔軟性が認められるウ

ルグアイ・ラウンド方式より厳しい削減方式である一方、同一階層内でも現行関税率が高

いほど削減率が大きくなるスイス・フォーミュラ方式に比べると緩やかな削減方式となっ

ている。また、上限関税率が設定されており、その点ではスイス・フォーミュラ方式の要

素が加味されている。この方式は、G20 自身が述べているように、ウルグアイ・ラウンド

方式とスイス・フォーミュラ方式の「中間点(middle ground)」に位置付けられる方式と

言える。その意味では、G20 の提案は先進国市場の開放を求める途上国による強硬な提案

というよりも、交渉合意の基盤形成を目指した現実的提案であったと評価することができ

る。それ故に、G20 提案が議論された大連非公式閣僚会合では、この方式には議論の出発

点という位置付けが与えられた9。 7 月末の第一次素案作成期限までには、G20 提案で合意を見ることは出来なかったが、

10 月 10 日からスイス・チューリッヒで開催された非公式閣僚会合10時には、米国、EU、

8 「スイス・フォーミュラ方式」の詳細は、次章(非農産品市場アクセス)を参照。 9 “Informal Ministerial Meeting, Dalian 12-13 July 2005, Co-chairs’ Summary” 10 正確には、10 日に開催された「フルエラ・グループ会合」、12 日開催された「拡大 FIPs 会合」などの

会合が個別に開催されており、参加国は会合ごとに異なっている。いずれの会合にも、農業交渉を主導し

ている FIPs(Five Interested Parties:米国、EU、豪、ブラジル、インド)と、日本、中国、スイス、カ

6

G10 が G20 提案を取り入れた自国案を提案した。G20 も、7 月の提案では関税削減の方法

を示すのみで、具体的な削減率を示してはいなかったが、この会合時に具体的数字を入れ

た提案を行った11(図表 2)。

図表 2:関税削減方式(先進国対象)に関する各国提案

各国提案の相違点

各国提案を比較すると、①階層区分、②削減率、③重要品目の扱い、④上限関税率の設

定、に違いが見られる。 ①階層区分に関しては、階層数が 4 階層である点では足並みが揃っているものの12、境界

となる現行関税率には違いが見られる。この差異がもたらす影響は実は小さくない。例え

ば、EU はその改訂提案で、他国が 20%としている 下層の上限を 30%とし、しかも、そ

の階層にだけ 低削減率(20%)、 高削減率(45%)、平均関税率(35%)を設定してウ

ルグアイ・ラウンド方式に近い削減方法を提案している。これは、EU の農産物のうち、関

税品目数(タリフライン)の約 8 割が関税率 30%以下の階層にあり、この階層での柔軟性

の確保が EU にとって至上命令であるという事情を反映しているとみられる。これに対し

ては、放棄されたとみなされていたウルグアイ・ラウンド方式に近い方式を EU が再度持

ち出したとして、米国などから強い批判が加えられている13。 ②削減率に関しては、 大の削減率を提案している米提案と、 小の削減率である G10

提案(オプション 1)では約 2 倍の開きがある。G10 提案は、自由化が不十分として批判

された EU の第一次提案に近いものであり、G10 諸国がさらなる譲歩を求められるのは確

ナダなどが参加していた。ここでは、同時期に同地で開催された一連の閣僚級会合を「チューリッヒ非公

式閣僚会合」と呼んでいる。 11 いずれも市場アクセス分野に留まらず、農業分野全体に関する提案を行っている。また、EU は NAMA、

サービスに関する提案も行っている(後述)。各種報道によれば、各提案への各国の反応は、EU 提案は市

場アクセスに関する提案が不十分、米提案は国内支持に関する提案が自国に有利、というものであった模

様である。 12 G20 の 7 月 8 日付提案では、先進国を対象とした削減方式の階層は 5 階層であったが、10 月 12 日付提

案で 4 階層とされた。 13 Inside U.S. Trade, 2005 年 10 月 28 日。

(注)いずれも先進国のみを対象とした方式。単位は%。米提案及び G10 提案は 2005 年 10 月 10 日付。G10提案の削減率等の数字は例示とされている。G20 提案は 7 月 8 日付のものに 10 月 12 日及び 19 日の修正

を加えたもの。EU 提案は 10 月 10 日付のものと 10 月 28 日付改訂提案(網掛け部分)の双方を示した。

(資料)各国提案文書よりみずほ総合研究所作成。

現行関税率 削減幅 現行関税率 削減幅 現行関税率 削減幅 (重要品目) 改訂 現行関税率オプション1 オプション20-20 55-65 0-20 45 0-30 20 5%以上 35(20-45) 0-20 27 32±7

20-40 65-75 20-50 55 30-60 30 10%以上 45 20-50 31 36±840-60 75-85 50-75 65 60-90 40 15%以上 50 50-70 37 42±960< 85-90 75< 75 90< 50 20%以上 60 70< 45 50±10

上限関税率 75 上限関税率 100 上限関税率 100 - 100重要品目 1 1 約8 約8 15以下 10以下

導入反対

EU米 G20 G10

7

実である。 また、米提案では削減率に幅が設けられているものの、これはウルグアイ・ラウンド方

式のように階層内での品目ごとの柔軟性を認めるものではなく、同一階層内の低関税率品

目には 低削減率を適用し、高関税率品目ほどその削減率を大きくするというもののよう

である。したがって、米提案はスイス・フォーミュラ方式により近いものとなっている。 ③重要品目14については、その品目数が 大の問題である。これにつき、米国が関税品目

数の 1%を上限とすることを提案し、G20 がこれと平仄を合わせているのに対して、EU は

関税品目数の約 8%、G10 は、削減率適用の柔軟性に応じて 10-15%を主張している。こう

した品目数の差異に加え、関税削減方法、輸入枠の拡大方法、上限関税率の適用の有無な

ど、重要品目の扱いについても意見の差異は大きい。 ④上限関税率については、米国が 75%、G20 が 100%を主張している。一方、G10 提案

には、上限関税率の設定に反対する旨が明記されている。主要国・グループの意見が割れ

るなかで、G10 諸国にとって痛手であったのは、上限関税率の設定反対で共同歩調をとる

ことを期待していた EU が、G20 案を受け入れたことだろう。他方、「思わぬ援軍」15と報

じられたのが ACP 諸国16提案である。ACP 諸国提案は、関税削減率に関して、途上国に大

幅な削減を迫ることに反対する一方、先進国については何も述べていないが、上限関税率

に関しては、先進国に対しても含めて、その設定に反対している。報道によれば17、ACP諸国提案は、いわゆる「特恵侵食(preference erosion)」問題への懸念に基づいているよう

である18。ドーハ・ラウンド交渉は開発の側面を重視しており、ACP 諸国の懸念には何ら

かの対応策を用意する必要があるため、ACP 諸国の提案は G10 にとって確かに心強い援軍

と言える。しかし、ACP 諸国の上限関税率の設定反対が、特恵侵食のみを理由とするので

あれば、これにつき何らかの補償措置がとられるなら、先進国のみを対象とする上限関税

率の設定に反対する理由もなくなる。この点については、旧宗主国として ACP 諸国と関係

の深い EU が、今後どのような姿勢をとるのかが鍵となると思われる19。 14 重要品目であっても、自由化交渉の例外となるわけではない。他品目に適用される関税削減方式の例外

とされるものの、軽減された幅での関税削減や関税割当拡大による輸入拡大が求められる。 15 2005 年 10 月 23 日付日本経済新聞。 16 アフリカ・カリブ海・太平洋諸国グループ。同地域の約 80 カ国で構成。 17 TWN(Third World Network) Info Service on WTO and Trade Issues, 2005 年 10 月 26 日。 18 多くの先進国は、開発途上国の経済発展に資するべく、当該諸国からの特定輸入品に対して一般の関税

率よりも低い関税率を適用するという「特恵関税」制度を有している。日本もこの制度を有し、140 カ国・

15 地域に対して特恵関税率を適用している。特に後発開発途上国(LDC)47 カ国に対しては、対象品目

につき特恵関税率をゼロ(無税)としている。したがって、開発途上国にとっては、一般関税率と特恵関

税率の差(特恵マージン)が利益となり、先進国市場での商品の競争力を高めている。しかし、一般関税

率が引き下げられれば、特恵マージンは縮小し、開発途上国の利益は侵食される。これが、「特恵侵食」問

題である。特に、「重要品目」は高関税であることが多く、その分特恵マージンが大きいが、上限関税率が

導入されれば、一般関税率が上限関税率まで引き下げられるため、特恵マージンは大幅に縮小することが

予想される。つまり、ACP 諸国提案は、この特恵侵食を避けるために上限関税率の導入に反対しているも

のと思われる。なお、今回の提案は、G10 にも属しているモーリシャスが、ACP 諸国を代表して行った。 19 今年 11 月 30 日の G90(途上国グループ)閣僚会合において、EU のマンデルソン欧州委員(通商担当)

は、ドーハ・ラウンド交渉で実現される自由化は「すべての国を利するべきであり、競争力を有するごく

8

(2)日本の交渉ポジションと各国提案の影響

日本の交渉ポジションは G10 提案に反映されているように、ひと言で言えば「柔軟性の

確保」である。コメなどの大幅な関税削減・輸入枠拡大を回避するためには、一律の関税

削減ではなく、品目ごとの柔軟性を確保することが 重要課題となる。したがって、関税

削減方式は品目ごとに幅のある削減率を採用した方式とし、重要品目の数を可能な限り多

く確保するとともに、上限関税率が設定されないよう交渉を進めていくことが、日本の交

渉目標となる。しかし、現在の情勢は日本にとって極めて厳しいと言わざるを得ない。 重要品目の数については、上述の通り、日本を含む G10 が関税品目数の 10-15%を主張

しているのに対し、EU が 8%、米・G20 は 1%を提案しており、各国・グループの主張に

は大きな隔たりがある。これを日本に当てはめてみると、日本の農産物の関税品目数は 1326であるから、それぞれ約 130-200 品目(G10 提案)、約 105 品目(EU 提案)、約 13 品目

(米・G20 提案)20となる。日本の農産物の関税分類では、コメだけでも玄米、精米など

17 品目があり、米・G20 提案の厳しさが際立っている。 そもそも、昨年 7 月の枠組み合意の際に日本は、関税削減方式によるものの、重要品目

数は 3 割程度(約 400 品目)必要との認識から、約 120 品目を重要品目として確保できそ

うであった合意案に強く反対した。その結果枠組み合意では、重要品目数は「今後の交渉

で決められる適当な数」とされたという経緯がある21。前提となる関税削減方式が異なるた

め、一概に比較は出来ないが、こうした交渉経緯から言っても、米・G20 提案は日本にと

って問題外であり、EU 提案でもかなり厳しいものであると言える。言い換えれば、G10提案自体がかなり米・G20 の主張に歩み寄ったものであることがわかる。しかし、EU 提案

が厳しい批判に曝されているなかで、関税削減率では EU 提案を下回り、その上重要品目

数では EU 提案を上回る G10 提案が、各国の主張の「中間点」として受け入れられる余地

はない。 加えて、重要品目に関しては、その数だけでなく、その扱いにも留意しなければならな

い。というのは、重要品目として関税削減率の軽減が認められたとしても、ウルグアイ・

ラウンド時のミニマム・アクセスのように、義務的な輸入量の拡大を迫られることになり

かねないためである。 また、上限関税率の設定は、関税による国内農業保護を図る国にとっては受け入れ難い

わずかな輸出国のみを利するものとなるべきでない」と主張し、農業分野については EU の提案こそが各

国の主張の「中間点」であり、それ以上の自由化は「途上国の特恵を完全に壊滅させ、途上国経済のすべ

ての分野を破壊する」として、そうした提案は「拒否されなければならない」と訴えた。’Remarks to G90 Ministerial – Doha and development,’ 2005 年 11 月 30 日、欧州委員会ホームページ。これに対して、ポ

ートマン米通商代表は、「世界 大の も裕福な貿易ブロックである EU が、その域内市場を開放できない

理由を説明するために後発開発途上国の後ろに隠れていることは悲しむべきことだ」と痛烈に非難した。

Inside U.S. Trade, 2005 年 12 月 2 日。 20 正確には、G20 提案では、「重要品目」数は「有税関税品目数の 1%」とされている。日本の農産物の有

税関税品目数は約 1000 品目であるため、G20 提案では 10 品目程度となる。 21 その詳細については、前掲拙稿参照。

9

措置である。ましてや、100%やそれ以下の上限関税率が重要品目にも適用されることにな

れば、国内で大きな政治問題になることが予想される。 日本の場合、ウルグアイ・ラウンドで関税化された品目をはじめとして、200%を超える

関税が課せられている農産物が少なくない(図表 3)。コメ(精米)で 778%、 も高率な

こんにゃく芋では 1705%の関税が課せられている22。仮に、これらの関税を短期間のうち

に 100%程度にまで引き下げることが義務付けられるのであれば、国内生産者から極めて強

い反発が起きるだろう。日本としては、上限関税率が設定されるとしても、重要品目を対

象外とする、あるいは、かなり高率とするようにしなければならない。

図表 3:日本の主要な高関税率農産品

現在の交渉状況に鑑みて、日本が農業交渉の市場アクセス分野においてこれまでの主張

を貫き通すことはまず不可能である。日本政府が現在の交渉ポジションを維持するのであ

れば、交渉を出来るだけ有利に進めるべく、重要品目と上限関税率に関して他の加盟国の

譲歩を引き出せるような対案を提示する必要がある。その際のポイントは、米国や G20 に

対して「攻め」の提案を行い、加盟国の大半を占める途上国の支持を得ることである。例

えば EU は、農業分野での交渉進展の前提条件として、非農産品及びサービス貿易分野で

の交渉進展を挙げて交渉全体の均衡を図るとともに、ドーハ・ラウンド交渉の開発に関わ

る側面を重視する姿勢を打ち出して途上国の理解を得るよう努めている。その一環として、

EU は、大幅な関税削減は途上国の関税特恵を侵食し、途上国経済に打撃を与えると主張し

ている23。また、EU は、一部の途上国が強い利害を有する綿花問題に積極的に取り組む姿

22 実際には、コメには 1 キログラム当たり 341 円、こんにゃく芋には同 2796 円の従量税が課せられてい

る。文中及び図表では、これを今般合意された換算方式で従価税に直した関税率を示している。 23 注 19 参照。

1705

1083

778593

482325

256 252 249 245 234

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

1600

1800

こん

にゃ

く芋

エンドウ

豆 コメ

落花

バター

砂糖

大麦

小麦

小麦

粉生

でん

(注)今年 5 月に合意された従量税を従価税に換算する方式に基づき計算された関税率。 (資料)外務省経済局資料(2005 年 8 月)

10

勢を打ち出して、自らの農業提案への批判をかわす一方、綿花問題を弱みとする米国へ反

転攻勢を仕掛けている。日本も、かつては「農業の多面的機能」、 近でも「多様な農業の

共存」や「輸出国と輸入国の権利義務の均衡」を掲げて交渉ポジションの強化を図ってき

た。しかし、ドーハ・ラウンド交渉が山場を迎え、譲歩すべきは譲歩し、それを基点に反

転攻勢に打って出なければ、防戦一方のまま、 後は押し切られるという 悪の事態を招

きかねない。 他方、日本政府の農業交渉における主張には、国内からも見直しを求める声が強く上が

っている。日本にとっては、現在進められている国内の農政改革を加速する道筋をつけ、

農業分野で思い切った譲歩をすることが、他分野での日本の交渉ポジションを強化し、ド

ーハ・ラウンド交渉の進展に大きく貢献する も効果的な策であるとの声が少なくないこ

も、日本政府は忘れるべきではない。

11

2.非農産品市場アクセス(NAMA)24

鉱工業品に林・水産物を加えた非農産品の市場アクセス(NAMA:Non-Agricultural Market Access)分野では、農業分野に比べ、攻める先進国対守る途上国という対立構図が

より鮮明になっている。焦点は、関税削減において、途上国に対してどの程度「柔軟性」(緩

和措置)を認めるか、である。途上国に対して関税削減義務を緩和する、いわゆる柔軟性

を認めることには先進諸国にも異論はない。ただし、途上国の中には、中国や ASEAN 諸

国をはじめとして非農産品分野で高い国際競争力を有する国も含まれており、これら諸国

に大幅な柔軟性が認められれば、先進諸国にとって今次交渉の意義は大きく損なわれる。

一方、途上国側としても、大幅な関税削減義務が課されれば、国内産業が大きな打撃を蒙

ることになり、容易に譲歩できない。かくして、意見の収斂は図れず、香港閣僚会議での

完全な交渉方式の合意は見送られることになった。

(1)各国提案の内容と相違点

関税削減方式はスイス・フォーミュラでほぼ合意

NAMA 分野では、農業分野とは異なり、関税削減方式についてはスイス・フォーミュラ

方式とすることでほぼ合意を見ている。既に、昨年 7 月の枠組み合意時点で、NAMA 分野

の関税削減方式は「非定率(non-linear)」のものとすることで合意されていた。これは、

定率の一律削減(例:現行関税率の一律 50%削減)を基本とするウルグアイ・ラウンド方

式ではなく、高関税率品目ほど関税削減幅を大きくする非定率の削減方式とするという意

味であり、スイス・フォーミュラ方式を想定したものであった。現在の争点は、このスイ

ス・フォーミュラ方式に基づく関税削減のための具体的な数式である。当初香港閣僚会議

でこの数式(フォーミュラ)につき合意されることが期待されていたのだが、これは来年

に先送りされた。 スイス・フォーミュラ 一定の算定式をすべての品目に適用して関税を引き下げる方式で、GATT 東京ラウンド

時に非農産品の関税削減方式としてスイスが提案したことからこう呼ばれている。一般に、

以下の数式で表される。

TKTKX

= X=削減後の関税率、K=係数(上限関税率)、T=現行関税率

24 NAMA 分野では、関税削減方式に加え、分野別関税削減、非譲許品目の扱いなどが議論されているが、

ここでは現在の 重要問題である関税削減方式に焦点を当てている。

12

この算定式では、現行関税率が高率であるほど、削減幅が大きくなる。また、現行関税

率 T の値にかかわらず、削減後の関税率 X は係数 K より小さくなるため、係数 K がすべて

の品目の上限関税率となる。

スイス・フォーミュラ方式のイメージ

数式を巡る対立

スイス・フォーミュラ方式において、関税の削減幅や途上国への柔軟性は、主に途上国

に適用する係数の緩和を認めるものと、例外品目の設定や関税削減実施期間の延長などを

認めるものとがあり、これらをどのように組み合わせるかが現在議論されている。これま

でに、先進国、途上国の双方から様々な提案がなされているが、主要な提案は、①途上国25

に対して、適用する係数を先進国と同一にする一方、例外品目の設定や関税削減実施期間

の延長を認める、もしくは、②途上国に対して、適用する係数を先進国より軽減する一方、

例外品目の設定や関税削減実施期間の延長などのその他の柔軟性を認めない、のどちらか

を基本とするものとなっている。この場合、数式の形は決められているので、その係数が

どのようになるかが決定的に重要となる。 例えば、今年 3 月に示された米国案では、先進国向けと途上国向けの 2 つの係数を用い

る代わりに、途上国はその他の柔軟性を放棄するとの提案がなされている26。他方 EU は、

(a)係数を先進国・途上国共通とする代わりに途上国にはその他の柔軟性を認める、あるい

は、(b)その他の柔軟性を制限する代わりに係数をその制限の程度に応じて緩和する、のど

ちらかを選択する、との提案を行っている。また、アルゼンチン(A)、ブラジル(B)、インド

(I)の3カ国は共同で、各国の平均関税率を係数に反映させるとの提案を行っている(ABI

25 NAMA 分野に限らず、他の分野も含め、自由化の文脈で先進国と途上国が対置される場合、通常「途上

国」には後発開発途上国は含まれていない。本稿でも同様である。 26 直近では、米国は EU 同様、途上国にその他の柔軟性を認める代わりに、先進国と途上国で単一の係数

とすべきとの主張を行っているようである。Inside U.S. Trade, 2005 年 11 月 11 日。

適用後関税率(X)

現行関税率(T)

非定率削減方式(スイス・フォーミュラ)

定率削減方式(linear)

係数(K)

13

先進国(係数A)

途上国(係数B)

適用後関税率(X)

現行関税率(T)

TATAX

=

TBTBX

=係数A < B柔軟性なし

提案)。この場合、係数に平均関税率を掛け合わせたものが上限関税率となるため、現在の

平均関税率が高率な国ほど、関税削減幅は小さくなる(図表 4)。また、ABI 提案は、途上

国向けの係数を緩和することと、その他の柔軟性を認めることはトレードオフの関係には

ない、と主張している。

図表 4:各国提案の概要

係数緩和と柔軟性確保

先進国側から見れば、ABI 提案は、現行関税率が高率なものほど削減幅を大きくする、

というスイス・フォーミュラ方式の利点を大きく損なうものであり、先進国と途上国の関

税格差を縮小するという目的に資するものではない27、ということになる。一方、途上国か

らすれば、先進諸国の提案はいずれも係数と柔軟性を結びつけ、係数緩和か柔軟性確保の

いずれかを選ぶものとなっているが、そもそも柔軟性は係数と結びつけて議論されるべき

ではなく、係数緩和と柔軟性確保がともに認められるべきである、との議論になる。両者

とも、昨年の枠組み合意時に比べると、先進国側は途上国に係数緩和を認め、途上国側は

スイス・フォーミュラ方式を認めるなど、歩み寄りを見せてはいるが、双方の意見の相違

はいまだ大きなものとなっている。

27 そのため、米・EU 提案などと ABI 提案が対置される場合には、ABI 提案のフォーミュラを「スイス・

フォーミュラ方式」とみなさず、「スイス・フォーミュラ対 ABI フォーミュラ」として議論されている。

先進国・途上国共通(係数A)

途上国(係数A+α)

適用後関税率(X)

現行関税率(T)

TATAX

=

柔軟性制限に応じ係数緩和

米提案 EU提案

適用後関税率(X)

現行関税率(T)

TtATtAX

a

a

+×××

=

ta=各国の現行平均関税率

ta=t1

ta=t2

ta=t3

t1 < t2 < t3現行平均関税率が高率なほど、

削減幅が小さくなる

ABI提案 (注)今年 10 月 28 日の EU 提案では、先進国及び

先進途上国(Advanced Developing countries)向け

の係数(A)は 10 とし、先進途上国には柔軟性を認

めるものの、上限関税率(A+α)を 15%とする、と

されている。ただし、「先進途上国」の定義はなされ

ていない。

(資料)各国提案文書、経済産業省資料等より、

みずほ総合研究所作成

14

(2)日本の交渉ポジションと今後の展望

日本としては、東アジア諸国などの経済関係が密接な途上国、あるいはインド、ブラジ

ルなどの今後の経済発展が見込まれる途上国の高関税を引き下げることが、NAMA 分野で

の 大の目標である。したがって、ABI 提案には反対であり、先進国と途上国の関税格差

の縮小に資するスイス・フォーミュラ方式で加盟国間の合意が得られるよう、香港閣僚会

議及びそれに続く完全な交渉方式を巡る交渉に臨むことになる。今年 11 月に開催された

APEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議では、ドーハ・ラウンド交渉に関する特別声明が

出され、NAMA 分野の交渉において「野心的な(複数の)係数を有するスイス・フォーミ

ュラ」での合意を目指すことがこの声明に明記された28。東アジア諸国も参加する APECの場で、こうした合意ができたことは一歩前進である。今後は APEC に参加していないブ

ラジル等の新興途上国の理解を得ることが課題となるが、これら諸国に大幅な柔軟性を認

めることは交渉目標に反するため、NAMA 分野の枠内でこれら諸国を説得することは容易

ではない。結局は、農業分野での交渉進展がこれら諸国を説得する上での 大の鍵となる。 他方、先進諸国に残る一部品目の高関税削減も、日本にとっての重要な交渉目標である。

その具体例としては、EU の家電(関税率 14%)及び自動車(同 10%)、米国のトラック

(同 25%)がよく挙げられる。これら諸国・品目に関しては、スイス・フォーミュラ方式

による削減とともに、「分野別アプローチ」による関税削減を図ることが重要である。分野

別アプローチとは、品目横断的に関税削減が行われるフォーミュラによる関税削減方式と

は別に、加盟国の関心の高い分野を品目ごとに取り上げ、関税削減を行うものである。し

たがって、分野別アプローチの対象品目に日本の関心品目を含めることが第一の課題とな

る。これまでのところ、電気・電子機器など、日本の関心品目が一部含まれる見込みとな

っているが、さらに、家電や自動車・同部品などが含まれるよう交渉を進めていくことに

なる。 このように、日本は NAMA 分野においては基本的に「攻め」中心の交渉を行っているが、

交渉が 終局面に近づくほど、「守り」に回らざるを得ない場面が多くなると思われる。例

えば、冒頭で述べたように、NAMA 分野には鉱工業品だけでなく、林産物、水産物も含ま

れているが、これらは日本にとって自由化が困難なセンシティブ品目である。日本はこれ

までに、有限天然資源である林・水産物に関しては、他の鉱工業品とは異なる特別な配慮

が必要であると訴えてきたが、他方では途上国の経済発展に資するとして林・水産物の自

由化を主張する米加両国をはじめとする勢力があり、日本の主張が加盟国の大勢の支持を

得るには至っていない。林・水産物に加え、皮革や履物といった日本にとってのセンシテ

ィブ品目も分野別アプローチの対象品目として現在検討されている。これらが分野別アプ

ローチの対象品目とされれば、フォーミュラによる関税削減に加え、一層の自由化が求め

28 「第 13 回 APEC 首脳会議ドーハ開発アジェンダ(DDA)交渉に関する APEC 首脳声明(仮訳)」、2005年 11 月 18-19 日、外務省ホームページ。

15

られることになり、日本としてはかなり厳しい状況となる。日本としては、交渉の 終局

面で「抵抗勢力」に仕立て上げられることを回避すべく、主張すべきは主張しつつ、譲歩

すべき点では国内での改革努力を通じた譲歩が必要となる。

16

3.サービス貿易29

サービス貿易分野の交渉の進展は芳しくない。その 大の原因は、これまで見てきたよ

うに、農業及び NAMA の両分野における加盟国間の意見対立が交渉全体を覆ってしまい、

サービス貿易分野は完全に農業分野とNAMA分野の間に埋没してしまっていることにある。

この構図に大きな変化は見られないが、 近サービス貿易分野にも進展の兆しが見え始め

ている。それは、サービス貿易分野での交渉遅滞に強い危機感を持った先進諸国と、サー

ビス貿易分野での先進国市場の開放に利益を見出しているインドに代表される一部途上国

が、新たな動きを見せていることによる。特に、先進国側は、交渉のやり方自体を変える

新たな提案を行っているが、これに対する途上国側の反発は強く、意見が収斂する状況に

はない。

(1)リクエスト・オファー方式の限界-補完的アプローチの模索

現在の対立の焦点は、「補完的アプローチ」の扱いにある。補完的アプローチという考え

は、なかなか進展を見ないサービス貿易分野の交渉を促進する方法として浮上したもので、

EU とともに日本がその主唱者となっている。では、何故補完的アプローチという考えが提

示されたのか、また、そもそも補完的アプローチとは何かということを理解するためには、

これまでのサービス貿易分野の交渉のあり方を見る必要がある。 サービス貿易分野の交渉が進んでいない理由はいくつかある。 大の理由は、農業分野

及び NAMA 分野での交渉が進展を見ていないことにある。しかし、サービス貿易分野だけ

を見ても、自由化交渉と並行して行われているサービス貿易に係わるルールに関する交渉

が膠着状態に陥っていることや、各国の自由化約束の基盤となるサービス貿易の業種分類

が固まっていないことなどが交渉の進展を妨げる要因となっている。なかでも、交渉停滞

の大きな原因として考えられているのが、サービス貿易分野の交渉方法である。 これまで見てきたように、農業分野や NAMA 分野の交渉では、関税削減の方法としてフ

ォーミュラ方式が採用されている。他方、サービス貿易分野ではいわゆる「リクエスト・

オファー」方式によって自由化交渉が行われている。リクエスト・オファー方式では、加

盟各国が関心国の関心分野について自由化要望(リクエスト)を行い、リクエストを受け

た国は、自由化できる分野と内容を提示(オファー)する。このリクエストとオファーに

基づく二国間交渉を繰り返すことにより、自由化交渉が進められる。つまり、フォーミュ

ラ方式では、係数等に差異はあっても、原則すべての加盟国がフォーミュラによる関税削

減義務を負うことになるが、リクエスト・オファー方式では、あくまでも二国間交渉によ

って自由化約束が決められていく。したがって、加盟各国は、自由化したくない分野の自

29 サービス分野の交渉状況と香港閣僚会議の課題については、拙稿「WTO ドーハ・ラウンド:サービス

貿易交渉の動き」(『国際金融』第 1152 号、2005 年 9 月 15 日、財団法人外国為替貿易研究会)を参照あ

りたい。

17

由化を一律に強いられることはない。極端なことをいえば、オファーを出さなければ何ら

新たな自由化義務を負うことはない。こうしたリクエスト・オファー方式に基づく交渉形

態が、加盟国、特に途上国の交渉への参加意欲を損なわせている面があることは否定でき

ない30。こうして、途上国の交渉参加を促すには、リクエスト・オファー方式を補完する交

渉方法が必要との認識が先進国を中心に高まってきた。

補完的アプローチを巡る対立

このような背景から、現在補完的アプローチを巡る議論が 大の争点となっている。補

完的アプローチとは、端的に言えば、サービス貿易分野の交渉においても、他分野同様フ

ォーミュラの要素を取り入れようというものである。つまり、リクエストやオファーの提

出状況にかかわらず、途上国も含む加盟国が何らかの自由化約束を行う交渉方法を取り入

れ、途上国の交渉参加を促し、質・量ともに十分な自由化を確保しようということである。 現在議論されている補完的アプローチには、①量的目標、②質的基準、③複数国間交渉、

の3手法がある。量的目標とは、全部で 155(EU の分類では 163)あるサービス貿易分野

の業種のうち、X 業種以上、あるいは、全業種の Y%以上の業種で自由化約束を行うという

数値目標を設定する方法である。例えば、EU は、全 163 業種のうち、先進国は 139 業種、

途上国は 93 業種(先進国の 3 分の 2)で新規の自由化約束、あるいは既存の自由化約束の

改善を行うべきとの提案を行っている31。 質的基準とは、サービス貿易の提供形態(モード)ごと32に、達成すべき自由化の基準を

示すものである。具体的には、拠点設置(第 3 モード)においては外資出資比率制限を 51%以上にする、進出形態(現地法人、支店)に関する制限を撤廃する、などである。 第三の複数国間交渉33は前二者とは性格が異なるが、リクエスト・オファー方式による交

渉を補完する点では同じである。これは、ある国が他の加盟国からある特定業種、あるい

は特定モードのリクエストを受けた場合、同様のリクエストを受けた諸国とリクエストを

行った諸国とともに交渉を行うことを義務付けるというものである。問題は、複数国間交

渉への参加を義務とすべきかどうかであるが、日本やインドは義務化を支持している。一

30 実際に、初期オファーの提出期限は 2003 年 3 月であったが、期限までに提出されたのは 25(39 カ国)

に過ぎなかった。今年 11 月末時点でも、その数は 70(94 カ国)に留まっている。昨年 7 月の枠組み合意

では、初期オファーにおける自由化約束を改善した改訂オファーを今年 5 月までに提出することが決めら

れたが、今年 11 月末までに提出された改訂オファーは 30(54 カ国)にすぎない。しかも、その内容は、

交渉議長が「事実上何ら新たなビジネス機会を提供するものではなく、大部分の場合、現在の自由化レベ

ルすら反映していない」と指摘するほど、極めて不十分なものであると評価されている。 31 2005 年 10 月 28 日付の農業分野の提案等ともに行われたもの。後述の複数国間交渉についても同じ。 32 WTO でサービス貿易につき規定する GATS では、サービス貿易は、越境取引(第 1 モード)、海外消費

(第 2 モード)、拠点設置(第 3 モード)、自然人(提供者)の移動(第 4 モード)の 4 つの提供形態(モ

ード)に分けられている。 33 WTO においては、全加盟国が参加する交渉や協定は「多国間(multilateral)」交渉・協定、加盟国の

一部諸国が参加する交渉や協定は「複数国間(plurilateral)」交渉・協定と呼ばれ、区別されている。

18

方、EU は、交渉を行うべき業種を例示した上で、議長が交渉を行うべき 16 業種を指定し、

そのうち、先進国は 12 業種以上、途上国は 8 業種以上で交渉に参加すべきとする、交渉参

加の義務化を軽減する提案を行っている。 これらの補完的アプローチの採用が合意されれば、サービス貿易分野の交渉の加速化が

期待できる。香港閣僚会議の成果が限定的になることは既に確実となっているなかで、サ

ービス貿易分野に関しては、この点につき合意できるかどうかが香港閣僚会議における

大の論点であり、合意できれば大きな成果となる。3つの補完的アプローチのうち、質的

基準と複数国間交渉の大枠は、香港閣僚会議の閣僚宣言(付属書)に盛り込まれる見通し

となっている。今後、農業分野で進展を見ない限り、サービス貿易分野での進展も認めな

いとする途上国の声がさらに強まることがなければ、この 2 点については今回合意される

ことが期待できる34。問題は、量的目標である。 量的目標に対する途上国の反発は激しい。量的目標の設定に反対する途上国は、それが

サービス貿易交渉の原則に反するものであると主張している。そもそも、サービス貿易分

野の自由化交渉がリクエスト・オファー方式を柱としているのは、WTO・GATS(サービ

ス貿易一般協定)におけるサービス貿易分野の自由化約束がポジティブ・リスト方式によ

って行われていることに起因している。例えば、NAMA 分野の場合、原則としてすべての

品目が関税削減の対象であり、例外とする一部品目を特定する(ネガティブ・リスト方式)。

これに対し、サービス貿易分野の自由化約束は、自国が約束できる分野のみを「特定約束

表」と呼ばれるリストに記載するポジティブ・リスト方式をとっている。これは、自国の

裁量によって自由化を進めることを可能とし、多くの途上国の交渉参加を確保するという、

GATS を策定したウルグアイ・ラウンド時の経緯に基づいている。したがって、量的目標の

設定に反対する立場からすれば、量的目標によって数量的な縛りがかけられ、自らは自由

化を望まない分野についても自由化せざるを得ない状況が作り出されることは、ポジティ

ブ・リスト方式に基づく GATS の構造自体に反するものとみなされるわけである。こうし

た論拠に基づき、一部途上国は、量的目標の設定は GATS からの逸脱であるとして激しく

反発している。この量的目標を巡る対立を解消すべく、米国が新提案を行うなどの動きも

見られるが35、合意に至るにはまだしばらく時間がかかりそうである。

34 (補注)12 月 7 日に発出された閣僚宣言第二次改訂案〔WTO 文書 WT/MIN(05)/W/3〕では、ASEAN諸国等の要求により、質的基準及び複数国間交渉に関して言及している箇所に括弧が付された。 35 米国が 11 月 7 日及び 9 日に行った提案は、「集団的数量目標(collective numerical target)」という新

たな考えを打ち出している。これは、加盟各国が個別にではなく、先進国全体、あるいは途上国全体で集

団として量的目標を達成するというものである。米国の説明によれば、先進国 A が 120 業種、先進国 B が

100 業種で自由化約束を改善した場合、その平均を 110 業種と計算し、先進国全体、途上国全体がそれぞ

れ平均で達成すべき量的目標(業種数)を設定するというものである。この考えにも、途上国から反対の

声が上がっている。それは、例えば、途上国全体の量的目標が 90 業種と設定された場合、経済発展水準が

比較的低いある途上国が 30 業種しか自由化約束を改善しなかった場合、先進途上国は 150 業種で自由化

約束を改善しなければならなくなるなど、一部途上国にとっては EU 提案よりも厳しい内容となることが

予想されるためである。Inside U.S. Trade, 2005 年 11 月 11 日。

19

(2)日本の交渉ポジションと今後の展望

日本はこれまでサービス貿易分野の交渉進展に向けて積極的に取り組んでおり、補完的

アプローチの採用に向けた働きかけを EU とともに主導している。日本としては、サービ

ス貿易分野の交渉が他分野と比較しても遅れている現状や、2006 年末の 終合意期限まで

の時間が残り少ないことを考えると、香港閣僚会議において補完的アプローチの採用で合

意を得たいところである。しかし、現状では、量的目標を含む補完的アプローチの採用に

ついて香港閣僚会議で合意を得ることは望み薄である。農業分野や NAMA 分野でも完全な

交渉方式での合意が見送られた以上、香港閣僚会議では量的目標については触れずに、補

完的アプローチの他の 2 要素について可能な限り具体的、かつ、高水準の自由化につなが

る文言を閣僚宣言に含めることが、現実的な目標と言えるかもしれない。 ただし、仮に量的目標を含む補完的アプローチの採用で合意に至ったとしても、その実

際の適用は容易ではない。量的目標ではその目標とすべき業種数、質的基準では基準とさ

れる自由化の程度、複数国間交渉ではその対象とする業種を巡って今後対立が深まること

は避けられない。これらの点を巡る議論に多くの時間が費やされることになれば、残り 1年に迫った交渉の 終合意期限までに具体的な自由化を実現することはほぼ不可能になる

だろう。 さらに、交渉の 終局面では、これまで先進国対途上国の構図に隠れていた先進国対先

進国の対立が顕在化することも予想される。米国の海運サービス、EU のオーディオ・ヴィ

ジュアル・サービスなど、先進諸国もセンシティブ業種を抱えており、これらの自由化を

いかに確保するかが、今後の課題となる。 また、第 4 モード(自然人の移動)については、先進国と途上国で攻守が入れ替わる。

インドのソフトウェア技術者に代表されるように、一部の途上国は先進国市場での自国民

労働者によるサービス提供の自由化を求めている。これに対しては、米議会からは、労働

者の入国は、移民政策、テロ対策などの国家安全保障上の問題であり、単なる通商問題で

はないとして、強い反発の声が上がっている。これまでの東アジア諸国との FTA(自由貿

易協定)交渉で明らかになっているように、日本もこの問題に関しては積極的に自由化に

応じられる状況にはない。したがって、交渉の 終局面では、日本も含む先進諸国の自由

化水準が問題となるという展開が予想される。 これらの問題につき、残り 1 年ですべて合意するというのは至難の業である。しかし、

日本は、サービス貿易分野の交渉が農業分野や NAMA 分野と同等の進展を見るべく、交渉

全体の均衡のとれた進展を訴え続ける必要がある。これは、サービス貿易分野の交渉進展

に有益なだけでなく、他分野での交渉ポジションの強化にも役立つだろう。

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4.香港閣僚会議で期待される成果と今後の展望

以上見てきたように、香港閣僚会議では当初期待されていたほどの成果は既に望めなく

なっている。香港閣僚会議には、昨年 7 月の枠組み合意以後の交渉の進展を確認し、交渉

を後退させないという、いわばラチェット(爪車)の爪の役割が求められている。12 月1

日にラミー事務局長(貿易交渉委員会議長)より提示された香港閣僚会議閣僚宣言案(改

訂版)及びその付属書36は、概ねその役割を果たしているようにみえる。 農業分野では、関税削減方式の「作業仮説(working hypothesis)」として階層区分を 4階層とすることが閣僚宣言案に明記された。その他の点については、付属書において各国

の主張が列記されるに留まっている。NAMA 分野では、同様に関税削減方式の作業仮説と

してスイス・フォーミュラ方式が明記された37。サービス貿易分野では、付属書(サービス

貿易交渉議長報告)において、質的基準と複数国間交渉について大枠が示されている。た

だし、サービス貿易交渉議長による報告第 1 次改訂案にあった量的目標に関する言及は、

その後の改訂において既に削除されており38、閣僚宣言案及びその付属書では一切言及がな

い。 香港閣僚会議の新たな成果として期待されるのは、今後の交渉スケジュールに関して合

意することである。交渉を 2006 年中に終結させるとの目標は、閣僚宣言案の冒頭で確認さ

れている。残るは、完全な交渉方式についていつまでに合意するのかであり、それに基づ

く各国の具体的な自由化案(譲許表)をいつまでに提示するのかである。閣僚宣言案では、

農業分野と NAMA 分野において、この 2 つの日付が空欄になっている。サービス貿易分野

に関しては、付属書において、複数国間交渉におけるリクエストの提出期限を括弧付きな

がら 2006 年 2 月に設定している他は、やはり空欄になっている。これらの日付が意味する

のは、各国がいつまでに国内調整を終えてさらなる歩み寄りを見せられるか、ということ

であり、各国の政治決断が必要となる。現時点(2005 年 12 月 5 日現在)では、この点に

つき合意は形成されておらず、香港閣僚会議の場での閣僚の決定に委ねられることになり

そうである。 その後の作業を考えると、農業分野及び NAMA 分野での完全な交渉方式についての合意

は、2006 年春にはなされなければならない。そして、完全な交渉方式に基づく譲許表を各

国が夏期休会前に提示するというのが、現時点で考えられる も円滑な交渉スケジュール

36 閣僚宣言案は、11 月 26 日に原案が提示され、その後 12 月 1 日に改訂版〔WTO 文書 JOB(05)/298/Rev.1〕が加盟国に示された。付属書は、各交渉分野の交渉議長による交渉の進捗状況の報告となっている。付属

書は 6 分野に渡っているが、付属書 A が農業、付属書 B が NAMA、付属書 C がサービス貿易となってい

る。なお、閣僚宣言案の大部分は開発の側面に関するものとなっている。ドーハ・ラウンド交渉はその正

式呼称(「ドーハ開発アジェンダ」)で明らかなように、開発の側面を重視したものであり、交渉の成功裏

の終結のためには、途上国の利益となる開発分野での合意が重要となる。ここでは焦点を農業、NAMA、

サービス貿易の市場アクセスに当てているため論じないが、香港閣僚会議ではこの点も重要な論点となる。 37 ただし、これは ABI 提案も含むものである。 38 WTO 文書 JOB(05)/262/Rev.1,2005 年 11 月 3 日、TN/S/23,2005 年 11 月 28 日。

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だろう。これらが後ろ倒しになれば、それだけ交渉の 2006 年内の終結は困難になる。2006年内の交渉終結が実現されなければ、ドーハ・ラウンド交渉は終わりの見えない長期交渉

に突入する可能性が高い。その場合、各国はドーハ・ラウンド交渉と並行して進めている

FTA 締結交渉などの二国間、あるいは地域レベルでの貿易自由化への傾斜を一層強めるこ

とになるだろう。そのことがグローバルな自由化への期待を損なわせることになれば、ド

ーハ・ラウンド交渉の終結はさらに困難になる。このように考えると、2006 年は、WTOを中心とするグローバルな自由貿易体制が大きな岐路に立つ年となる。香港閣僚会議は、

その重要な第一歩という意味も持っている。当初期待していたほどの成果は上げられない

としても、香港閣僚会議はいまだ重要な意味を持っているのである。

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【参考文献】

外務省経済局 「WTO 新ラウンド交渉」 2005 年 8 月 経済産業省 「WTO 交渉について(参考資料)」 2005 年 11 月 菅原淳一 「動き始めた WTO ドーハ・ラウンド交渉」(『みずほリポート』2004 年 11 月

11 日 ―――― 「WTO ドーハ・ラウンド:サービス貿易交渉の動き」(『国際金融』第 1152 号、

2005 年 9 月 15 日、財団法人外国為替貿易研究会) Inside US Trade 各号 WTO 文書、各国政府資料 他