vecto journal...canoeとeggplant functionalの 連携によるテストの実施...

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16 vol. 2018.05 J O U R N A L ベクター・ジャーナル Vector - Simplifying Automotive Engineering Top Interview 立花 徹 大規模化と複雑化が加速する車載ソフト、 ベクターはその開発をシンプルに変える 代表取締役社長 高坂 泰輝 組込ソフト部 部長 次世代の車載ソフトウェア標準規格 AUTOSAR Adaptive Platformとは? 1 5 ~ ベクター製品の導入事例紹介 Vector’s Voice Technical Article Special Interview 清水 和夫 国際自動車ジャーナリスト つながるクルマが つなぐ未来

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  • 16vol.2018.05JOURNAL ベクター・ジャーナル

    Vector - Simplifying Automotive Engineering

    Top Interview

    立花 徹

    大規模化と複雑化が加速する車載ソフト、ベクターはその開発をシンプルに変える代表取締役社長

    高坂 泰輝組込ソフト部 部長

    次世代の車載ソフトウェア標準規格AUTOSAR Adaptive Platformとは?

    1 5~ベクター製品の導入事例紹介

    Vector’s Voice

    Technical Article

    Special Interview

    清水 和夫国際自動車ジャーナリスト

    VEC

    TOR

    JOU

    RN

    AL vol.16

    つながるクルマがつなぐ未来

    クルマの未来を、ともに描く

    複雑な開発をシンプルに、次世代の開発をスマートに

    自動運転、車載Ethernet、AUTOSAR Adaptive、

    そしてセーフティー・セキュリティー。

    ベクターは、次世代の自動車開発のパートナーとして

    複雑な開発領域に挑むエンジニアを全力でサポートし

    クルマの未来を、ともに描いていきます。

    ベクター・ジャパン株式会社  東京都品川区東品川2 -3 -12 シーフォートスクエア センタービルwww.vector-japan.co.jp  TEL : 03-4586-1808(営業部) E-mail : [email protected]

  • ベクター・ジャパン株式会社 代表取締役社長

    立花 徹

    大規模化と複雑化が加速する車載ソフト、ベクターはその開発をシンプルに変える

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1601 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 02

    CONTENTS

    Top Interview

    Technical ArticleSpecial Interview

    国際自動車ジャーナリスト

    自動運転とコネクティビティがもたらす社会イノベーション

    つながるクルマがつなぐ未来

    清水 和夫

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR 適用

    ツール混在環境でのテスト

    CANapeとVX1000を用いたモデルベース開発における開発効率化

    仮想および実環境で動作可能な車載インフォテインメントシステムのGUI機能テスト

    診断の自動検証は決して難しいことではない

    ツール統合に適したインターフェイスを選ぶ

    CANoeとEggplant Functionalの連携によるテストの実施

    既存の機能をいかに活用するか

    ベクター・ジャパン株式会社 組込ソフト部 部長

    高坂 泰輝

    JOURNAL

    Vector - Simplifying Automotive Engineering

    欧州と日本における動向とロードマップ

    0903

    07

    15

    21

    25

    29

    35

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    5

    次世代の車載ソフトウェア標準規格

    AUTOSAR Adaptive Platformとは?

    Vector’s Voice

    Information from Vector

    Cover:海ほたるから臨むアクアラインの朝焼け

    16vol.2018.05

    ベクター製品の

    導入事例紹介

    1

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    4 5

  • ベクター・ジャパン株式会社 代表取締役社長

    立花 徹

    大規模化と複雑化が加速する車載ソフト、ベクターはその開発をシンプルに変える

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1601 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 02

    CONTENTS

    Top Interview

    Technical ArticleSpecial Interview

    国際自動車ジャーナリスト

    自動運転とコネクティビティがもたらす社会イノベーション

    つながるクルマがつなぐ未来

    清水 和夫

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR 適用

    ツール混在環境でのテスト

    CANapeとVX1000を用いたモデルベース開発における開発効率化

    仮想および実環境で動作可能な車載インフォテインメントシステムのGUI機能テスト

    診断の自動検証は決して難しいことではない

    ツール統合に適したインターフェイスを選ぶ

    CANoeとEggplant Functionalの連携によるテストの実施

    既存の機能をいかに活用するか

    ベクター・ジャパン株式会社 組込ソフト部 部長

    高坂 泰輝

    JOURNAL

    Vector - Simplifying Automotive Engineering

    欧州と日本における動向とロードマップ

    0903

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    次世代の車載ソフトウェア標準規格

    AUTOSAR Adaptive Platformとは?

    Vector’s Voice

    Information from Vector

    Cover:海ほたるから臨むアクアラインの朝焼け

    16vol.2018.05

    ベクター製品の

    導入事例紹介

    1

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    4 5

  • VEC TOR JOURNAL | vo l. 1603 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 04

    Special Interview

    システムの冗長性が自動運転を支える

     「人の命を守る」という願いは、いつの時代も変わりません。自動車業界への普遍的なニーズに対し、アンチロックブレーキシステム(ABS:Antilock Brake System)、横滑り防止装置(ESC:Electronic Stability Control)、ADAS(先進運転支援システム)など、クルマの性能は予防安全の領域で進化の一途を辿ってきました。その先にあるのが自動運転です。 自動運転にはアメリカの自動車技術者協議会(SAE)によるレベルが定義されています(図1)。これによると、レベル3はドライバー(人間)とシステムが互い

    に運転責任を受け持ちます。システムが責任を持つレベル4へ到達するためのステップとして考えられ、2020年頃に高速道路での実用化が目指されていますが、実際にはそう簡単にいかないでしょう。たとえば、単一車線の渋滞時のみ時速60km以下などの条件を規定すれば、スマートフォンやテレビを見るというセカンダリータスクをこなすための限定的なレベル3は可能かもしれません。 レベル3の実現が困難なのは、ドライバーとシステムの間で権限が行ったり来たりするためです。システムが対応できない状況でドライバーに主導権を戻すとき、何秒前に戻せばいいのか、戻したときに人間がセカンダリータスクに没頭していて気づかない場合はどうするのか。

    そうした場合は、ドライバーモニタリングシステムでドライバーを喚起しなければなりません。そのためには冗長性として二重三重にシステムを組まなければならず、システムはかなり複雑で重厚になっていきます。 たとえ技術的にシステムの冗長化を図っても、レベル3は依然として非常に難しいものであることに違いはありません。これについては、それを乗り越えねばレベル4が見えてこないという考え方や、レベル2を深掘りして一足飛びにレベル4に上がるという考え方もあります。これは、各自動車メーカーの思想によって異なってきますが、自動運転に使われる技術は時代とともに収斂されてきています。

    図1: 自動運転のレベル(国土交通省関係資料より)

    国際自動車ジャーナリスト

    1977年武蔵工業大学電子通信工学卒1981年からプロのレースドライバーに転向1988年本格的なジャーナリスト活動開始

    日本自動車ジャーナリスト協会 会員(AJAJ)日本科学技術ジャーナリスト会議 会員(JASTJ)

    NHK出版「クルマ安全学」「水素燃料電池とはなにか」「ITSの思想」「ディーゼルは地球を救う」など

    NEXCO 東道路懇談委員 継続中国土交通省 車両安全対策委員 継続中国家公安委員会 速度取締り見なおし検討委員内閣府 SIP自動走行推進委員 継続中経済産業省 自動走行ビジネス検討会委員 継続中HFCV用容器検討委員会

    自動運転とコネクティビティがもたらす社会イノベーション

    自動運転、IoTによってクルマとモノがつながる時代に、テクノロジーの進化は私たちの社会に何をもたらすのか─。交通事故死者数が年間3,600人を超える日本で、より安全かつ快適なモビリティのニーズは高まる一方です。クルマの

    安全性、コネクティビティのキーワードである「MaaS」や「CASE」、そして社会イノベーションの動向と展望について、自動車の安全技術・環境技術など

    に精通するモータージャーナリストの清水和夫氏にお話を伺いました。

    つながるクルマがつなぐ未来

    清水 和夫

    Kazuo Shimizu

    Special Interview

    3

    4

    5

    0

    1

    2

    手動

    補助

    部分的な自動化

    条件付き自動化

    高度な自動化

    完全自動化

    ドライバーが、常時、全ての運転操作を行う。

    運転支援システムが走行環境に応じたハンドル操作、あるいは、加減速のいずれかを行うとともに、システムが補助をしていない部分の運転操作をドライバーが行う。

    運転支援システムが走行環境に応じたハンドル操作と加減速を行うとともに、システムが補助をしていない部分の運転操作をドライバーが行う。

    システムからの運転操作切り替え要請にドライバーは適切に応じるという条件のもと、特定の運転モードにおいて自動化された運転システムが車両の運転操作を行う。

    システムからの運転操作切り替え要請にドライバーが適切に応じなかった場合でも、特定の運転モードにおいて自動化された運転システムが車両の運転操作を行う。

    ドライバーでも対応可能ないかなる道路や走行環境条件のもとでも、自動化された運転システムが、常時、車両の運転操作を行う。

    ドライバーが自ら運転環境をモニタリング

    自動化された運転システムが運転環境をモニタリング

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)+システム

    いくつかの運転モード

    いくつかの運転モード

    いくつかの運転モード

    いくつかの運転モード

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム全ての

    運転モード

    SAEレベル

    SAEにおける呼称 SAEにおける定義

    ハンドル操作と加速/減速の実行主体

    走行環境のモニタリング

    運転操作のバックアップ主体

    システム能力(運転モード)

    自動化レベル(案) Draft Levels of Automation for On-Road Vehicles

  • VEC TOR JOURNAL | vo l. 1603 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 04

    Special Interview

    システムの冗長性が自動運転を支える

     「人の命を守る」という願いは、いつの時代も変わりません。自動車業界への普遍的なニーズに対し、アンチロックブレーキシステム(ABS:Antilock Brake System)、横滑り防止装置(ESC:Electronic Stability Control)、ADAS(先進運転支援システム)など、クルマの性能は予防安全の領域で進化の一途を辿ってきました。その先にあるのが自動運転です。 自動運転にはアメリカの自動車技術者協議会(SAE)によるレベルが定義されています(図1)。これによると、レベル3はドライバー(人間)とシステムが互い

    に運転責任を受け持ちます。システムが責任を持つレベル4へ到達するためのステップとして考えられ、2020年頃に高速道路での実用化が目指されていますが、実際にはそう簡単にいかないでしょう。たとえば、単一車線の渋滞時のみ時速60km以下などの条件を規定すれば、スマートフォンやテレビを見るというセカンダリータスクをこなすための限定的なレベル3は可能かもしれません。 レベル3の実現が困難なのは、ドライバーとシステムの間で権限が行ったり来たりするためです。システムが対応できない状況でドライバーに主導権を戻すとき、何秒前に戻せばいいのか、戻したときに人間がセカンダリータスクに没頭していて気づかない場合はどうするのか。

    そうした場合は、ドライバーモニタリングシステムでドライバーを喚起しなければなりません。そのためには冗長性として二重三重にシステムを組まなければならず、システムはかなり複雑で重厚になっていきます。 たとえ技術的にシステムの冗長化を図っても、レベル3は依然として非常に難しいものであることに違いはありません。これについては、それを乗り越えねばレベル4が見えてこないという考え方や、レベル2を深掘りして一足飛びにレベル4に上がるという考え方もあります。これは、各自動車メーカーの思想によって異なってきますが、自動運転に使われる技術は時代とともに収斂されてきています。

    図1: 自動運転のレベル(国土交通省関係資料より)

    国際自動車ジャーナリスト

    1977年武蔵工業大学電子通信工学卒1981年からプロのレースドライバーに転向1988年本格的なジャーナリスト活動開始

    日本自動車ジャーナリスト協会 会員(AJAJ)日本科学技術ジャーナリスト会議 会員(JASTJ)

    NHK出版「クルマ安全学」「水素燃料電池とはなにか」「ITSの思想」「ディーゼルは地球を救う」など

    NEXCO 東道路懇談委員 継続中国土交通省 車両安全対策委員 継続中国家公安委員会 速度取締り見なおし検討委員内閣府 SIP自動走行推進委員 継続中経済産業省 自動走行ビジネス検討会委員 継続中HFCV用容器検討委員会

    自動運転とコネクティビティがもたらす社会イノベーション

    自動運転、IoTによってクルマとモノがつながる時代に、テクノロジーの進化は私たちの社会に何をもたらすのか─。交通事故死者数が年間3,600人を超える日本で、より安全かつ快適なモビリティのニーズは高まる一方です。クルマの

    安全性、コネクティビティのキーワードである「MaaS」や「CASE」、そして社会イノベーションの動向と展望について、自動車の安全技術・環境技術など

    に精通するモータージャーナリストの清水和夫氏にお話を伺いました。

    つながるクルマがつなぐ未来

    清水 和夫

    Kazuo Shimizu

    Special Interview

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    手動

    補助

    部分的な自動化

    条件付き自動化

    高度な自動化

    完全自動化

    ドライバーが、常時、全ての運転操作を行う。

    運転支援システムが走行環境に応じたハンドル操作、あるいは、加減速のいずれかを行うとともに、システムが補助をしていない部分の運転操作をドライバーが行う。

    運転支援システムが走行環境に応じたハンドル操作と加減速を行うとともに、システムが補助をしていない部分の運転操作をドライバーが行う。

    システムからの運転操作切り替え要請にドライバーは適切に応じるという条件のもと、特定の運転モードにおいて自動化された運転システムが車両の運転操作を行う。

    システムからの運転操作切り替え要請にドライバーが適切に応じなかった場合でも、特定の運転モードにおいて自動化された運転システムが車両の運転操作を行う。

    ドライバーでも対応可能ないかなる道路や走行環境条件のもとでも、自動化された運転システムが、常時、車両の運転操作を行う。

    ドライバーが自ら運転環境をモニタリング

    自動化された運転システムが運転環境をモニタリング

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)

    ドライバー(人間)+システム

    いくつかの運転モード

    いくつかの運転モード

    いくつかの運転モード

    いくつかの運転モード

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム

    システム全ての

    運転モード

    SAEレベル

    SAEにおける呼称 SAEにおける定義

    ハンドル操作と加速/減速の実行主体

    走行環境のモニタリング

    運転操作のバックアップ主体

    システム能力(運転モード)

    自動化レベル(案) Draft Levels of Automation for On-Road Vehicles

  • Special Interview

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1605 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 06

    クルマの未来は社会の受容性で決まる

     技術の進化だけで自動運転は完結するものではありません。問題は、ささやかなセカンダリータスクのために高くなったコストを果たしてユーザーが払うかという点です。今の段階は技術論だけではなく、そうした社会受容性を考えることが重要です。 たとえば、地方に住む高齢者の足は時速6km程度の電動車椅子しかなく、駅へ行くにも負担が強いられます。この自宅と最寄りの公共交通機関との「ラストワンマイル」を、たとえ時速30km以下でも結ぶ移動手段があればというニーズから、政府が中心となってラストワンマイルレベル4と呼ばれるモビリティの開発が進められています。2017年12月には石川県輪島市で自動運転による電動カートの公道実証実験が行われました(図2)。ニーズのあるところにテクノロジーを取り入れ、市街地や生活空間の中で部分的に自動運転の技術が活かされつつあります。このように、一般公道や高速道路を走る乗用車の自動化と、地域や速度を限定した移動手段としてのモビリティ、2つの大きな流れから2020年頃の実用化を目指した動きが見られます。

    サービスとしてのモビリティ「MaaS」

     自動運転における2つの流れのうち、後者の移動手段としてのモビリティはMaaS(Mobility-as-a-Service)といわれる考え方に立脚しています。トヨタは、今年1月のラスベガスCESにおいて、自動車を設計してつくるだけでなくモビリティをサービスとして提供できる企業に転身すると豊田章男社長自らがプレゼンテーションを行い、自動運転技術を活用したモビリティサービス専用次世代EV(電気自動車)「e-Palette Concept」を公開しました。メルセデスベンツ、フォード、GMなどもモビリティプロバイダを目指すという同様の姿勢を

    とっています。 自動車メーカーは従来の固定概念から離れて、もっと違ったモビリティ全体のサービス業にシフトしていかなければならない。クルマは移動手段ではあるけれども、ただ単に設計して売るだけではなく、たとえばつくったクルマをシェアリングさせるサービスにも取り組まなければならない。そのような時代を迎えつつあるわけです。クルマを所有する時代から利用する時代に変わってきたということですね。メーカーはこれまでユーザーに対して販売してきたのに、個人とのつながりが希薄化することでその図式も一変し、クルマをシェアサービス会社に向けて販売するというようなパラダイムシフトが起こるのです。

    コネクティビティ(CASE)が改革をもたらす

     自動車業界を激変させる自動運転のトレンドとして、CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)というキーワードが世界中を席巻しています。これは2016年のパリモーターショーでダイムラーのディーター・ツェッチェ社長が発言した言葉ですが、実は「C」のコネクティビティについては、日本は先進国といえます。私が『ITSの思想』を出版した2005年にはすでにETCが導入されていて、2012年にはETCの普及状況

    が4,000万台を超えていました。クルマとインフラがつながった電子料金収受システム、いわゆる路車間通信(VtoI:Vehicle to Infrastructure)がこれだけ発達してきたことを、当時はコネクティビティと呼ばなかっただけでしょう。カーナビ、VICS情報、光ビーコンの交通道路情報なども同じことがいえます。 このコネクティビティの意味を、これからの時代を踏まえてもう少し考えてみます。2020年頃に次世代移動通信の5Gが実用化されると、約2時間の映画が10秒程度でダウンロードできる高速大容量時代となります。クルマには数多くのセンサーがあり、ミリ波・カメラ・超音波などをセンシングしながら自動運転の技術は進化していきますが、そのデータは膨大です。1秒間走っただけで何ギガバイトというデータを取ってしまう。それは自身の自動運転だけに使われるのではなく、クラウドを介して5Gでサーバにアップロードされます。これまでビッグデータの処理は困難を極めていましたが、AIと機械学習により有効なデータのみを抜き出して、もう一度クラウド経由でクルマに返すことができるようになります。クルマ同士がつながるだけでなく、クルマの外側にいるAIともつながりながら、自動運転の技術がますますソフィスティケイトされていく。コネクティビティは、よりインテリジェントでスマートな社会を実現する鍵といえます。

    モビリティ社会が生む、古くて新しいコミュニティ

     AIの進化によって、私たちの移動やライフスタイルのパターンがある程度予測できるようになります。人々は何月何日にどういう移動をしているか、目的地に何があるのか。反対に、どういうイベントを開いたら人々はどう移動するか、といったことが見通せる時代になります。移動手段としてのテクノロジーはあくまでツールであり、その先にあるものこそが最も大きな社会受容性だといえるでしょう。春になれば桜の名所に大勢が集まるほか、あえて散り際の桜吹雪を見に行く人もいるかもしれないと想定できます。経験値として知っていた移動の楽しみ方をきっかけに、人々同士がつながっていきます。そのモビリティ社会の先に生まれるものは、私はコミュニティだと考えています。 今の若い世代にとってコミュニティという単位は非常に重要で、彼らは個々をつなぐハブとしてスマートフォンやSNSを駆使しています。モビリティも同様で、クルマを移動手段としては捉えません。テクノロジーに対する価値観が世代ごとに変容してきています。人と人とのふれあいの間にモビリティが介在すると、それをきっかけにコミュニティが多様化し、新しいムーブメントが次々に巻き起こる時代がやってきます。新しいといっても、日本には古来から長屋や祭りなど人々のつながりを大切にする文化が強く根づいていました。コミュニティが受容される風土や素地をもとにして、これからの時代に即した豊かさの価値が生まれてくるはずです。

    自動運転のダイバーシティ(多様性)を考える

     時代のニーズに応えるには、単一のプラットフォームを深掘りするモノカルチャーでは力不足でしょう。欧州では人種から業種までダイバーシティの考え方を取り入れている国が多い。日本が見習わ

    なければならない点です。モビリティに求めるものも多様化し、地域社会にいくほどハードルも高くなります。言い換えれば、それは社会全体を変える力があるということだと思います。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は今年の2018年で5年目ですが、スタート時は夢物語だった構想が続々と実現可能性を帯び、次にはエネルギーがつながる時代が到来します。スマートモビリティ社会やバーチャルプランと呼ばれ、情報・エネルギー・モビリティがグリッドでつながり、社会全体がよりスマートに、より低炭素化して、事故のないゼロクラッシュ・ゼロエミッションの方向にシフトしていきます。テクノロジーの進化だけでなく、軸にはコミュニティをきちんと据えなければいけません。人々の実感として生活が豊かに楽になった、移動が快適になったと思える社会へつなぐには、社会インフラや都市のデザインそのものを変える必要があるでしょう。

    エンジニアの力がモビリティの新時代を拓く

     個人と社会との関係は、時代とともに変容しています。個人が集まって社会をつくっているという考えから、社会があるからこそ個人がいきいきと生活できるという考え方に変えてみると、「社会が個人に何をしてくれるのか」ではなく「個人が社会に対して何かできるのか」という視点がコネクティビティやイノベーショ

    ンにとって重要となります。政府や企業がどこまでやるのかではなく、市民がこうしたいという自分の意志を持って実現する社会。それは企業も同様で、一人ひとりの若い力をどう経営に活かせるかが問われます。 自動車業界においては、根源的で普遍的な安全性へのニーズに向けて、ハードウェアはハードウェアとして、進化の高みを目指さなければいけません。そこに知能が搭載されたとき、ソフトウェアのエンジニアはハードウェアのポテンシャルを無限に拡張させる力を持っています。これからのクルマはハードかソフトかという議論はもう終わりにして、さらに大きな価値を生み出すために融合する、ハードとソフトがシェアリングをする時代になったということです。 テクノロジーの進化により、クラウドを介して人々の思考がビックデータとして積まれていき、社会がコミュニティ化されていく。それを仲介するクルマは、単なる乗り物から、社会を変える力へと姿を変えていきます。老若男女のニーズを汲み上げた先にコミュニティが生まれ、クルマはそれらをつなぐインターフェイスのような存在になっていくでしょう。自動車業界のソフトウェア開発が未来へ加速していく今、自動運転のメインストリームの先頭に立ち、未来を切り拓いているエンジニアの方々の活躍に大いに期待しています。

    図2: 実証実験車両外観(出典:国土交通省ホームページ)

    つながるクルマがつなぐ未来

  • Special Interview

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1605 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 06

    クルマの未来は社会の受容性で決まる

     技術の進化だけで自動運転は完結するものではありません。問題は、ささやかなセカンダリータスクのために高くなったコストを果たしてユーザーが払うかという点です。今の段階は技術論だけではなく、そうした社会受容性を考えることが重要です。 たとえば、地方に住む高齢者の足は時速6km程度の電動車椅子しかなく、駅へ行くにも負担が強いられます。この自宅と最寄りの公共交通機関との「ラストワンマイル」を、たとえ時速30km以下でも結ぶ移動手段があればというニーズから、政府が中心となってラストワンマイルレベル4と呼ばれるモビリティの開発が進められています。2017年12月には石川県輪島市で自動運転による電動カートの公道実証実験が行われました(図2)。ニーズのあるところにテクノロジーを取り入れ、市街地や生活空間の中で部分的に自動運転の技術が活かされつつあります。このように、一般公道や高速道路を走る乗用車の自動化と、地域や速度を限定した移動手段としてのモビリティ、2つの大きな流れから2020年頃の実用化を目指した動きが見られます。

    サービスとしてのモビリティ「MaaS」

     自動運転における2つの流れのうち、後者の移動手段としてのモビリティはMaaS(Mobility-as-a-Service)といわれる考え方に立脚しています。トヨタは、今年1月のラスベガスCESにおいて、自動車を設計してつくるだけでなくモビリティをサービスとして提供できる企業に転身すると豊田章男社長自らがプレゼンテーションを行い、自動運転技術を活用したモビリティサービス専用次世代EV(電気自動車)「e-Palette Concept」を公開しました。メルセデスベンツ、フォード、GMなどもモビリティプロバイダを目指すという同様の姿勢を

    とっています。 自動車メーカーは従来の固定概念から離れて、もっと違ったモビリティ全体のサービス業にシフトしていかなければならない。クルマは移動手段ではあるけれども、ただ単に設計して売るだけではなく、たとえばつくったクルマをシェアリングさせるサービスにも取り組まなければならない。そのような時代を迎えつつあるわけです。クルマを所有する時代から利用する時代に変わってきたということですね。メーカーはこれまでユーザーに対して販売してきたのに、個人とのつながりが希薄化することでその図式も一変し、クルマをシェアサービス会社に向けて販売するというようなパラダイムシフトが起こるのです。

    コネクティビティ(CASE)が改革をもたらす

     自動車業界を激変させる自動運転のトレンドとして、CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)というキーワードが世界中を席巻しています。これは2016年のパリモーターショーでダイムラーのディーター・ツェッチェ社長が発言した言葉ですが、実は「C」のコネクティビティについては、日本は先進国といえます。私が『ITSの思想』を出版した2005年にはすでにETCが導入されていて、2012年にはETCの普及状況

    が4,000万台を超えていました。クルマとインフラがつながった電子料金収受システム、いわゆる路車間通信(VtoI:Vehicle to Infrastructure)がこれだけ発達してきたことを、当時はコネクティビティと呼ばなかっただけでしょう。カーナビ、VICS情報、光ビーコンの交通道路情報なども同じことがいえます。 このコネクティビティの意味を、これからの時代を踏まえてもう少し考えてみます。2020年頃に次世代移動通信の5Gが実用化されると、約2時間の映画が10秒程度でダウンロードできる高速大容量時代となります。クルマには数多くのセンサーがあり、ミリ波・カメラ・超音波などをセンシングしながら自動運転の技術は進化していきますが、そのデータは膨大です。1秒間走っただけで何ギガバイトというデータを取ってしまう。それは自身の自動運転だけに使われるのではなく、クラウドを介して5Gでサーバにアップロードされます。これまでビッグデータの処理は困難を極めていましたが、AIと機械学習により有効なデータのみを抜き出して、もう一度クラウド経由でクルマに返すことができるようになります。クルマ同士がつながるだけでなく、クルマの外側にいるAIともつながりながら、自動運転の技術がますますソフィスティケイトされていく。コネクティビティは、よりインテリジェントでスマートな社会を実現する鍵といえます。

    モビリティ社会が生む、古くて新しいコミュニティ

     AIの進化によって、私たちの移動やライフスタイルのパターンがある程度予測できるようになります。人々は何月何日にどういう移動をしているか、目的地に何があるのか。反対に、どういうイベントを開いたら人々はどう移動するか、といったことが見通せる時代になります。移動手段としてのテクノロジーはあくまでツールであり、その先にあるものこそが最も大きな社会受容性だといえるでしょう。春になれば桜の名所に大勢が集まるほか、あえて散り際の桜吹雪を見に行く人もいるかもしれないと想定できます。経験値として知っていた移動の楽しみ方をきっかけに、人々同士がつながっていきます。そのモビリティ社会の先に生まれるものは、私はコミュニティだと考えています。 今の若い世代にとってコミュニティという単位は非常に重要で、彼らは個々をつなぐハブとしてスマートフォンやSNSを駆使しています。モビリティも同様で、クルマを移動手段としては捉えません。テクノロジーに対する価値観が世代ごとに変容してきています。人と人とのふれあいの間にモビリティが介在すると、それをきっかけにコミュニティが多様化し、新しいムーブメントが次々に巻き起こる時代がやってきます。新しいといっても、日本には古来から長屋や祭りなど人々のつながりを大切にする文化が強く根づいていました。コミュニティが受容される風土や素地をもとにして、これからの時代に即した豊かさの価値が生まれてくるはずです。

    自動運転のダイバーシティ(多様性)を考える

     時代のニーズに応えるには、単一のプラットフォームを深掘りするモノカルチャーでは力不足でしょう。欧州では人種から業種までダイバーシティの考え方を取り入れている国が多い。日本が見習わ

    なければならない点です。モビリティに求めるものも多様化し、地域社会にいくほどハードルも高くなります。言い換えれば、それは社会全体を変える力があるということだと思います。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は今年の2018年で5年目ですが、スタート時は夢物語だった構想が続々と実現可能性を帯び、次にはエネルギーがつながる時代が到来します。スマートモビリティ社会やバーチャルプランと呼ばれ、情報・エネルギー・モビリティがグリッドでつながり、社会全体がよりスマートに、より低炭素化して、事故のないゼロクラッシュ・ゼロエミッションの方向にシフトしていきます。テクノロジーの進化だけでなく、軸にはコミュニティをきちんと据えなければいけません。人々の実感として生活が豊かに楽になった、移動が快適になったと思える社会へつなぐには、社会インフラや都市のデザインそのものを変える必要があるでしょう。

    エンジニアの力がモビリティの新時代を拓く

     個人と社会との関係は、時代とともに変容しています。個人が集まって社会をつくっているという考えから、社会があるからこそ個人がいきいきと生活できるという考え方に変えてみると、「社会が個人に何をしてくれるのか」ではなく「個人が社会に対して何かできるのか」という視点がコネクティビティやイノベーショ

    ンにとって重要となります。政府や企業がどこまでやるのかではなく、市民がこうしたいという自分の意志を持って実現する社会。それは企業も同様で、一人ひとりの若い力をどう経営に活かせるかが問われます。 自動車業界においては、根源的で普遍的な安全性へのニーズに向けて、ハードウェアはハードウェアとして、進化の高みを目指さなければいけません。そこに知能が搭載されたとき、ソフトウェアのエンジニアはハードウェアのポテンシャルを無限に拡張させる力を持っています。これからのクルマはハードかソフトかという議論はもう終わりにして、さらに大きな価値を生み出すために融合する、ハードとソフトがシェアリングをする時代になったということです。 テクノロジーの進化により、クラウドを介して人々の思考がビックデータとして積まれていき、社会がコミュニティ化されていく。それを仲介するクルマは、単なる乗り物から、社会を変える力へと姿を変えていきます。老若男女のニーズを汲み上げた先にコミュニティが生まれ、クルマはそれらをつなぐインターフェイスのような存在になっていくでしょう。自動車業界のソフトウェア開発が未来へ加速していく今、自動運転のメインストリームの先頭に立ち、未来を切り拓いているエンジニアの方々の活躍に大いに期待しています。

    図2: 実証実験車両外観(出典:国土交通省ホームページ)

    つながるクルマがつなぐ未来

  • ベクター・ジャパン株式会社代表取締役社長

    車載システムの開発ツールや組み込みソフトウエアを提供する

    ベクター・ジャパンは、2018年に創立20周年を迎える。自動運転車や電気自動車の本格的な普及を目前に控え、

    クルマの価値をソフトウエアで高めていく時代になってきた。

    こうした中、同社の存在感は大きくなる一方だ。

    同社代表取締役社長の立花徹に、日本の自動車業界の中で

    同社が果たす役割について聞いた。

    立花 徹

    大規模化と複雑化が加速する車載ソフト、

    ベクターはその開発をシンプルに変える

    ー ベクター・ジャパンは、2018年に20周年を迎えます。現在までの間、自動車業界ではどのような変化が起きたのでしょうか。

    立花 ベクター・ジャパンは、1998年に車載LAN規格「CAN(Controller Area Network)」に対応した車載ネットワークの開発ツール「CANoe/CANalyzer」を携えて日本市場に参入しました。それ以降、自動車業界では、大きく3つの変化が起きました。 1つは、ソフトウエア開発がクルマの競争力の源泉になる時代が到来したことです。自動運転など、クルマが高度化するに従って、自動車開発はますます複雑化しています。そして、クルマに搭載するさまざまな機能がソフトウエア化し、しかもその規模の増大と複雑化が加速し続けています。 2つ目は、お客様のニーズが高度化したことです。自動運転車、電気自動車などの普及を求める市場の声が急速に大きくなってきました。クルマが高度化する中で、車載Ethernetや機能安全の規格「ISO 26262」、セキュリティーなど、お客様は新たな技術要求への対応を求められています。我々に対するニーズ

    も、日々高度化していると感じています。 3つ目は、異業種からの新たなプレーヤーの参入です。クルマの電子化や電動化が進み、日本の自動車業界に、家電メーカーなどが次々と参入しています。

    >ソフトがクルマの価値を高める

    ー自動車業界の中で、ベクターはどのような役割を果たすのでしょうか。

    立花 複雑化するソフトウエア開発をよりシンプルに効率化することこそが、ベクターの使命です。開発の効率化によって生まれた時間を、お客様にとって、より重要な仕事(競争領域)に振り向けていただくことが重要になります。 自動車開発においてソフトウエアの重要性が高まり、お客様から開発パートナーとして頼りにされる場面が増えてきました。これからも期待に応えられるように取り組んでまいります。

    ー具体的には、どのような点にベクターの強みがあるのでしょうか。

    立花 ベクターは、先進的な機能と豊富な実績を持つ開発ツールとECU通信組

    み込みソフトウエアをタイムリーに提供しています。ベクターの本社はドイツにあり、欧州の自動車メーカーの先進的なニーズを反映して製品開発を進めており、それが我々の強みとなっています。日本を含む各国自動車業界の主要企業のほとんどがお客様であり、ベクターの製品は世界のデファクトスタンダードとなっています。 日本の市場においても着実に実績を積み重ねています。例えば、車載ネットワーク開発・テストを支援する「CANoe/CANalyzer」の日本での累計販売数は3万本に達しています。毎年バージョンアップを繰り返して、常に最新の技術に対応できる状態を維持しています。最近では、トヨタ自動車が診断通信ソフトウエアの推奨テストツールとして当社の「CANoe.DiVa」を選定しました。ベクターはトヨタ製ECUの診断通信ソフトウエアを実装と評価の両面でサポートしています。

    ー欧州市場で培った製品力が強みになっているのですね。

    立花 はい。ECU通信組み込みソフトウエアでも同様です。かつて、パソコン

    市場において業界標準OSの登場によって市場の拡大が一気に進んだように、自動車市場でも「協調」と「競争」の使い分けが進んでいます。 ベクターは、標準規格「AUTOSAR」に準拠したソフトウエアの提供に注力し、仕様の更新にいち早く追随しています。ベクターの「MICROSAR」は、日本を含む世界市場で最も多く使われているAUTOSARベーシックソフトウエア(AUTOSAR BSW)であると自負しています。この製品は、BSWとして初めて、機能安全規格 ISO 26262の最高レベルであるASIL D認証を取得しました。そして、トヨタ自動車はAUTOSAR BSWの推奨ベンダーの1社としてベクターを選定しており、その他の多くの自動車メーカーにも採用されています。

    >自動運転時代の開発パートナー

    ークルマの高度化は加速しています。どのように対応していくのでしょうか。

    立花 現在、ベクターではお客様の多様なニーズに対応するためにM&Aを推し進めて、自社のラインアップにない製品・技術を強化しています。

     ここ数年では、例えば、多様なセンサーからのデータを統合的に処理することが求められるADAS開発のソリューションとして、独BASELABS社に出資し、アルゴリズム開発支援ツール「vADASdeveloper」をベクターのポートフォリオに加えました。また、車載向け計測器メーカーの独CSM社にも出資し、電気自動車の開発に必要となる高電圧対応の計測モジュールも提供できるようになりました。そして2017年は、ソースコードのテスト自動化ツール「VectorCAST」を開発した米ベクター・ソフトウェア社を買収し、テストソリューションを拡大しました。

    ー今後、どのような事業分野に注力していくのでしょうか。

    立花 お客様の開発パートナーとして付加価値を提供し続けるために、先進的な技術要求に注力していきます。具体的には、高速車載LANである車載Ethernetや、ADASのシステム開発を効率化するツールとソリューション。それに、自動運転システムに対応する新たな規格「AUTOSAR Adaptive」にはいち早く取り組んでおり、既にAUTOSAR

    Adaptiveの評価版の提供を開始しています。さらにセーフティーやセキュリティーを加えた、5つの分野に主に注力していくつもりです。

    ーますます重要な役割を果たしていくことになりそうですね。

    立花 ベクターは本社がドイツにあり、欧州の最新動向や先端技術に関する情報や知見が豊富で、こうした最新の情報と技術を日本のお客様にいち早く伝えることができます。 今後、自動車以外の業種参入もますます増えて、例えば5年後には、現在あまり接点のない企業がお客様になっているかもしれません。ベクターは引き続き、オートモーティブソフトウエアの開発パートナーとして、市場で認められたツールやソリューションと最新の知見を提供しながら新たなプレーヤーもサポートしていきます。複雑な開発をシンプルに、それがベクターの役割だと考えています。

    ※本稿は、日経BP社発行の「日経ビジネス2017.12.25・2018.01.01合併号 No.1922」への掲載内容を転載したものです。

    自動運転時代を見据えて、ベクターが注力する5つの開発ドメイン

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1607 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 08

    Top Interview 立花 徹Top InterviewTop Interview

    Automotive EthernetAutomotive Ethernet車載Ethernet車載Ethernet

    SafetySafetyセーフティーセーフティー

    SecuritySecurityセキュリティーセキュリティー

    ADAS/Autonomous DrivingADAS/Autonomous DrivingADAS・自動運転ADAS・自動運転

    AUTOSAR AdaptiveAUTOSAR AdaptiveAUTOSAR AdaptiveAUTOSAR Adaptive

  • ベクター・ジャパン株式会社代表取締役社長

    車載システムの開発ツールや組み込みソフトウエアを提供する

    ベクター・ジャパンは、2018年に創立20周年を迎える。自動運転車や電気自動車の本格的な普及を目前に控え、

    クルマの価値をソフトウエアで高めていく時代になってきた。

    こうした中、同社の存在感は大きくなる一方だ。

    同社代表取締役社長の立花徹に、日本の自動車業界の中で

    同社が果たす役割について聞いた。

    立花 徹

    大規模化と複雑化が加速する車載ソフト、

    ベクターはその開発をシンプルに変える

    ー ベクター・ジャパンは、2018年に20周年を迎えます。現在までの間、自動車業界ではどのような変化が起きたのでしょうか。

    立花 ベクター・ジャパンは、1998年に車載LAN規格「CAN(Controller Area Network)」に対応した車載ネットワークの開発ツール「CANoe/CANalyzer」を携えて日本市場に参入しました。それ以降、自動車業界では、大きく3つの変化が起きました。 1つは、ソフトウエア開発がクルマの競争力の源泉になる時代が到来したことです。自動運転など、クルマが高度化するに従って、自動車開発はますます複雑化しています。そして、クルマに搭載するさまざまな機能がソフトウエア化し、しかもその規模の増大と複雑化が加速し続けています。 2つ目は、お客様のニーズが高度化したことです。自動運転車、電気自動車などの普及を求める市場の声が急速に大きくなってきました。クルマが高度化する中で、車載Ethernetや機能安全の規格「ISO 26262」、セキュリティーなど、お客様は新たな技術要求への対応を求められています。我々に対するニーズ

    も、日々高度化していると感じています。 3つ目は、異業種からの新たなプレーヤーの参入です。クルマの電子化や電動化が進み、日本の自動車業界に、家電メーカーなどが次々と参入しています。

    >ソフトがクルマの価値を高める

    ー自動車業界の中で、ベクターはどのような役割を果たすのでしょうか。

    立花 複雑化するソフトウエア開発をよりシンプルに効率化することこそが、ベクターの使命です。開発の効率化によって生まれた時間を、お客様にとって、より重要な仕事(競争領域)に振り向けていただくことが重要になります。 自動車開発においてソフトウエアの重要性が高まり、お客様から開発パートナーとして頼りにされる場面が増えてきました。これからも期待に応えられるように取り組んでまいります。

    ー具体的には、どのような点にベクターの強みがあるのでしょうか。

    立花 ベクターは、先進的な機能と豊富な実績を持つ開発ツールとECU通信組

    み込みソフトウエアをタイムリーに提供しています。ベクターの本社はドイツにあり、欧州の自動車メーカーの先進的なニーズを反映して製品開発を進めており、それが我々の強みとなっています。日本を含む各国自動車業界の主要企業のほとんどがお客様であり、ベクターの製品は世界のデファクトスタンダードとなっています。 日本の市場においても着実に実績を積み重ねています。例えば、車載ネットワーク開発・テストを支援する「CANoe/CANalyzer」の日本での累計販売数は3万本に達しています。毎年バージョンアップを繰り返して、常に最新の技術に対応できる状態を維持しています。最近では、トヨタ自動車が診断通信ソフトウエアの推奨テストツールとして当社の「CANoe.DiVa」を選定しました。ベクターはトヨタ製ECUの診断通信ソフトウエアを実装と評価の両面でサポートしています。

    ー欧州市場で培った製品力が強みになっているのですね。

    立花 はい。ECU通信組み込みソフトウエアでも同様です。かつて、パソコン

    市場において業界標準OSの登場によって市場の拡大が一気に進んだように、自動車市場でも「協調」と「競争」の使い分けが進んでいます。 ベクターは、標準規格「AUTOSAR」に準拠したソフトウエアの提供に注力し、仕様の更新にいち早く追随しています。ベクターの「MICROSAR」は、日本を含む世界市場で最も多く使われているAUTOSARベーシックソフトウエア(AUTOSAR BSW)であると自負しています。この製品は、BSWとして初めて、機能安全規格 ISO 26262の最高レベルであるASIL D認証を取得しました。そして、トヨタ自動車はAUTOSAR BSWの推奨ベンダーの1社としてベクターを選定しており、その他の多くの自動車メーカーにも採用されています。

    >自動運転時代の開発パートナー

    ークルマの高度化は加速しています。どのように対応していくのでしょうか。

    立花 現在、ベクターではお客様の多様なニーズに対応するためにM&Aを推し進めて、自社のラインアップにない製品・技術を強化しています。

     ここ数年では、例えば、多様なセンサーからのデータを統合的に処理することが求められるADAS開発のソリューションとして、独BASELABS社に出資し、アルゴリズム開発支援ツール「vADASdeveloper」をベクターのポートフォリオに加えました。また、車載向け計測器メーカーの独CSM社にも出資し、電気自動車の開発に必要となる高電圧対応の計測モジュールも提供できるようになりました。そして2017年は、ソースコードのテスト自動化ツール「VectorCAST」を開発した米ベクター・ソフトウェア社を買収し、テストソリューションを拡大しました。

    ー今後、どのような事業分野に注力していくのでしょうか。

    立花 お客様の開発パートナーとして付加価値を提供し続けるために、先進的な技術要求に注力していきます。具体的には、高速車載LANである車載Ethernetや、ADASのシステム開発を効率化するツールとソリューション。それに、自動運転システムに対応する新たな規格「AUTOSAR Adaptive」にはいち早く取り組んでおり、既にAUTOSAR

    Adaptiveの評価版の提供を開始しています。さらにセーフティーやセキュリティーを加えた、5つの分野に主に注力していくつもりです。

    ーますます重要な役割を果たしていくことになりそうですね。

    立花 ベクターは本社がドイツにあり、欧州の最新動向や先端技術に関する情報や知見が豊富で、こうした最新の情報と技術を日本のお客様にいち早く伝えることができます。 今後、自動車以外の業種参入もますます増えて、例えば5年後には、現在あまり接点のない企業がお客様になっているかもしれません。ベクターは引き続き、オートモーティブソフトウエアの開発パートナーとして、市場で認められたツールやソリューションと最新の知見を提供しながら新たなプレーヤーもサポートしていきます。複雑な開発をシンプルに、それがベクターの役割だと考えています。

    ※本稿は、日経BP社発行の「日経ビジネス2017.12.25・2018.01.01合併号 No.1922」への掲載内容を転載したものです。

    自動運転時代を見据えて、ベクターが注力する5つの開発ドメイン

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1607 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 08

    Top Interview 立花 徹Top InterviewTop Interview

    Automotive EthernetAutomotive Ethernet車載Ethernet車載Ethernet

    SafetySafetyセーフティーセーフティー

    SecuritySecurityセキュリティーセキュリティー

    ADAS/Autonomous DrivingADAS/Autonomous DrivingADAS・自動運転ADAS・自動運転

    AUTOSAR AdaptiveAUTOSAR AdaptiveAUTOSAR AdaptiveAUTOSAR Adaptive

  • ECUのグローバルサプライヤーの一社である日立オートモティブシステムズ株式会社は、

    ECU開発を効率化する日立標準プラットフォームおよび開発スキームを確立しました。

    AUTOSARをベースにしながら、既存アプリケーションをRTE上で実行する独自のミドル

    ウェアを組み合わせることで、既存資産の有効活用とAUTOSARへの適用を両立したの

    が特長です。ベクターはAUTOSARのBSWとして実績の豊富な「MICROSAR」を提供

    するとともに、同社の標準プラットフォーム開発にあたってさまざまな協力を行いました。

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1609 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 10

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR 適用

    AUTOSARへの対応がサプライヤーの課題のひとつに

     増え続けるECUソフトウェアの開発工数および検証工数の削減と品質の向

    上を目的に、ECUソフトウェアのアーキテクチャー の 標 準 化を提 唱した

    AUTOSARが誕生してから早いもので10年以上が経過し(Release 1.0.0の発行は2005年5月9日)、AUTOSARのコアパートナーであるドイツのメーカー

    を中心に量産車への適用が本格的に

    始まっています。ただし、AUTOSARを全面的に取り入れている自動車メー

    カーがある一方で、標準化などの考え

    方のみを採用し、実装はBSW(Basic Software)機能のごく一部にとどめている自動車メーカーもあるなど、取り

    組み方は各社ごとに異なっています。

     実装における自由度の高さは

    AUTOSARの特徴のひとつと言えま

    すが、複数の自動車メーカーにECUを提供しているサプライヤーにとっては、

    納入先ごとに個別にAUTOSARに対応したのでは逆に工数が増えてしまいかね

    ません。AUTOSARに対応しながら、効率的なECU開発と効率的な横展開を図っていく必要があります。

    適用度が異なる各メーカーに対応できる仕組みを構築

     AUTOSARを採用することで、ECUソフトウェア開発の効率化を実現したサプ

    ライヤーの一社が、日立グループで自動

    車事業の中核を担う日立オートモティブ

    システムズ株式会社(以下、日立AMS)です。ECUに関連する事業としては、燃料噴射制御などのエンジンマネジメントシ

    ステム、CVTなどのトランスミッションマネジメントシステム、ADASやセミアクティブサスペンションなどの走行制御

    システムほかを手掛けており、グローバ

    ルに事業を展開しています。

     日立AMSでは2000年代前半に、開発プラットフォームの標準化を目的とし

    てAUTOSARへの取り組みをスタートさせますが、次のような課題があったと

    日立オートモティブシステムズ株式会

    社 パワートレイン&電子事業部 制

    御システム設計本部 BSW設計部 部長 大久保 実氏は説明します。 「AUTOSARに対する適用度あるいは関心度は自動車メーカーによって大

    きな違いがあり、個別に対応したので

    は効率的な製品展開ができないという

    課題が生じていました」。具体的には、

    欧州の自動車メーカーはAUTOSARに積極的で、車両のアーキテクチャー

    設計の段階から取り入れていることも

    あって、サプライヤーはAUTOSAR適用が要件として提示されることを

    前提に開発スキームを確立しなけれ

    図1:AUTOSAR適用のアプローチの比較

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR適用Technical Article 1 Technical Article 1

  • ECUのグローバルサプライヤーの一社である日立オートモティブシステムズ株式会社は、

    ECU開発を効率化する日立標準プラットフォームおよび開発スキームを確立しました。

    AUTOSARをベースにしながら、既存アプリケーションをRTE上で実行する独自のミドル

    ウェアを組み合わせることで、既存資産の有効活用とAUTOSARへの適用を両立したの

    が特長です。ベクターはAUTOSARのBSWとして実績の豊富な「MICROSAR」を提供

    するとともに、同社の標準プラットフォーム開発にあたってさまざまな協力を行いました。

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1609 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 10

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR 適用

    AUTOSARへの対応がサプライヤーの課題のひとつに

     増え続けるECUソフトウェアの開発工数および検証工数の削減と品質の向

    上を目的に、ECUソフトウェアのアーキテクチャー の 標 準 化を提 唱した

    AUTOSARが誕生してから早いもので10年以上が経過し(Release 1.0.0の発行は2005年5月9日)、AUTOSARのコアパートナーであるドイツのメーカー

    を中心に量産車への適用が本格的に

    始まっています。ただし、AUTOSARを全面的に取り入れている自動車メー

    カーがある一方で、標準化などの考え

    方のみを採用し、実装はBSW(Basic Software)機能のごく一部にとどめている自動車メーカーもあるなど、取り

    組み方は各社ごとに異なっています。

     実装における自由度の高さは

    AUTOSARの特徴のひとつと言えま

    すが、複数の自動車メーカーにECUを提供しているサプライヤーにとっては、

    納入先ごとに個別にAUTOSARに対応したのでは逆に工数が増えてしまいかね

    ません。AUTOSARに対応しながら、効率的なECU開発と効率的な横展開を図っていく必要があります。

    適用度が異なる各メーカーに対応できる仕組みを構築

     AUTOSARを採用することで、ECUソフトウェア開発の効率化を実現したサプ

    ライヤーの一社が、日立グループで自動

    車事業の中核を担う日立オートモティブ

    システムズ株式会社(以下、日立AMS)です。ECUに関連する事業としては、燃料噴射制御などのエンジンマネジメントシ

    ステム、CVTなどのトランスミッションマネジメントシステム、ADASやセミアクティブサスペンションなどの走行制御

    システムほかを手掛けており、グローバ

    ルに事業を展開しています。

     日立AMSでは2000年代前半に、開発プラットフォームの標準化を目的とし

    てAUTOSARへの取り組みをスタートさせますが、次のような課題があったと

    日立オートモティブシステムズ株式会

    社 パワートレイン&電子事業部 制

    御システム設計本部 BSW設計部 部長 大久保 実氏は説明します。 「AUTOSARに対する適用度あるいは関心度は自動車メーカーによって大

    きな違いがあり、個別に対応したので

    は効率的な製品展開ができないという

    課題が生じていました」。具体的には、

    欧州の自動車メーカーはAUTOSARに積極的で、車両のアーキテクチャー

    設計の段階から取り入れていることも

    あって、サプライヤーはAUTOSAR適用が要件として提示されることを

    前提に開発スキームを確立しなけれ

    図1:AUTOSAR適用のアプローチの比較

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR適用Technical Article 1 Technical Article 1

  • VEC TOR JOURNAL | vo l. 1611 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 12

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR適用

    ばなりません。日立AMSではこのような開発スキームを「トップダウンアプロー

    チ」と呼んでいます(図1)。一方、日本および北米の自動車メーカーは既存資産

    を最大限に活用しながらAUTOSARを適宜取り込んでいく傾向が見られます。

    そのため、既存資産をAUTOSARに適合させる仕組みの確立が必要となりま

    す。日立AMSではこのような開発スキームを「ボトムアップアプローチ」と呼

    んでいます(図1)。 そこで同社は、グローバルなECUサプライヤーとして、欧州の自動車メーカー

    が求めるトップダウン的なAUTOSARへの対応と、日本および北米の自動車

    メーカーが求める既存の資産を生かし

    たボトムアップ的な対応の両方を高次

    元で満たすECUソフトウェアの開発スキームおよびアーキテクチャーの構築

    に着手しました。

    既存アプリケーションをミドルウェアで擬似的にSW-C化

     日立AMSは、ボトムアップに対応した開発スキームを確立すれば欧州の自動

    車メーカーが求めるトップダウン的な

    AUTOSARへの要件にも対応できるとの判断のもと、「ボトムアップアプロー

    チ」を方針に据え、次のような要件を満

    たすアーキテクチャーを開発しました。

    (1)プラットフォームはAUTOSARに準拠すること

    (2)既存のソフトウェア資産を活用できること

    (3)新たに開発するAUTOSARアプリケーション(SW-C)も実行できること

     大まかな構成を図2に示します。SW-C(Software Component)と

    しては開発されていない既存アプリ

    ケーションソフト(ASW)を実行できるように、日立AMSでは独自のミドルウェア(M D W)を開発しました(図2の①)。BSW部分にはベクターの「MICROSAR」を使用しています(図2の②、ただしメモリ管理のみ日立AMSが開発)。「MICROSARはAUTOSARのBSWとして市場実績が豊富であり、品質的にも優れていると

    判断して採用しました」と、日立オートモ

    ティブシステムズ株式会社 パワートレイン&電子事業部 制御システム設計本部 BSW設計部 主任技師 入江 徹氏は選択の理由を説明します。一方、クラン

    ク角センサー読み取り、噴射制御、点火

    制御など、ECUの価値の源泉となるローレベル機能は日立AMSが開発し、CDD(Complex Device Driver)としてMICROSARに組み合わせて使用しています(図2の③)。

    膨大なAUTOSAR仕様を10%程度に絞り込んで活用

     開発スキームは二つのステップで構

    成しています(図3)。ステップ1で既存アプリケーション(ASW)をAUTOSARに移行させたのち、ステップ 2では、Quality(品質)、Cost(開発コスト)、Delivery(開発期間)で構成されるいわゆる「QCD」の達成を目指して量産への適合を図ることにしました。図3の左側に相当するステップ1では、個々A S Wの仕様理解から始まって、AUTOSARとの差異分析、使用するA U T O S A R機能の選択、A S WとBIOSの役割の見直し、AUTOSARへの置き換え検討、AUTOSARのコンフィギュレーションの設計、使用する

    AUTOSARインターフェイスの決定などを実施。また、AUTOSARへの対応が困 難な逸 脱 部につ いては、

    「AUTOSARで豊富な経験を持つベクターに相談してアドバイスをもらい、

    機能要件の見直しなどを行いました」

    (入江氏)。

     ところで、AUTOSARはドキュメントだけでも1万ページを超えるなど仕様が膨大で、対応に苦慮しているサプライ

    ヤーも少なくないといわれています。コ

    ンフィギュレーションおよびインター

    フェイスも、仕様とネーミングは統一さ

    れているため製品への展開はしやすい

    ものの、実装方法を含めて選択肢が多

    く、そのままでは設計負担が増加してし

    まいます。

     「日立AMSでは、たとえば診断周りのDCM(Diagnostic Communication Manager)の場合でインターフェイスは115種のうち11種を、コンフィギュレーションは545種のうち69種のみを使うことにし、全体で見ると仕様を10%程度に絞り込むことで、AUTOSARの複雑さを軽減するように工夫しました」

    と入江氏は説明します。

     ただし、仕様を絞り込んだとしても既

    存のASWをSW-Cに書き換えたのでは工数を要してしまうため、図2に示したように、将来的にSW-Cへの完全な移行が完了するまでは同社が独自に開

    発したミドルウェア(MDW)を介在させる方法を採用しました(図4)。MDWはRTE(Runtime Environment)上

    で動作するいわばラッパー的な役割で

    あり、BSWやRTEからはSW-Cとして見える一方で、既存のASW間の通信やASWとRTEとの間のインターフェイス変換などを担います。また、SW-CはそのままRTE上で動作するため、前述のトップダウンアプローチにも対応が可

    能です。

    図2:日立AMSが開発した標準プラットフォームの概略

    図3:AUTOSAR適用の作業フロー

    図4:ASWのSW-C化のアプローチ

    Technical Article 1

  • VEC TOR JOURNAL | vo l. 1611 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 12

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR適用

    ばなりません。日立AMSではこのような開発スキームを「トップダウンアプロー

    チ」と呼んでいます(図1)。一方、日本および北米の自動車メーカーは既存資産

    を最大限に活用しながらAUTOSARを適宜取り込んでいく傾向が見られます。

    そのため、既存資産をAUTOSARに適合させる仕組みの確立が必要となりま

    す。日立AMSではこのような開発スキームを「ボトムアップアプローチ」と呼

    んでいます(図1)。 そこで同社は、グローバルなECUサプライヤーとして、欧州の自動車メーカー

    が求めるトップダウン的なAUTOSARへの対応と、日本および北米の自動車

    メーカーが求める既存の資産を生かし

    たボトムアップ的な対応の両方を高次

    元で満たすECUソフトウェアの開発スキームおよびアーキテクチャーの構築

    に着手しました。

    既存アプリケーションをミドルウェアで擬似的にSW-C化

     日立AMSは、ボトムアップに対応した開発スキームを確立すれば欧州の自動

    車メーカーが求めるトップダウン的な

    AUTOSARへの要件にも対応できるとの判断のもと、「ボトムアップアプロー

    チ」を方針に据え、次のような要件を満

    たすアーキテクチャーを開発しました。

    (1)プラットフォームはAUTOSARに準拠すること

    (2)既存のソフトウェア資産を活用できること

    (3)新たに開発するAUTOSARアプリケーション(SW-C)も実行できること

     大まかな構成を図2に示します。SW-C(Software Component)と

    しては開発されていない既存アプリ

    ケーションソフト(ASW)を実行できるように、日立AMSでは独自のミドルウェア(M D W)を開発しました(図2の①)。BSW部分にはベクターの「MICROSAR」を使用しています(図2の②、ただしメモリ管理のみ日立AMSが開発)。「MICROSARはAUTOSARのBSWとして市場実績が豊富であり、品質的にも優れていると

    判断して採用しました」と、日立オートモ

    ティブシステムズ株式会社 パワートレイン&電子事業部 制御システム設計本部 BSW設計部 主任技師 入江 徹氏は選択の理由を説明します。一方、クラン

    ク角センサー読み取り、噴射制御、点火

    制御など、ECUの価値の源泉となるローレベル機能は日立AMSが開発し、CDD(Complex Device Driver)としてMICROSARに組み合わせて使用しています(図2の③)。

    膨大なAUTOSAR仕様を10%程度に絞り込んで活用

     開発スキームは二つのステップで構

    成しています(図3)。ステップ1で既存アプリケーション(ASW)をAUTOSARに移行させたのち、ステップ 2では、Quality(品質)、Cost(開発コスト)、Delivery(開発期間)で構成されるいわゆる「QCD」の達成を目指して量産への適合を図ることにしました。図3の左側に相当するステップ1では、個々A S Wの仕様理解から始まって、AUTOSARとの差異分析、使用するA U T O S A R機能の選択、A S WとBIOSの役割の見直し、AUTOSARへの置き換え検討、AUTOSARのコンフィギュレーションの設計、使用する

    AUTOSARインターフェイスの決定などを実施。また、AUTOSARへの対応が困 難な逸 脱 部につ いては、

    「AUTOSARで豊富な経験を持つベクターに相談してアドバイスをもらい、

    機能要件の見直しなどを行いました」

    (入江氏)。

     ところで、AUTOSARはドキュメントだけでも1万ページを超えるなど仕様が膨大で、対応に苦慮しているサプライ

    ヤーも少なくないといわれています。コ

    ンフィギュレーションおよびインター

    フェイスも、仕様とネーミングは統一さ

    れているため製品への展開はしやすい

    ものの、実装方法を含めて選択肢が多

    く、そのままでは設計負担が増加してし

    まいます。

     「日立AMSでは、たとえば診断周りのDCM(Diagnostic Communication Manager)の場合でインターフェイスは115種のうち11種を、コンフィギュレーションは545種のうち69種のみを使うことにし、全体で見ると仕様を10%程度に絞り込むことで、AUTOSARの複雑さを軽減するように工夫しました」

    と入江氏は説明します。

     ただし、仕様を絞り込んだとしても既

    存のASWをSW-Cに書き換えたのでは工数を要してしまうため、図2に示したように、将来的にSW-Cへの完全な移行が完了するまでは同社が独自に開

    発したミドルウェア(MDW)を介在させる方法を採用しました(図4)。MDWはRTE(Runtime Environment)上

    で動作するいわばラッパー的な役割で

    あり、BSWやRTEからはSW-Cとして見える一方で、既存のASW間の通信やASWとRTEとの間のインターフェイス変換などを担います。また、SW-CはそのままRTE上で動作するため、前述のトップダウンアプローチにも対応が可

    能です。

    図2:日立AMSが開発した標準プラットフォームの概略

    図3:AUTOSAR適用の作業フロー

    図4:ASWのSW-C化のアプローチ

    Technical Article 1

  • VEC TOR JOURNAL | vo l. 1613 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 14

    グローバル展開を実現する標準プラットフォームの確立に協力

     量産適用では、「QCD」と略される品質の課題、コストの課題、および開発ス

    ピードの課題を解決するために、図3の右側に示すように業務プロセスの標準

    化と効率化を推進。このうち効率化に関

    しては、コンフィギュレーションの自動化

    やテストの自動化などを徹底したほか、

    コンフィギュレーションやインターフェイ

    スを定型化することで仕様提示工数の

    削減や誤解釈の防止を図ったそうです。

    なお、AUTOSARのコンフィギュレーション管理には、ベクターの「DaVinci Configurator Pro」を採用しています(図5)。

     以上のような概要にて日立AMSは、同一のプラットフォームで、AUTOSARを要件とするドイツの自動車メーカー

    と、既存資産を生かしたい日本および北

    米の自動車メーカーの両者の開発案件

    に対応できる標準プラットフォームおよ

    び開発スキームを確立しました。初期投

    資は必要としたものの、仮に10製品に展開できれば開発コストを1/2に削減できるとの見通しを得ているそうです。

     ベクターは、ソリューションとしては

    MICROSAR (および D aVinc i Developer, DaVinci Configurator Pro)を提供したほか、AUTOSARのグローバルな経験を生かした技術サ

    ポートを提供し、日立AMSの標準プ

    図5:日立AMSでの量産適用に向けた施策と効果

    図6:AUTOSARに対応したECUのグローバル展開を実現する標準プラットフォームを構築

    ラットフォームの開発に協力しました

    (図6)。なおベクターでは、AUTOSARへの導入を考えている技術者の皆様

    に向けて、「はじめてのAUTOSAR」※

    というドキュメントを無償で配布して

    いるほか、AUTOSARを対象にしたトレーニングも提供していますのでご

    活用ください。

    ※「はじめてのAUTOSAR」https://jp.vector.com/vj_beginners-autosar_jp.html

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR適用 Technical Article 1

    本記事は、AUTOSAR Roadshow 2016 にて日立オートモティブシステムズ様が実施した講演内容をもとに作成されています。

    図1、2、3、4、5、6:日立オートモティブシステムズ株式会社 表紙画像:ベクター・ジャパン株式会社画像提供元

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    グローバル展開を実現する標準プラットフォームの確立に協力

     量産適用では、「QCD」と略される品質の課題、コストの課題、および開発ス

    ピードの課題を解決するために、図3の右側に示すように業務プロセスの標準

    化と効率化を推進。このうち効率化に関

    しては、コンフィギュレーションの自動化

    やテストの自動化などを徹底したほか、

    コンフィギュレーションやインターフェイ

    スを定型化することで仕様提示工数の

    削減や誤解釈の防止を図ったそうです。

    なお、AUTOSARのコンフィギュレーション管理には、ベクターの「DaVinci Configurator Pro」を採用しています(図5)。

     以上のような概要にて日立AMSは、同一のプラットフォームで、AUTOSARを要件とするドイツの自動車メーカー

    と、既存資産を生かしたい日本および北

    米の自動車メーカーの両者の開発案件

    に対応できる標準プラットフォームおよ

    び開発スキームを確立しました。初期投

    資は必要としたものの、仮に10製品に展開できれば開発コストを1/2に削減できるとの見通しを得ているそうです。

     ベクターは、ソリューションとしては

    MICROSAR (および D aVinc i Developer, DaVinci Configurator Pro)を提供したほか、AUTOSARのグローバルな経験を生かした技術サ

    ポートを提供し、日立AMSの標準プ

    図5:日立AMSでの量産適用に向けた施策と効果

    図6:AUTOSARに対応したECUのグローバル展開を実現する標準プラットフォームを構築

    ラットフォームの開発に協力しました

    (図6)。なおベクターでは、AUTOSARへの導入を考えている技術者の皆様

    に向けて、「はじめてのAUTOSAR」※

    というドキュメントを無償で配布して

    いるほか、AUTOSARを対象にしたトレーニングも提供していますのでご

    活用ください。

    ※「はじめてのAUTOSAR」https://jp.vector.com/vj_beginners-autosar_jp.html

    ボトムアップアプローチによるAUTOSAR適用 Technical Article 1

    本記事は、AUTOSAR Roadshow 2016 にて日立オートモティブシステムズ様が実施した講演内容をもとに作成されています。

    図1、2、3、4、5、6:日立オートモティブシステムズ株式会社 表紙画像:ベクター・ジャパン株式会社画像提供元

  • 数多くの車載ソフトウェアツールが、それぞれの専門分野に特化して提供されています。単

    純に、そうした専門ツールを複数組み合わせれば優れたECU開発環境を構築できるので

    はと考えられますが、実際にはツールの相互連携ができない、あるいはできたとしても範

    囲が限られるなど、アプリケーションとして一体感を欠いたものになりがちです。そこでた

    どり着くのは、今日のツールを1つの大きいシステムとして統合していくには、その環境内

    でやり取りするための広範なオプションが必要になるという事実です。

    VEC TOR JOURNAL | vo l. 1615 VEC TOR JOURNAL | vo l. 16 16

     現在の自動車業界では、開発時、特に

    E/Eシステムのテスト時に、何らかの形でソフトウェアツールを連携させる必要

    があり、そのツール数は増加していま

    す。たとえば、自動運転の領域や関連す

    る先進運転支援システム(ADAS)ベースのシステム(図1)では、使用するツールが瞬く間に3つから4つ、あるいはそれ以上に増え、しかも個々のツールメー

    カーが異なるというケースも少なくあり

    ません。あるツールは通信ネットワーク

    の残りのバスシミュレーションをカバー

    し、あるツールは車両ダイナミクスや環

    境モデルに使用し、あるツールは仮想運

    転のシナリオをシミュレーションに送り、

    そして最終的にはテストも自動化し、し

    かもそれにはテストデータ管理システム

    へのリンクも含まれているというように、

    開発業務では専門分野に高度に特化さ

    れた個々のツールを数多く使用します。

    これらを一体として実行可能なツールと

    してネットワークを構築するには、すべて

    のツールをカップリングすることが必要

    となります(参照:テキストボックス「ツー

    ルのカップリングの適合性」)。

     ユーザーが独自にオリジナルのリン

    クを使用して各種のツールを接続する

    ことも1つのソリューションです。この場

    合、実装はすべてユーザーが行うため、

    あらゆる面に柔軟に対応できるという

    利点があります。しかし、こうしたオリジ

    ナルのソリューションにはデメリットも

    あります。それらのリンクはプロジェクト

    ごとの独自性が極めて強く、他のプロ

    ジェクトでの再利用が不可能ではない

    にせよ、難しいのです。また、このような

    ソリューションは特定の個人やチームに

    結び付いているため、キーパーソンが

    退職または異動すると専門知識が失わ

    れ、後継者がそれを習得する負担が大

    きくなります。あるメーカーがインター

    フェイスの挙動、あるいはインターフェ

    イスそのものを1つ変更しただけでも、それらのリンクを異なるバージョン間で

    引き続き機能させるための手間が生じ

    ます。したがって、リンクには標準化され

    たインターフェイスを利用する方がシ

    ンプルかつ合理的です。

     標準インターフェイスは変更されるこ

    とがなく、高い確率で再利用が可能で

    す。また、後から拡張が行われても通常

    は後方互換性が保たれるため、保守コス

    トも抑制できます。独自のインターフェ

    イスのリンクには一般にプログラミング

    が必要であるのに対し、標準インター

    フェイスのリンクは設定で済むケースが

    多いのもメリットの1つです。ただし、標準インターフェイスも完璧ではなく、希

    望する機能のすべてをまかなえるわけ

    ではありません。そのため、大部分を標

    準インターフェイスでカバーし、残りの

    要求は独自開発で別途実装するという

    混在型のソリューションがよく採用され

    ています。

     どのソリューションであってもプロ

    ジェクトを効率的に実施し、ソフトウェア

    をより大きなシステムに統合するには、

    その環境とやり取りをするための包括的

    なオプション、すなわちインターフェイス

    が必要です(図1)。

    図1: 異なるツールの統合に適したインターフェイスとは

    > コ・シミュレーションのシナリオ実行時に行われ、通常は閉ループを形成する

    > ツールがモデルを生成、エクスポート、コンパイルすると、それが他のツールに統合される

    > ツールはテストデータ管理や要求管理などの高レベルのシステムへ統合できる。ただし、 本稿ではこのタイプの接続については言及しない

    ツールカップリングの適合性 本稿におけるツールカップリングは以下を意味