月日は 芭蕉の心を 百はく eiko ohyaplagio.jp/images/alongtohoku_036.pdfalong 2 eiko ohya...

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ALONG 2 eiko ohya 大宅映子『今』を語る 東京生れ。国際基督教大学卒業後、PR 会社勤務を経て、( 株 ) 日本インフォメーション・システムズを設立。 企業・団体の文化イベントの企画プロデュースを始め、国際問題、政治経済、食文化などの評論、コラムでも活躍中。 ALONG 3 10 10 10 20 10 10 西●「おくのほそ道」の旅で、須賀川から郡山に向かう途中に立ち寄った阿武隈川の乙字ヶ滝(石河の滝)の畔に立つ芭蕉と曾良の像。 ●芭蕉記念館に置かれた軒行燈(のきあんどん)。

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Page 1: 月日は 芭蕉の心を 百はく eiko ohyaplagio.jp/images/alongtohoku_036.pdfALONG 2 eiko ohya 大宅映子『今』を語る 東京生れ。国際基督教大学卒業後、PR会社勤務を経て、(株)日本インフォメーション・システムズを設立。企業・団体の文化イベントの企画プロデュースを始め、国際問題、政治経済、食文化などの

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eiko ohya大宅映子『今』を語る

東京生れ。国際基督教大学卒業後、PR 会社勤務を経て、( 株 ) 日本インフォメーション・システムズを設立。企業・団体の文化イベントの企画プロデュースを始め、国際問題、政治経済、食文化などの評論、コラムでも活躍中。

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十七年四月から消費税が8から10%に上がる

際、軽減税率導入が正式に決まり、色々な論議

が盛んである。

 

外食は10%、テイクアウトは8%。では外食

の定義は?、机と椅子があること。屋台の椅子

なしは8%だが、コンビニでトレイで運ばれたら

10%?。なんともいやはや七面倒くさいことこの

上なし。

 

欧州の国々のように20%を超える消費税が導

入されている場合には、消費税の逆進性を考え、

飲食料など生活必需品の税を低くする、という

のは妥当だと思う。

 

生活するのに最低限必要な食料などは、いく

ら金持ちだからといって10倍も食べられるわけで

はない。低所得者の負担割合は当然重くなる(逆

進性)からだ。

 

しかし日本の場合は8〜10のたった2%だ。逆

進性もそれ程ないし、先の議論のような煩雑な

議論、甚大なコストを考えたら、果して本当に低

所得者のためになのか。

 

経済学的には、軽減税率は再分配効果はあま

りないといわれているそうだ。それどころか、高

所得者にとって食料品などの支出割合は低所得

者より小さいとしても絶対額は大きいわけだか

ら、軽減税率の恩恵は、何と高所得者の方が多い

ことになる。

 

それとも低所得者にやさしい!ふりをしたく

て軽減税率導入はなぜなのか。目前に迫る選挙

に勝つため?簡単に納得してはいけない。

 

税が好きな人はいない。ヒトから良く思われ

たくない、人もいない。

 

しかし超高齢社会で働き手が減り、千三百兆

円を超える借金にあえぐこの国で増税なしはあ

り得ない。まずこれを説得するのが政治家の役目。

そして、増税の際は他の税体系との組み合わせな

ども考えねばならない。

 

財務省の考えたあまりに律儀な還付制ではな

く、定額還付の方がずっとわかりやすく、コスト

もかからずに済むだろう、と思われる。

 

月日というものは永遠に旅を続け

る旅人のようなもの。来ては去り、

去っては来る年も、また、歩み続け

て止むことのないまた旅人と同じ、

と旅をすみかとし蕉し

ょう

風ふう

俳はい

諧かい

を確立し

た俳聖、松尾芭蕉。芭蕉が、隅田川

の畔ほ

とり

の草そ

庵あん

を後にし、門人河か

合わい

曾そ

良ら

を伴い奥州・北陸を巡る「おくのほ

そ道」の旅に出たのは、江戸の世、

元禄二年の春。みちのくは芭蕉にとっ

て憧し

ょう

憬けい

の地であった。能の

因いん

法ほう

師し

や西さ

行ぎょう

など、風雅を愛する古の文人たち

が心を寄せた古こ

歌か

の名所であった白

河の関を越え、阿あ

武ぶ

隈くま

川がわ

を渡り、遠

く連なる山々を望みながら芭蕉と曾

良は須賀川に入る。

 

今回、取材の旅で須賀川に入った

のは一月の終わり。大雪に迎えられ、

田植え歌が聞こえる季節にはほど遠

いけれど、人生は旅そのものという

芭蕉の風流を味わうのもまた風流な

ことである。初夏の風の匂いを想像

しながら…。

●「おくのほそ道」の旅で、須賀川から郡山に向かう途中に立ち寄った阿武隈川の乙字ヶ滝(石河の滝)の畔に立つ芭蕉と曾良の像。

●芭蕉記念館に置かれた軒行燈(のきあんどん)。

月日は百は

代たい

の過く

客かく

にして、

行きかふ年も又旅人なり。

舟の上に生涯をうかべ、

馬の口とらえて老いをむかふる物は、

日々旅にして旅を栖す

みか

とす。

芭蕉の心を捉と

えた

俳句の街 須す

賀か

川がわ

を旅して

風流を味わう・・・

芭蕉「おくのほそ道」序章より

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等躬宅に草わら

鞋じ

を脱いだ芭蕉たち

に、等躬は句会を開き、どのような

気持ちで白河の関を越えたのかと尋

ね、句を所望してきた。そこで芭蕉

が詠んだ句が「風流の初やおくの田

植うた」である。実は、芭蕉は歩き

まわるもどこが白河の関とはわから

なかったといわれている。現在白河の

関跡として知られる旗宿が、白河の

関として松平定信によって認定され

るのは、芭蕉が白河を歩いた時より

もずっと後のことになる。芭蕉は長

旅の疲れや見事な風景に心奪われ作

句の余裕がなかったとして、この句

を詠んだ。関を越え奥州に入って耳

にした田植え歌が、憧れのみちのく

で味わう初めての風流であったと…。

 

そして、芭蕉は須賀川でその生き

方に非常に感銘を受けたとされる人

物に出会う。等躬の屋敷のかたすみ

に住んでいた僧・可か

伸しん

である。可伸

は栗りっ

斎さい

と号し、大きな栗の木陰に庵いおり

を結び閑しず

かに暮らしていた。芭蕉記

念館の裏手にその可か

伸しん

庵あん

跡あと

がある。

「世の人乃みつけぬ花や軒の栗」と刻

まれた句碑が立つ庵跡は狭く、ひっ

そりと雪に埋もれていた。この句は

可伸のつつましい生活ぶりと人柄に

深く心を打たれて詠んだといわれる

 

古代から東北地方の要衝として栄

えていた須賀川。鎌倉時代以降は二

階堂氏の城下町として栄えるが、伊

達政宗に攻められ、須賀川城は落城。

現在までも続く日本三大火祭りの一

つである「松た

明まつ

あかし」は、この時

の二階堂家の霊を弔うために行われ

てきた伝統行事であり、四百二十年

以上の歴史を誇る。そして、江戸時代、

白河藩領となってからは奥州街道屈

指の宿場町として栄え、独自の町人

文化が花開いて活気にみち、俳諧も

盛んであった。

 

芭蕉は江戸での親交があった宿場

の長お

をつとめる俳人の相さ

楽ら

等とう

躬きゅう

を訪

ね、七泊八日と須賀川に長な

逗とう

留りゅう

する。

等躬は高い水準であったとされる須

賀川俳諧の中心的人物であるが、相

楽家は中世白河の領主結城家の子孫

にあたり、当時、問屋業を営む豪商

であった。

 

奥州街道に面した等躬の屋敷跡に

芭蕉記念館がある。芭蕉記念館の前

で、まっすぐに延びた街道を眺めて

いると、遠くにゆっくりと歩を進め

る芭蕉と曾良の後ろ姿が見えるよう

…。時空を超えて今こうして同じ場

所に立っていることは実に感慨深く、

歴史舞台の一ひ

齣こま

に紛れ込んだ気がし

てくる。

が、そこは雪に俗世の音が消されて

いるからなのか、その澄んだ空間は

静寂に満ちていた。凛とした空気の

中に佇んでいると、清貧の人であっ

たという可伸の気配すら感じてしま

うのだ。

みちのくへの入り口

白河の関を越えて須賀川へ…。

町人文化が花開き俳はい

諧かい

盛んであった、奥州街道

の宿場町、須賀川宿。

●清酒「東あ

ずま

豊とよ

国くに

醸造元・豊国酒造合資会社

福島県石川郡古殿町竹貫114

☎0247・53・2001

定休日 

日曜日・祝祭日

江戸時代末、天保年間創業で180年の歴史がある豊国酒造。

全国新酒鑑評会で9年連続金賞、南部杜氏自醸清酒鑑評会

二期連続首席、東北清酒鑑評会連続金賞の受賞蔵である。南

部杜氏伝承の技が生きる豊国酒造の銘柄「東豊国」の、爽や

かな香りが青りんごを思わせる大吟醸の「幻」、芳醇旨口の

特別純米酒「超」、すっきりとした飲み口の特別本醸造「然」

など、淡麗な美酒が揃う。また、東豊国の普通酒は旨味甘味

のあるやわらかい味で、古殿町民の晩酌のお酒として地元で

長く愛され続けている。そして、平成23年には新しい銘柄

「一い

歩ぶ

己き

」が生まれた。南部杜氏の梁田博明さんから杜氏の

座を譲り受け、代表社員の父矢内定紀さんのもとで新しい酒

造りに挑むのは蔵9代目となる矢内賢征さん。県ハイテクプ

ラザ会津若松技術センターと県清酒アカデミー職業能力開

発校で杜氏としての技術を学び、そして造り始めたのが「一

歩己」。一歩ずつ前に進む、己の一歩を大事に・・、と酒造り

への想いはひたむきである。優しい甘さ、爽やかな旨味が広

がる「一歩己」の人気は年を追うごとに上昇中である。

●夢菓子工房・かめまん

福島県須賀川市西川町46

☎0248・73・2751

定休日 

年中無休

大正8年創業、90年以上の歴史を誇るかめまんは、当初

まんじゅう屋として始められた。創業以来作り続けてき

た玄米パンは、おやつにお土産にと、長く地元の人に愛さ

れ続けてきた看板商品。玄米パンは素材にもこだわり福

島産のコシヒカリ一等米を使い、あんはこしあん、つぶあ

ん、ごまあんと3種類。あんの程よい甘さともちもちの皮

の優しい風合いは昔懐かしい味がそのまま。口当たりよく、

あっさりとして幾つでも食べられそう。店内に並べられた

和と洋のお菓子の数は100種類以上。目にも楽しい多彩

なお菓子のオンパレードだが、最近の注目商品がクッキー

シュー。サクッとしたシューの皮に滑らかなカスタードク

リームがとろけるようなハーモニーを作りだしている。ま

た、45センチもある長いロールケーキもお祝い会やお誕

生日会に喜ばれ、根強い人気を博している。

●日本三大火祭りの一つ「松明あかし」。重さ3トンの巨大な大松明は若衆が担いで町を練り歩き、五老山に立てられる。松明太鼓のとどろきに揺れる松明の炎は一大戦国絵巻である。

●かつて二階堂氏の居城であった愛宕山、五老山、妙見山からなる広大な翠ヶ丘公園。公園内を流れる須賀川の両岸には180本の桜並木が続く桜の名所。

●栗の木の下に芭蕉の句碑が立つ。●可伸庵の東屋にも俳句ポストが置かれている。

●軒の栗庭園に立つ芭蕉たちをお迎えする等躬の像。 ●等躬の屋敷の一角に住んでいた僧・可伸の庵跡。 ●記念館内には芭蕉や俳句に関する資料が展示されている。 ●子ども達が詠んだ俳句が色とりどりの短冊に書かれていた。 ●松明通りに面した相楽等躬屋敷跡にある芭蕉記念館。

●杜氏・矢内賢征さん(左)と代表社員・矢内定紀さん。

●代表取締役・鈴木茂雄さん。

世の人乃みつけぬ花や軒の栗

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●市内 24 ヶ所に置かれている「物語ボックス」で、須賀川ゆかりの人物や歴史に触れる。

●市内 24 ヶ所に置かれている俳句ポスト。投句された俳句は年に2回の選句会がある。

●町は風流に彩られて…。道筋の商家の軒にかかげられた軒行燈の数々。

●軒行燈が掲げられた商家が立ち並ぶ、しっとりとした江戸情緒漂う町並み。●須賀川の総鎮守である神炊館神社。

●芭蕉が詣でたといわれる十念寺境内に立つ芭蕉の句碑。

町の人々が育んできた

俳句への想いに触れて…。

 

芭蕉記念館を出て右に少し行くと

道の角に軒の栗庭園がある。小ぢん

まりとした庭園には芭蕉と曾良の像

と、客人を迎える等躬の像が立ち、

優しげな眼差しにここでもまた遠い

江戸の世に想いは飛ぶ。それに、道

筋の商家の軒には俳句が書かれた軒のき

行あん

燈どん

が掲かか

げられていて、次から次へ

と軒行燈を求めて右へ左へ歩くこと

にもなり、おのずからその歩調はゆっ

たりとしてくる。そして、いやがう

えにも俳句の世界に引き込まれてし

まい、それは何とも心地よい散策な

のである。

 

そして、俳句の町らしく、粋な計

らいもある。町を歩いているとあち

こちに俳句を詠んで投函できる俳句

ポストが点在しているのである。地

元の人ばかりでなく訪れる者をも俳

諧の世界に誘いざな

われ、創作意欲が掻き

立てられるというもの。

 

そもそも須賀川の町は自治活動の

土地柄であったという。須賀川は落

城の後、商人の町になった。もとも

とは豪商である等躬も領主の出しゅつ

自じ

あったが、この地に残った武士たち

の多くは商人になり、町を守り支え

てきた。須賀川の町の人の文化に対

する意識は高く、その流れは現代ま

で続いている。

 

そして、町の人々の文化への想い

は次世代へも繋がれていた。町のあ

ちこちに置かれた物語ボックスであ

る。軒のき

の栗くり

庭園や寺院や街角に置か

れたその数は二十四基もあり、須賀

川の歴史やゆかりのある人物などを

物語にしたもので、それは四コマの

固定式紙芝居。須賀川の子供たちに、

自分の町を知ることで町が好きにな

り、そしてその想いが町を良くして

いくことであり、また多くの人に須

賀川を知ってもらいたい、と物語ボッ

クスが作られたという。

 

芭蕉ゆかりの地を巡り、軒行燈を

求めてのそぞろ歩き。軒の栗通りの

菓子店で十五円の一口まんじゅうを

頬張り、店先のいっぷくの池に癒さ

れ、店主の優しい声に見送られて俳

句の町の散策再開。城下町の小粋な

風情も楽しみながら…。

●庄司の大どら

庄司菓子店

福島県須賀川市岩瀬森1

☎0248・75・2465

定休日 

年中無休

大正10年創業の庄司菓子店は、二昼夜かけて炊き上げる自家

製粒あんがたっぷり入ったどらやきの名店。最大直径が36セ

ンチもある巨大な大どらは、お祝い事などに大好評である。ど

ら焼きはバリエーション豊かで、あんマーガリン、生どら、抹

茶生どら、レーズンバターどら、マスカルポーネ、チーズどら・・

など、個性的などら焼きが勢ぞろいしている。なかでも人気ナ

ンバーワンはあんマーガリン。柔らかい粒あんにマーガリンが

溶けてより一層にあんのコクを深め、程よい甘さとまろやかな

味わいは実に美味。ふっくらとした皮とのコンビネーションは

抜群で口のなかでとろけてしまう。まるでホットケーキ感覚の

どら焼きである。ラム酒に漬けたレーズンとバタークリームを

合わせて挟んだレーズンバターは大人の味で、人気上昇中。そ

の日の気分でお好みの味をお楽しみください。

●清酒「廣ひ

戸と

川がわ

醸造元・松崎酒造店

福島県岩瀬郡天栄村大字下松本字要谷47・1

☎0248・822・2022

創業明治25年、県内有数の米どころである天栄村で、地元

に愛される毎日飲んでも飲み飽きない酒造りを行ってきた松

崎酒造店。長く南部杜氏による酒造りが行われていたが、現

在は若き杜氏、蔵の6代目となる松崎祐行さんがリーダーシッ

プをとる。福島県清酒アカデミー職業能力開発校で酒造りの

基礎を学び、福島県産の米、「夢の香り」のコメの甘み旨味を

最大限に引き出す酒造りに挑戦。平成23年に杜氏となり初

めて仕込んだ酒が全国清酒鑑評会で金賞を受賞、さらに翌年

も金賞に輝いた。また、平成26年、「廣戸川・大吟醸」は

「SA

KE C

OM

PE

TIT

ION

」という品評会のフリースタイル部

門でグランプリを受賞している。米の良さを限界まで引き出

した「廣戸川・大吟醸」、温度によって味わいの幅が生まれる

「特別純米・廣戸川」、芳しい香りが広がる「純米吟醸・廣戸川」、

日常に飲む酒「清酒・廣戸川」・・。伝統の酒造りを受け継ぎ

ながら若い感性から生まれる新生「廣戸川」で、奥深い日本

酒の楽しさを存分に味わいたい。

●代表・松崎淳一さん(左)と杜氏・松崎祐行さん。

●社長・庄司喜一さん。

風流の初めや奥の田植え唄

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■取材協力

特定非営利活動法人『チャチャチャ21』

理事長 

髙久田稔

須賀川南部地区町内会協議会

事務局次長 

鈴木明

須賀川市芭蕉記念館

福島県須賀川市本町33番地1

NTT須賀川ビル1階

☎0248・72・1212

須賀川信用金庫

■取材日 

2016年1月20日

●滝の形が乙字形に曲がっているために名づけられた阿武隈川の乙字ヶ滝。落差は大きくないが川幅が広く、音を立てて流れる滝は迫力満点。「五月雨の滝降りうづむ水かさ哉」須賀川を発ち郡山に向かう芭蕉が乙字ヶ滝(石河の滝)を眺めて詠んだ句が残されている。

●渡辺光徳筆「芭蕉翁須賀川に宿るところの図」須賀川市芭蕉記念館蔵

五さ

月み

雨だれ

の滝降りうづむ水み

かさ哉かな

信金コミュニケーション

しんきん経営者年金ご加入者さま訪問 file.4

 福島県二ふた

岐また

山の山麓、ブナの原

生林に囲まれた山間は大雪にすっ

ぽり覆われていました。でも、山深

い秘湯の宿を包む雪景色はまるで

水墨画のように美しい…。そして、

澄んだ空気の中に流れるしみじみ

とした和の情趣には、すっかり心奪

われてしまいました。今回は阿賀

野川に注ぐ支流のひとつ、二岐川沿

いに建つ一軒宿、大丸あすなろ荘の

女将、佐藤千恵さんにお話を伺い

ました。

 温泉の源泉は六つもあり、中で

も宿の自慢は天然の川床をそのま

ま生かした自じ

噴ふん

泉せん

岩風呂。甌おう

穴けつ

ある川底を石垣で囲ってから八百

年の歴史があり、今も湯舟の底の

岩の割れ目から小さな気泡を出し

ながら温泉が湧き出ています。渓

流とひとつになれる露天風呂、露天

風呂を備えた大浴場…など、源泉

「おじいさんとおばあさんが宿をし

ていた昔は茅葺でしたけど、大雪

で壊れてもいましてね。こちらに

戻って家業を継いで、木造の山小屋

風の宿を建てたんです。須賀川信

金さんとはその時からのお付き合

いで、以来ずっと助けられてきまし

た。経営者年金もね、もう七十を

超えているので、一度もらったんで

すよ。でもね、結局使わなかったん

です。それに私は長生きしそうだ

し、また年金に入ったんですよ。ま

た貯めて、将来、子供や孫の教育

にでも使ってもらおうかなって…。

この宿も私たちの代で終わってはい

けませんからね。後継者を育てる

のに役に立てていけたら、と思いま

す…」女将の言葉は力強く、千年

以上も続く伝統の宿の灯はこれか

らもずっと消えることなく守られ

ていくであろう、と確信したのです。

そしてそれは、お二人の秘湯を守り

続ける想いがある限り、揺るぎな

いものであると…。

 清潔感溢れる館内の清々しい空

間、女将の大らかで飾らぬ人柄に

懐かしい故郷に帰ってきたような

安らぎを覚え、俗世から隔離され

たような心地よいひとときは、深

い雪のせいばかりではありません

でした。

かけ流しの湯は自然の中に溶けて

いくように心地よく、どれもが柔

らかで肌触りの優しい「生きた温

泉」として親しまれています。

 この二岐の地には、平安時代には

すでに温泉が湧いていたといわれ、

現在、二岐温泉には数軒の温泉宿

がありますが、江戸時代から旅籠

を営んでいたのは大丸あすなろ荘

一軒のみ。湧き出る湯とともに長い

歴史が刻まれていました。

 館主の佐藤好億さんは日本秘湯

を守る会の会長ですが、昭和四十三

年、経済学者としての研究職を辞

し、家業の温泉宿を再建し、山と

温泉は日本人の心のふるさとであ

ると、それを守り継承していくこと

に力を注いできました。「山の湯を

守ることは、日本人の原風景を守る

こと…」と、秘湯を守る大切さを

未来に語りかけてくれています。

■取材協力

二岐温泉

大丸あすなろ荘

福島県岩瀬郡天栄村二岐

☎0248・84・2311

須賀川信用金庫

福島県二岐温泉 

大丸あすなろ荘

女将・佐藤千恵

●手打ち蕎麦処つれづれ庵

株式会社高橋製麺

福島県須賀川市桜岡24番地

☎0248・76・1288

夏秋きゅうりの生産量日本一を誇る須賀川で生まれた

須賀川名物・かっぱ麺。水の代わりに100%きゅう

りの搾り汁を練り込んだかっぱ麺が市内約20店舗の

店で楽しめる。創業百有余年、麺作りの技を培ってき

た高橋製麺の直営店「つれづれ庵」で味わうかっぱ麺

は手打ちの生麺。しかも、きゅうりの搾り汁ではなく

一人前に丸ごと一本のきゅうりが練り込まれ、トッピ

ングにもきゅうりが一本使われた一皿で二本分のきゅ

うりを食するヘルシー料理。きゅうりのさわやかな風

味と腰のある生麺の喉越しの良さ、それに秘伝の特性

味噌が麺と絡むと、美味この上なし。あっという間に

一皿平らげてしまう。また、冬季限定だが、豆乳ごまベー

ス味のスープがまろやかな温かかっぱ麺も大好評。きゅ

うりの乾麺に専用味噌とスープがセットのお持ち帰り

用かっぱ麺は、須賀川土産としても大人気である。

 

芭蕉たちが長なが

逗とう

留りゅう

したのはきっと

居心地が良かったからだろう。人の

温かさがあふれ、大らかな自然に囲

まれた須賀川は、町全体が芭蕉に触

れることのできる風雅な庭園を散策

しているような趣があり、自分まで

もが風流人になったような。そして、

俳句を嗜たしな

んだことがなくても一句詠

んでみたくなる。

「かりそめの芽吹きをおもう雪の花」

 

過去と現在を行ったり来たり。時

はゆったりと進み、歩くほどに心豊

かになっていく…。

●代表取締役・佐藤好億さん。

●女将・佐藤千恵さんと若女将・好恵さん

●代表取締役社長・高橋優華さん。

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須賀川の伝統文化

色鮮やかな染め物・注ち

ゅう

染せ

■取材協力

平半染工株式会社

代表取締役 

渡辺達雄

須賀川信用金庫

●伝統的な染色技法の注染。防染糊を型付けした生地にたっぷりの染料を注ぎ込み、しっかり生地に染料が浸透するように真空ポンプで吸引する。裏に返して同じ工程を数回繰り返す。

 

江え

戸ど

小こ

紋もん

のような小粋な柄の手ぬぐ

い、藍の鯔いな

背せ

な祭まつ

り半ばん

纏てん

、どんと構え

た達だる

磨ま

模様の幟のぼり

…。色鮮やかに染めつ

けられた物たちが、それぞれの個性を

前面に押し出しながら作業場の壁を占

領していた。派手な模様も渋い色合い

の模様も典型的な和風の趣漂い、何と

も言えぬ懐かしさが込み上げ、思わず

手に取ってみたくなる。作業場の奥、

太い梁の高い天井に渡された竿には数

枚の一反布が干され、その淡い桃色の

布がまたしてもしっとりとした江戸情

緒を醸し出していた。

 

須賀川市南町にある平ひら

半はん

染せん

工こうは、江

戸時代後期の天保十五年創業で、およ

そ百七十年にわたり印染めを生なり

業わい

とし

てきた。それぞれの時代を経て培った

伝統の印染めを継承しつつ、新しい染

色方法にも対応してきた。ひところは

京染や糸染めの藍染が主な時代もあっ

たが、昭和三十年ころから染色方法は

注ちゅう

染せん

が主流になり、今では注染の手ぬ

ぐいと半はん

纏てん

が平半染工の主製品となっ

ている。そして、天井から干されてい

たのはその注染の手ぬぐいである。

 

注染とは、その名の通り、注いで染

める技法である。注染は一反の生地を

畳みながら防ぼう

染せん

糊のり

を型付けしていき、

染料を上から注ぎ込み、バキュームで

吸い込んで下まで染料を透かし、模様

部分にだけ必要な色染めをする伝統的

な染色技法である。作業場では糊付け

を終えて注染の最大の特徴である工程

が進められていた。

 

染め台の上に置かれ生地に、ジョ

ウロ状の道具で染料がたっぷりと注が

れ、周りにゴム板を置く。と、プシューッ

と凄まじい音が響き、蒸気が一気に吹

き上がる。しっかり生地に浸透するよ

うに真空ポンプで吸引するのだ。裏返

して数回同じ工程を繰り返すが、その

度に生地は真空のタンクになるという

わけだ。

「昔の人は色々考えたんですね。昭和

二十年代からコンプレッサーが作られ

それを応用して注染で使われるよう

になったんです。それまでは真空状態

を作れなかったんで、ラッパみたいな

もので口で上から吹いたんです。全力

ですよ。ほっぺ膨らましてね。機械が

できてからそれから解放されたんです

…」と、熟練の染職人である六代目の

渡辺雄一さん。しかし、染め台周りの

温度は七〇度近くもあり、かなりのサ

ウナ状態でもある。でもこの工程こそ

が、注染の最大の見せ場。今では機械

の力が大きな味方ではあるものの、季

節による温度や湿度の差、染料の調合

など職人の絶妙なる感覚がものいう。

職人の一瞬のタイミングで仕上がりに

微妙な変化も生まれてしまう。それに、

ぼかしなどは更に高度な技も必要とさ

れる。正しく受け継がれた伝統の妙技。

今はハイテクな時代あるが、人が簡単

には真似できないローテクな世界がこ

こにはあった。

 

そして、染め上った生地は余分な

糊と染料を落とすために丁寧に水洗

いされ、干し場で自然乾燥させ、プ

レス、裁断後、手ぬぐいやハンカチな

どに完成。

 

裏表がなく染め上る注染は、独特の

風合いをもつ。使いこむほどに程いい

色合いになり、風合いが増してくる。

そして、馴染んでくる柔らかさが何と

も優しい。それはいつもそばに置いて

おきたい、味わい深い和の逸品である。

●染め上がった生地は水洗いで、余分な糊と染料を洗い流す。

●代表取締役・渡辺達雄さん(左)と専務・渡辺雄一さん。

●裏表がなく染め上がりが独特の風合いをもつ注染。染め上がった生地を乾かす干し場には、はんなりとした江戸情緒が漂う。