クェーサー 3c 380 における バイナリブラックホー...

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クェーサー 3C 380 における バイナリブラックホールの軌道パラメータを探る 鹿児島大学 理学部 物理科学科 面高研究室 4年 松井 隆正 ABSTRACT バイナリブラックホール(Binary Black Holes; BBHs)は,活動銀河核(Active Galactic Nuclei; AGN)における大質量ブラックホール(Massive Black Hole; MBH)を形成する途中の段階 であると考えられている.BBHsの軌道運動はAGNから放出されるジェットの相対論的光行差を引き起こし,その光行差はジェットのらせん状構造を形成する.従って,ジェットのらせん構造を調 べることでBBHsの軌道運動を明らかにすることが出来る.クェーサー3C 380はBBHsの軌道運動によるものと思われる曲がったジェットをもつ.本研究では,観測されたジェットのイメージと理 論モデルとの比較から,その中心核にあると考えられるBBHsの軌道要素を明らかにすることを目的とする.ジェットのイメージはVSOPで観測されたものを用いる.その観測されたイメージと, 様々なパラメータでのBBHsの軌道に基づいて計算されたジェットのモデルを比較することで,最適な軌道パラメータを決定する. 1. INTRODUCTION ほとんどの銀河はその中心核にブラックホール (BH) をもつ (Kormendy & Richstone 1995).銀河同士の合体によって,複数個のBHを持つ銀河も存在していると考えられる. そのような銀河では,時間経過と共にBH同士が合体を繰り返し,最終的に一つの大質量 BHに進化していく.その進化の途中段階である二つのBHが互いに軌道運動しているもの を,バイナリブラックホール (BBHs) と呼ぶ. AGNから放出されるジェットの多くは,様々 なスケールでうねった構造を示している.その 構造を形成する要因としては,BBHsの軌道運 動 (Kaastra & Roos 1992; Roos et al. 1993; Hummel et al. 1992),ジェット根元の歳差運動 (Hummel et al. 1992),ケル ヴィン-ヘルムホルツ不安定性,降着円盤の磁場構造などが考えられている. クェーサー3C 380は,赤方偏移 z = 0.692 (距離は約60億光年) にある最も明る い電波源の一つである.超光速運動を示す曲がった片側のジェットを持ち,その 全ての成分が中心核を原点とする弾道運動をしている.曲がったジェット形成の要 因としては,ジェット根元の歳差運動や中心核のBBHsの軌道運動が考えられてい る.本研究では,3C 380のジェットの構造はBBHsの軌道運動によって形成された と仮定し,観測イメージとモデルの比較によって最適な軌道パラメータを決定する. 2. OBSERVATIONS モデルと比較するイメージデータは,VSOP ( 波天文衛星『はるか』を用いた宇宙空間電波干渉 ) を用いて観測されたものを使用した.観測周 波数は4.8GHz (λ = 6 cm),1998年7月4日と 2001年4月25日の2エポック行われた.また, 3C 380はVSOPでの観測の以前から観測されてお り,ジェットの各成分の見かけの速度 (β app ) も求 められている.フィッティングの際にはその情報 も用いた. 6. CONCLUSIONS and FUTURE WORKS BBHsの軌道運動によるジェットのモデルを作成し,クェーサー3C 380の観 測イメージとフィッティングした.それにより,軌道運動のパラメータだけで なく,BHの質量やジェットの固有速度なども見積もることができた. 今後は同様な形状のジェットを持つ他のクェーサーにもモデルを適用し,この モデルが一般的なクェーサーについて有効なものであるかを確かめていきたい. 3. MODELING and SIMULATION 図3のように,ジェットを放出しながら軌道運動をしているBHのモデルを考えた.図には連星を成すもう一つ のBHは描かれていない.ジェットは一定方向に放出しているが,軌道運動の速度が足されることでその方向を変 える.プライム記号は軌道平面に固定された座標系を表し,x’軸は近点方向を指す.x軸は視線方向に一致し,z軸 は北を指す. 原点はBBHsの共通重心である.また,観測されるジェットの速度が光速に近い為,モデルを作る際 には相対論的な扱いが必要になる.そこで,軌道運動の速度とジェットの固有速度を足し合わせる際に,相対論 的な速度の合成を行った.式 (1) で表されるローレンツ変換から,相対論的な速度合成の式 (2) が導かれる. モデルには右に示す十個のフリーパラメータがある.様々なパラメータでのジェットのモデルを作成し,観測 イメージと最小二乗フィッティングを行い,最適なパラメータを求めた.なお,BBHsの質量比は1とした. a : 軌道長軸半径 e : 離心率 軌道6要素 i : 軌道傾斜角 Ω : 昇交点経度 ω : 近点引数 l 0 : 平均近点角 ジェットの固有速度 : β jet , θ jet , φ jet BBH系の質量 : M REFERENCES Kameno, S., Inoue, M., Fujisawa, K., Shen, Z.-Q., & Wajima, K. 2000, PASJ, 52, 1045 Polatidis, A. G., & Wilkinson, P. N. 1998, MNRAS, 294, 327 Roos, N., Kaastra, J. S., & Hummel, C. A. 1993, ApJ, 409, 130 Kaastra, J. S., & Roos, N. 1992, A&A, 254, 96 Hummel, C. A., et al. 1992, A&A, 257, 489 Kormendy, J., & Richstone, D. 1995, ARA&A, 33, 581 K.I.Kellermann et al. 2007, Ap&SS, 311, 231 Belsole, E et al. 2006, MNRAS, 366, 399 i ω Ω inclination Line of sight BH y’ y’ x’ x’ y z x Longitude of the ascending node Jet Common center of mass Argument of pericenter 図3. BBHsの軌道運動モデル 4. RESULTS 5. DISCUSSION モデルのジェットの固有速度 β jet =0.9993 は,Lorentz因子Γ~26.7に対応する.現在ま でに観測をされたクェーサーにおけるLorentz因子の最大値はΓ max ~32であるので (Kellermann et al. 2007),モデルの値は十分にとり得る値である.ジェットを放出するBH の質量は 4.3×10 9 [M ] であり,観測的に見積もられるクェーサーの質量の最大値程度であ る.この質量でのエディントン光度は 5.3×10 40 [W] であるが,実際の光度は 8×10 39 [W] なので (Belsole et al. 2006),3C 380はエディントン光度の15%もの光度で輝いているこ とになる.シュバルツシルト半径は r g ~4.09×10 -4 [pc] で,軌道長軸半径と10 4 もスケール が異なっている. Kameno et al. 2000 で観測的に求められた見かけのジェットの速度は,成分Aではβ app = 6.86±0.1,成分Fではβ app = 11.1±0.15であった.モデルにおける成分Aの見かけの速度 β app は7.8程度,成分Fでは11程度であった.また,ジェット噴き出し口の方向変化の周期に ついて,観測からは77.6 年という周期が得られているが,モデルでは59.2 年 (viewing angleを0.5°で固定したとき)という値が得られた.これは,相対論的効果で軌道運動の周期 80227 年が短縮されるためである.以上のように,今回作成した軌道運動によるジェット のモデルで,3C 380の観測結果に近い値を求めることができた. 特殊相対論を考慮した速度合成 β jet = 1 1+ β orb · β jet 1+ 1 - 1 γ β orb · β jet β orb 2 β orb + 1 γ β jet ··· (2) 一般的なローレンツ変換 r = r + γ v r· v v 2 1 - 1 γ - t ,t = γ t - v· r c 2 ········ (1) a : 9.216 [pc] e : 0.001 i : 112.45 [deg] Ω : 302.7 [deg] ω : 359.86 [deg] l 0 : 19.74 [deg] β jet : 0.9993 θ jet : 89.655 [deg] φ jet : 0.202 [deg] M : 85.5 [10 8 M ] T orbit : 80227 [year] (図4)VSOPでの観測イメージと モデルの 重ね合わせ (Kameno et al. 2000 ) (図5) position angleの変化 ジェットの位置ベクトル の北からの角度 開き角は~38° (図6) viewing angleの変化 視線に対するジェットの傾き (図7) β app の変化 見かけのジェットの速度 (図8) 軌道平面と共通重心 画像元 http://starsoverkansas.org http://www.jca.umbc.edu http://wwwj.vsop.isas.ac.jp/ 図4. 図2. 3C 380の電波マップ(5 GHz) (Kameno et al. 2000) 図1. 銀河中心核のブラックホール  のイメージ図 図5. 図7. 図6. 図8. -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 0 30000 60000 90000 viewing angle [deg] time [year] viewing angle -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0 0 30000 60000 90000 position angle [deg] time [year] position angle 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 0 30000 60000 90000 ! app time [year] !app -8 -4 0 4 8 -8 -4 0 4 8 -8 -4 0 4 8 z orbit common center of mass x y z

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Page 1: クェーサー 3C 380 における バイナリブラックホー …milkyway.sci.kagoshima-u.ac.jp/2007thesis/Gthesis_Matsui.pdf2. OBSERVATIONS モデルと比較するイメージデータは,VSOP

クェーサー 3C 380 におけるバイナリブラックホールの軌道パラメータを探る

鹿児島大学 理学部 物理科学科 面高研究室 4年 松井 隆正

ABSTRACT バイナリブラックホール(Binary Black Holes; BBHs)は,活動銀河核(Active Galactic Nuclei; AGN)における大質量ブラックホール(Massive Black Hole; MBH)を形成する途中の段階であると考えられている.BBHsの軌道運動はAGNから放出されるジェットの相対論的光行差を引き起こし,その光行差はジェットのらせん状構造を形成する.従って,ジェットのらせん構造を調べることでBBHsの軌道運動を明らかにすることが出来る.クェーサー3C 380はBBHsの軌道運動によるものと思われる曲がったジェットをもつ.本研究では,観測されたジェットのイメージと理論モデルとの比較から,その中心核にあると考えられるBBHsの軌道要素を明らかにすることを目的とする.ジェットのイメージはVSOPで観測されたものを用いる.その観測されたイメージと,様々なパラメータでのBBHsの軌道に基づいて計算されたジェットのモデルを比較することで,最適な軌道パラメータを決定する.

1. INTRODUCTION ほとんどの銀河はその中心核にブラックホール (BH) をもつ (Kormendy & Richstone 1995).銀河同士の合体によって,複数個のBHを持つ銀河も存在していると考えられる.そのような銀河では,時間経過と共にBH同士が合体を繰り返し,最終的に一つの大質量BHに進化していく.その進化の途中段階である二つのBHが互いに軌道運動しているものを,バイナリブラックホール (BBHs) と呼ぶ. AGNから放出されるジェットの多くは,様々なスケールでうねった構造を示している.その構造を形成する要因としては,BBHsの軌道運動 (Kaastra & Roos 1992; Roos et al. 1993;

Hummel et al. 1992),ジェット根元の歳差運動 (Hummel et al. 1992),ケルヴィン-ヘルムホルツ不安定性,降着円盤の磁場構造などが考えられている. クェーサー3C 380は,赤方偏移 z = 0.692 (距離は約60億光年) にある最も明るい電波源の一つである.超光速運動を示す曲がった片側のジェットを持ち,その全ての成分が中心核を原点とする弾道運動をしている.曲がったジェット形成の要因としては,ジェット根元の歳差運動や中心核のBBHsの軌道運動が考えられている.本研究では,3C 380のジェットの構造はBBHsの軌道運動によって形成されたと仮定し,観測イメージとモデルの比較によって最適な軌道パラメータを決定する.

2. OBSERVATIONS モデルと比較するイメージデータは,VSOP (電波天文衛星『はるか』を用いた宇宙空間電波干渉計) を用いて観測されたものを使用した.観測周波数は4.8GHz (λ = 6 cm),1998年7月4日と2001年4月25日の2エポック行われた.また,3C 380はVSOPでの観測の以前から観測されており,ジェットの各成分の見かけの速度 (βapp) も求められている.フィッティングの際にはその情報も用いた.

6. CONCLUSIONS and FUTURE WORKS BBHsの軌道運動によるジェットのモデルを作成し,クェーサー3C 380の観測イメージとフィッティングした.それにより,軌道運動のパラメータだけでなく,BHの質量やジェットの固有速度なども見積もることができた.今後は同様な形状のジェットを持つ他のクェーサーにもモデルを適用し,このモデルが一般的なクェーサーについて有効なものであるかを確かめていきたい.

3. MODELING and SIMULATION 図3のように,ジェットを放出しながら軌道運動をしているBHのモデルを考えた.図には連星を成すもう一つのBHは描かれていない.ジェットは一定方向に放出しているが,軌道運動の速度が足されることでその方向を変える.プライム記号は軌道平面に固定された座標系を表し,x’軸は近点方向を指す.x軸は視線方向に一致し,z軸は北を指す. 原点はBBHsの共通重心である.また,観測されるジェットの速度が光速に近い為,モデルを作る際には相対論的な扱いが必要になる.そこで,軌道運動の速度とジェットの固有速度を足し合わせる際に,相対論的な速度の合成を行った.式 (1) で表されるローレンツ変換から,相対論的な速度合成の式 (2) が導かれる.

 モデルには右に示す十個のフリーパラメータがある.様々なパラメータでのジェットのモデルを作成し,観測イメージと最小二乗フィッティングを行い,最適なパラメータを求めた.なお,BBHsの質量比は1とした.

a : 軌道長軸半径   e : 離心率 軌道6要素 i : 軌道傾斜角   Ω : 昇交点経度  ω : 近点引数   l0 : 平均近点角ジェットの固有速度 : βjet, θjet, φjet

BBH系の質量 : M

REFERENCES  Kameno, S., Inoue, M., Fujisawa, K., Shen, Z.-Q., & Wajima, K. 2000, PASJ, 52, 1045  Polatidis, A. G., & Wilkinson, P. N. 1998, MNRAS, 294, 327   Roos, N., Kaastra, J. S., & Hummel, C. A. 1993, ApJ, 409, 130  Kaastra, J. S., & Roos, N. 1992, A&A, 254, 96   Hummel, C. A., et al. 1992, A&A, 257, 489  Kormendy, J., & Richstone, D. 1995, ARA&A, 33, 581 K.I.Kellermann et al. 2007, Ap&SS, 311, 231 Belsole, E et al. 2006, MNRAS, 366, 399

i

ωΩ

inclination

Line of sight

BH

y’y’

x’x’

y

z

x

Longitude of the ascending node

JetCommon center of mass

Argument of pericenter

図3. BBHsの軌道運動モデル

4. RESULTS 5. DISCUSSION モデルのジェットの固有速度 βjet=0.9993は,Lorentz因子Γ~26.7に対応する.現在までに観測をされたクェーサーにおけるLorentz因子の最大値はΓmax~32であるので (Kellermann et al. 2007),モデルの値は十分にとり得る値である.ジェットを放出するBHの質量は 4.3×109 [M] であり,観測的に見積もられるクェーサーの質量の最大値程度である.この質量でのエディントン光度は 5.3×1040 [W] であるが,実際の光度は 8×1039 [W] なので (Belsole et al. 2006),3C 380はエディントン光度の15%もの光度で輝いていることになる.シュバルツシルト半径は rg ~4.09×10-4 [pc] で,軌道長軸半径と104もスケールが異なっている. Kameno et al. 2000 で観測的に求められた見かけのジェットの速度は,成分Aではβapp = 6.86±0.1,成分Fではβapp = 11.1±0.15であった.モデルにおける成分Aの見かけの速度βappは7.8程度,成分Fでは11程度であった.また,ジェット噴き出し口の方向変化の周期について,観測からは77.6 年という周期が得られているが,モデルでは59.2 年 (viewing angleを0.5°で固定したとき)という値が得られた.これは,相対論的効果で軌道運動の周期80227 年が短縮されるためである.以上のように,今回作成した軌道運動によるジェットのモデルで,3C 380の観測結果に近い値を求めることができた.

特殊相対論を考慮した速度合成 !"jet = 1

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a : 9.216 [pc] e : 0.001 i : 112.45 [deg] Ω : 302.7 [deg] ω : 359.86 [deg] l0 : 19.74 [deg] βjet : 0.9993 θjet : 89.655 [deg] φjet : 0.202 [deg] M : 85.5 [108M]

Torbit : 80227 [year]

(図4)VSOPでの観測イメージと   モデルの重ね合わせ   (Kameno et al. 2000 )

(図5) position angleの変化   ジェットの位置ベクトル   の北からの角度   開き角は~38°

(図6) viewing angleの変化 視線に対するジェットの傾き

(図7) βappの変化 見かけのジェットの速度

(図8) 軌道平面と共通重心画像元 http://starsoverkansas.org   http://www.jca.umbc.edu http://wwwj.vsop.isas.ac.jp/

図4.

図2. 3C 380の電波マップ(5 GHz) (Kameno et al. 2000)

図1. 銀河中心核のブラックホール    のイメージ図

図5.

図7.

図6.

図8.

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