2019 march みずほ総合研究所...2019 march 1...

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2019 March 1 する就業者やそれを許可する企業が増えたり、副 業・兼業によるスキル獲得を通じて労働者の生産性 が上昇したりすれば、経済効果はさらに大きくなる だろう。 キャリアの二毛作・多毛作に向けた意志と能力の ある労働者に対して、 「選択肢」として副業・兼業の門 戸を開くことには、大きな意義があると言える。 みずほ総合研究所 経済調査部 主任エコノミスト 酒井才介 [email protected] 人々の長寿化が進み、2017年における日本人の平 均寿命は、男性が81.1歳、女性が87.3歳となってい る。また、2007年生まれの日本人は107歳まで生き る確率が50%との推計もある。まさに「人生100年時 代」の到来だ。 それに対して、倒産企業の平均寿命は2017年時点 で23.5年となっており、ビジネス環境の変化が激し くなる中で企業の寿命はさらに短くなる可能性があ る。長い人生、一つの会社のみで職業人生を全うする ことは難しく、働き手は自分のセカンドキャリアを 計画的に設計する必要性が高まっている。 こうした中、最近では、キャリア形成の手段の一 つとして副業・兼業が注目を集めている。総務省「就 業構造基本調査」によれば、副業者数は2017年で270 万人程度、対就業者数比率でみると4%となってい る。一方、リクルートワークス研究所の全国就業実 態パネル調査(2018年調査)を用いて試算すると、約 2,200万人が潜在的に副業を希望している。副業を希 望する理由としては、生計の維持や貯蓄・自由資金の 確保のほかに、新しい知識・経験や人脈の獲得などが 挙げられている(図表)。 これらの副業希望者が希望通りに副業を実施し た場合、賃金は全体で1〜2兆円程度増加し、GDPを 0.1%程度押し上げる計算となる。副業・兼業を希望 みずほ銀行 みずほ総合研究所 キャリア二毛作・多毛作時代の到来 ― 副業・兼業を通じたキャリア形成という選択肢 ― ●キャリア二毛作・多毛作時代の到来 ……………………… 1 ― 副業・兼業を通じたキャリア形成という選択肢 ― 世界経済下振れと欧米金融政策転換への警戒を高める金融市場 2 ― 日米欧中銀の金融緩和余力の低下が懸念 ●今後の地域別人口の大きなトレンドは都心集中………… 3 ― 地方圏でも中心的な都市への人口集中が進む ― ●日本の低インフレは悪くない……………………………… 4 ●労働施策基本方針…………………………………………… 4 日本経済 潜在的な副業希望者数 (注) 希望理由について複数回答しているため、全体の計と合わない。 (資料)総務省「就業構造基本調査」、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネ調査」より、みずほ総合研究所作成 0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 (万人)

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Page 1: 2019 March みずほ総合研究所...2019 March 1 する就業者やそれを許可する企業が増えたり、副 業・兼業によるスキル獲得を通じて労働者の生産性

2019March

1

する就業者やそれを許可する企業が増えたり、副

業・兼業によるスキル獲得を通じて労働者の生産性

が上昇したりすれば、経済効果はさらに大きくなる

だろう。

キャリアの二毛作・多毛作に向けた意志と能力の

ある労働者に対して、「選択肢」として副業・兼業の門

戸を開くことには、大きな意義があると言える。

みずほ総合研究所 経済調査部主任エコノミスト 酒井才介[email protected]

人々の長寿化が進み、2017年における日本人の平

均寿命は、男性が81.1歳、女性が87.3歳となってい

る。また、2007年生まれの日本人は107歳まで生き

る確率が50%との推計もある。まさに「人生100年時

代」の到来だ。

それに対して、倒産企業の平均寿命は2017年時点

で23.5年となっており、ビジネス環境の変化が激し

くなる中で企業の寿命はさらに短くなる可能性があ

る。長い人生、一つの会社のみで職業人生を全うする

ことは難しく、働き手は自分のセカンドキャリアを

計画的に設計する必要性が高まっている。

こうした中、最近では、キャリア形成の手段の一

つとして副業・兼業が注目を集めている。総務省「就

業構造基本調査」によれば、副業者数は2017年で270

万人程度、対就業者数比率でみると4%となってい

る。一方、リクルートワークス研究所の全国就業実

態パネル調査(2018年調査)を用いて試算すると、約

2,200万人が潜在的に副業を希望している。副業を希

望する理由としては、生計の維持や貯蓄・自由資金の

確保のほかに、新しい知識・経験や人脈の獲得などが

挙げられている(図表)。

これらの副業希望者が希望通りに副業を実施し

た場合、賃金は全体で1〜2兆円程度増加し、GDPを

0.1%程度押し上げる計算となる。副業・兼業を希望

みずほ銀行みずほ総合研究所

キャリア二毛作・多毛作時代の到来― 副業・兼業を通じたキャリア形成という選択肢 ―

●キャリア二毛作・多毛作時代の到来 ……………………… 1 ― 副業・兼業を通じたキャリア形成という選択肢 ―

●世界経済下振れと欧米金融政策転換への警戒を高める金融市場 … 2 ― 日米欧中銀の金融緩和余力の低下が懸念 ―

●今後の地域別人口の大きなトレンドは都心集中………… 3 ― 地方圏でも中心的な都市への人口集中が進む ―

●日本の低インフレは悪くない……………………………… 4●労働施策基本方針…………………………………………… 4

日本経済

生計を維持

貯蓄や自由資金を確保

新しい知識や経験を得る

人脈を広げる

知識や能力を試す

転職・独立の準備

時間のゆとりがある

社会貢献

その他

●潜在的な副業希望者数

(注)希望理由について複数回答しているため、全体の計と合わない。(資料)総務省「就業構造基本調査」、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル

調査」より、みずほ総合研究所作成

02004006008001,0001,2001,4001,600(万人)

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金融緩和余地の低下が懸念

FRBの政策転換を受け、金融市場は落ち着きを取

り戻しつつあるが、米中貿易摩擦の激化で中国経済

が下振れ、世界経済に波及するシナリオに警戒が必

要だ。リーマン・ショックのような金融危機となる可

能性は低いと見ているが、新興国経済の下振れによ

り原油価格など資源価格が下落すれば、世界経済を

けん引してきた米国経済も鈍化する可能性が高い。

懸念されるのはリーマン・ショック以降強力に進

められた日米欧金融政策の対応余力が低下している

点である。米国は利上げを進めてはいるが、過去の景

気回復局面と比べ、政策金利の水準は低く、緩和余力

は高くない。ユーロ圏や日本にいたってはマイナス金

利政策がいまだに続いている。量的緩和政策など様々

な政策を中央銀行は打ち出してきたが、金融仲介機能

などへの副作用が懸念されており、これ以上非伝統的

金融政策への依存度を高めることも難しい。金融緩和

余地が低下する中、今後の景気下振れ時の対応は財政

政策が中心になると考えられるが、懸念されるのは長

期金利への影響だ。特に、低位で推移してきた米長期

金利が上昇に転じれば、新興国市場を含めグローバル

に波及するリスクがあり、留意が必要だ。

みずほ総合研究所 市場調査部上席主任研究員 野口雄裕[email protected]

世界経済下振れへの警戒を高める金融市場

年末年始にかけ、金融市場ではグローバルに株価

の急落や長期金利の低下が見られた。市場不安定化

の要因は、米中貿易摩擦の激化などによる世界経済

の下振れに対する警戒の高まりにある。中国経済の

下振れや、欧州政治の不透明感など、2015・16年に世

界経済が減速した局面と足元の状況が類似している

との見方が増えているが、市場はこうした懸念を前

倒しで織り込んだ可能性がある。

欧米金融政策転換への警戒も市場不安定化の要因

このような世界経済下振れへの警戒に加え、欧

米金融政策の転換が意識されていることも、市場不

安定化の要因と考えられる。米連邦準備制度理事会

(FRB)はリーマン・ショック以降大規模な金融緩和

を進めてきたが、2015年以降は利上げを進め、政策金

利はFRB推計による景気や物価に中立的とされる金

利水準(自然利子率)に近づき、景気に対し引き締め

的になりつつあった。

また、FRBは資産買い入れなどで拡大したバラ

ンスシートの縮小を進め、欧州では欧州中央銀行

(ECB)が昨年12月の政策理事会で新規の資産買い入

れの停止を決定するなど、金融緩和からの転換が意識

され易い状況にあった。日米欧中銀のバランスシート

を合計して見ると、足元縮小に転じている(図表)。

年末年始の市場の不安定化を受け、1月の米連邦公

開市場委員会(FOMC)ではより慎重に政策運営を進

める方針が示された。物価に加速感が見られない中、

FRBが更に利上げを進める必要性は低下しており、

株式市場の動きにも配慮せざるを得なくなったと考

えられる。パウエル議長は記者会見で「我々は金融市

場のシグナルに敏感に耳を傾けている」と発言した。

世界経済下振れと欧米金融政策転換への警戒を高める金融市場― 日米欧中銀の金融緩和余力の低下が懸念 ―

マーケット動向

●日米欧中銀のバランスシート推移

(注)ドル換算ベース(資料)FRB、ECB、日銀より、みずほ総合研究所作成

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10

13

2005 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18

(兆ドル)

FRB

日銀

ECB

(暦年)

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(非三大都市圏)の道・県における住民の集中は道・県庁

所在地や道・県内随一の経済都市への人口集中度(当

該道・県に占める当該市の人口割合)の高まりという

形で表れる。地方圏の道・県のほとんどで今後人口が

大きく減少するが、道・県庁所在地や道・県内随一の経

済都市の多くで今後の人口減少ペースは緩やかだ。そ

の結果、それらの都市のほとんどで人口集中度が上昇

する。しかも、地方圏の中心都市の人口集中度の高ま

り(%ポイント)を見ると、三大都市圏の中心都市以上

に大きく上昇するところが多い(図表)。

全国における東京圏への人口集中度(全国に占め

る東京圏の人口割合)は2015年の28.4%から2045年の

31.9%へ3.5%ポイント上昇するが、地方圏の道・県庁

所在地の約半分は人口集中度が4%ポイント以上高ま

る。今後の地域活性化はこうした人口の集中を踏まえ

たものとする必要があろう。

みずほ総合研究所 政策調査部主任研究員 岡田 豊[email protected]

国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来

推計人口(2018年推計)」で約1,700におよぶ市区町村の

今後の人口動向をみると、2045年の人口が2015年の水

準を上回るところはわずか90超にとどまり、そのうち

東京圏の市区町村が約4割を占める。また、東京都区部

全体の人口増加率(2015〜2045年)が4.6%の増加であ

るのに対し、20ある政令指定都市のうち2045年の人口

が2015年の水準を上回るところは福岡市、川崎市、さ

いたま市の3つのみである。これらから、今後の人口動

向の特徴の一つは東京一極集中といえる。

一方、今後の大都市内の人口動向では都心集中とい

う特徴が明確だ。たとえば、人口増加率(2015〜2045

年)で大阪市全体は10%の減少となっているが、JR大

阪環状線の内側とその周辺に位置する区では10%を

超える増加が予想されている。同様に、他の政令指定

都市のほとんどで全体の人口は今後大きく減少する

が、都心では大きく増加する。

地域別将来推計人口は東京の特別区や一部の政令

指定都市を除き市町村単位で推計されるため、地方圏

今後の地域別人口の大きなトレンドは都心集中― 地方圏でも中心的な都市への人口集中が進む ―

地域動向

▲40

▲20

0

20

40

60

80

▲40

▲20

0

20

40

60

80 人口集中度:2015年(左目盛)人口集中度:2045年(左目盛)人口増加率(右目盛)

(%) (%)

那覇市

鹿児島市

宮崎市

大分市

熊本市

長崎市

佐賀市

福岡市

高知市

松山市

高松市

徳島市

山口市

広島市

岡山市

松江市

鳥取市

和歌山市

奈良市

神戸市

大阪市

京都市

大津市

津市

名古屋市

静岡市

岐阜市

長野市

甲府市

福井市

金沢市

富山市

新潟市

横浜市

東京都区部

千葉市

さいたま市

前橋市

宇都宮市

水戸市

山形市

秋田市

仙台市

盛岡市

青森市

札幌市

●都道府県庁所在地別人口集中度と人口増加率(2015~2045年)

(注)東日本大震災などにより福島県内の市町村の人口の将来推計は行われなかったので、福島市のデータは算出できない。(資料)国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(2018年推計)」より、みずほ総合研究所作成

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みずほリサーチ 第 204 号 2019 年 3 月 1 日発行発行:みずほ銀行・みずほ総合研究所 編集:みずほ総合研究所 TEL:03-3591-1400 製作:株式会社 白橋 ISSN 1347-2488

2月の連休に通販番組で買い替えを考えていた高

性能掃除機が格安で売り出されていた。手元の掃除

機も値引き価格で購入しており、バーゲンでしか買

わないものが増えた気がする。1月下旬に開催した

みずほ総研コンファレンス(「日銀金融緩和の課題

と展望〜超低金利政策長期化の副作用」)でも、こう

した企業の値引き行動を念頭に「真の物価」が話題

となった。統計では緩やかなインフレ(物価上昇)に

ある日本だが、物価を精緻に測れば技術革新による

良いデフレが続いているかもしれないというのだ。

そもそも現在の金融緩和は、インフレ率が2%に

なるまで日銀がマネーの供給を続けると宣言すれ

ば、みんなが2%のインフレを確信して経済活動を

営むので、実際にインフレ率も上昇するという考え

によっている。デフレに戻るのを回避するのも金融

緩和の目的のひとつだが、日銀の読み通りに物価が

上がらないのは、身の回り品から掃除機まで幅広い

値引きが当たり前となっているからだろう。物価の

上がりにくい構造のもとで、日銀が目標とする2%

のインフレを確信させるのは難しい。

しかし企業の追加コスト(人件費)抑制と雇用者の

所得維持が両立するなら、場合によってはデフレで

も問題ない。スーパーがセルフレジの導入で人手不

足を補おうとする取り組みは、そうした両立を実現

しながら販売量(景気)を拡大させ得る事例だ。低イ

ンフレが生産性向上の結果であれば、日本の実力に

沿ったインフレ率は2%を下回る可能性がある。

みずほ総合研究所 市場調査部主任エコノミスト 井上 淳[email protected]

日本の低インフレは悪くない

Q:労働施策基本方針とは何ですか

A:労働者が能力を有効に発揮で

きるようにするために必要な労働

政策の総合的な推進に関して中軸

的な方針を定めたものです。働き

方改革の意義やその趣旨を踏まえ

た国の施策に関する基本的な事

項が示されており、2018年12月28

日に閣議決定されました。

Q:働き方改革の意義は何ですか

A:基本方針では、働き方改革で多

様な働き方を可能とすることによ

り、意欲ある人々に多様なチャン

スを生み出し、企業の生産性や収

益力の向上が図られると指摘して

います。具体的な働き方改革の効

果としては、労働参加率の上昇、イ

ノベーションなどを通じた生産性

の向上、企業文化・風土の変革、賃

金の上昇と需要の拡大などが期待

されています。

Q:労働施策に関する基本的な事

項は何ですか

A:労働施策に関しては図表に示

した7項目が挙げられています。

 働き方改革関連法施行により、

①については、2019年4月から時

間外労働の上限が設定されます。

また、②については、雇用形態に関

わらない公正な待遇確保のため、

2020年4月から正社員と非正規社

員との間で不合理な待遇差が禁止

されます。いずれも中小企業への

適用は1年猶予されます。

 生産年齢人口が減少する日本で

経済成長を実現するためには、労

働参加率と生産性の向上につなが

る労働施策の着実な推進が重要な

課題の一つとなっています。

みずほ総合研究所 政策調査部主席研究員 堀江奈保子[email protected]

労働施策基本方針

内幸町通信

当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、取引の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。本資料のご利用に際しては、ご自身の判断にてなされますようお願い申し上げます。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。なお、当社は本情報を無償でのみ提供しております。当社からの無償の情報提供をお望みにならない場合には、配信停止を希望する旨をお知らせ願います。

●労働施策に関する基本的な事項①労働時間の短縮等の労働環境の整備②均衡のとれた処遇の確保、多様な働き方の整備③多様な人材の活躍促進④育児・介護・治療と仕事との両立支援⑤人的資本の質の向上、職業能力評価の充実⑥転職・再就職支援、職業紹介等の充実⑦働き方改革の円滑な実施に向けた連携体制整備

(資料) 「労働施策基本方針」(2018年12月28日閣議決定)より、みずほ総合研究所作成

みずほ総合研究所のホームページでもご覧いただけます。https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/research/