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1 津波・異常洪水に対応した 樋管のゲート形式について 内藤 恵介 関東地方整備局 利根川下流河川事務所 調査課 (〒287-8510千葉県香取市佐原イ4149利根川下流部には無堤区間が存在しており、堤防及び樋管を整備する必要があり、堤防・樋管の設計を 鋭意進めているところである。なお、東日本大震災において、水門・陸閘等の操作に従事した方が多数津 波による犠牲となっていることから、樋管の操作員の安全確保を最優先とする効果的な管理運用(ハー ド・ソフト面含むシステム)が重要となっている。効果的な管理運用として、待避ルールの明確化、操作 の自動化・遠隔操作等の積極的な採用、ゲートの構造上の工夫(新技術の普及を含む)等が考えられるが、 操作の自動化(Jアラートによる閉扉等)や、操作規則の曖昧な運用に起因する内水氾濫が発生している ところである。このため、本論文においては、津波・異常洪水時に操作員の安全を確保するとともに、内 水氾濫の防止・軽減することを目的としたゲート形式の検討過程について報告する。 キーワード 樋管操作員の安全確保、内水氾濫の防止・軽減、ハイブリッドゲート 1. はじめに 利根川下流部には無堤区間が存在しており、市街地及 び農地の浸水被害が発生している。このため、家屋浸水 対策とあわせて地域経済の要である農地の安全度向上を 図ることが急務となっており、堤防及び樋管の設計を進 めているところである。 樋管については、堤防整備の進捗にあわせて整備(統 廃合を含む)を進めている。 設計を進める中で、東日本大震災において水門・陸閘 等の操作員が津波により被災していること、操作の自動 閉扉や開扉の遅れによる内水氾濫が起きた事例が存在す る点に着目し、これらを解消するためのゲート形式案を 検討した。 2. 目的と背景 本検討にあたっては、東日本大震災による津波により 操作員が犠牲となっており、これを機に河川・海岸構造 物等の操作規則に操作員の避難に関する項目が明記され ¹⁾²⁾、操作の運用に関するガイドラインの整備が積極的 に進められていることなどを鑑み、この背景に合致する ゲート形式案について設計を進めることとした。 なお、過去の操作運用の検討委員会資料等を参照する と、震災において消防活動中の方が多数犠牲となってお り、これには被災の直前に水門閉扉または水門状況確認 に当たっていた方も多く含まれているとみられている。 また、水門・陸閘等の管理形態を見た場合、約8割が 管理委託³⁾⁴⁾となっており、手動の水門等の開閉操作で 現場作業員が危険となった場合の対応として、操作者判 断が約7割⁵となっており、操作者の判断に任せている 管理者が大半であった。 なお、操作員の被災を防ぐ手段として、操作の自動 化・遠隔操作化等の対策が有効であるが、海岸管理者に 対するアンケート結果によると、多大な費用・予算等が 必要との回答が約7割⁵となっており、対策を講じるに 当たっては費用の問題が大きいという結果になっていた。 3. 樋管ゲート形式の比較 (1) 検討の比較対象としたゲート形式について ゲート形式の検討にあたっては、フラップゲート形式、 バランスウェイト式フラップゲート形式、ローラゲート 形式、ダブルゲート形式(ローラゲートとフラップゲー トを直列配置した形式)、ハイブリッドゲート形式(ロ ーラゲートにフラップを内蔵した形式)の5形式を比較 の対象とした。 以下に、各形式のメリット・デメリットを列挙する。

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Page 1: skill h28 09【所長確認用】 - MLIT1 津波・異常洪水に対応した 樋管のゲート形式について 内藤 恵介 関東地方整備局 利根川下流河川事務所

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津波・異常洪水に対応した

樋管のゲート形式について

内藤 恵介

関東地方整備局 利根川下流河川事務所 調査課 (〒287-8510千葉県香取市佐原イ4149)

利根川下流部には無堤区間が存在しており、堤防及び樋管を整備する必要があり、堤防・樋管の設計を

鋭意進めているところである。なお、東日本大震災において、水門・陸閘等の操作に従事した方が多数津

波による犠牲となっていることから、樋管の操作員の安全確保を最優先とする効果的な管理運用(ハー

ド・ソフト面含むシステム)が重要となっている。効果的な管理運用として、待避ルールの明確化、操作

の自動化・遠隔操作等の積極的な採用、ゲートの構造上の工夫(新技術の普及を含む)等が考えられるが、

操作の自動化(Jアラートによる閉扉等)や、操作規則の曖昧な運用に起因する内水氾濫が発生している

ところである。このため、本論文においては、津波・異常洪水時に操作員の安全を確保するとともに、内

水氾濫の防止・軽減することを目的としたゲート形式の検討過程について報告する。

キーワード 樋管操作員の安全確保、内水氾濫の防止・軽減、ハイブリッドゲート

1. はじめに

利根川下流部には無堤区間が存在しており、市街地及

び農地の浸水被害が発生している。このため、家屋浸水

対策とあわせて地域経済の要である農地の安全度向上を

図ることが急務となっており、堤防及び樋管の設計を進

めているところである。

樋管については、堤防整備の進捗にあわせて整備(統

廃合を含む)を進めている。

設計を進める中で、東日本大震災において水門・陸閘

等の操作員が津波により被災していること、操作の自動

閉扉や開扉の遅れによる内水氾濫が起きた事例が存在す

る点に着目し、これらを解消するためのゲート形式案を

検討した。

2. 目的と背景

本検討にあたっては、東日本大震災による津波により

操作員が犠牲となっており、これを機に河川・海岸構造

物等の操作規則に操作員の避難に関する項目が明記され

¹⁾²⁾、操作の運用に関するガイドラインの整備が積極的

に進められていることなどを鑑み、この背景に合致する

ゲート形式案について設計を進めることとした。

なお、過去の操作運用の検討委員会資料等を参照する

と、震災において消防活動中の方が多数犠牲となってお

り、これには被災の直前に水門閉扉または水門状況確認

に当たっていた方も多く含まれているとみられている。

また、水門・陸閘等の管理形態を見た場合、約8割が

管理委託³⁾⁴⁾となっており、手動の水門等の開閉操作で

現場作業員が危険となった場合の対応として、操作者判

断が約7割⁵⁾となっており、操作者の判断に任せている

管理者が大半であった。

なお、操作員の被災を防ぐ手段として、操作の自動

化・遠隔操作化等の対策が有効であるが、海岸管理者に

対するアンケート結果によると、多大な費用・予算等が

必要との回答が約7割⁵⁾となっており、対策を講じるに

当たっては費用の問題が大きいという結果になっていた。

3. 樋管ゲート形式の比較

(1) 検討の比較対象としたゲート形式について

ゲート形式の検討にあたっては、フラップゲート形式、

バランスウェイト式フラップゲート形式、ローラゲート

形式、ダブルゲート形式(ローラゲートとフラップゲー

トを直列配置した形式)、ハイブリッドゲート形式(ロ

ーラゲートにフラップを内蔵した形式)の5形式を比較

の対象とした。

以下に、各形式のメリット・デメリットを列挙する。

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a) フラップゲート形式

図-1 フラップゲート

管内の地方自治体の管理する樋管について、フラップ

ゲート形式を採用している例があるため、検討の対象と

した。

・水位変動に合せて自動開閉するタイプのゲートであり、

内水位(函体側の水位)が高い場合には自動的に排水、

外水位(本川側の水位)が高い場合には自動的に閉扉す

るため、人為的な操作の必要がない。

・一般的なゲートであり、構造が複雑でないためコスト

が最も低い(100%)。(フラップゲートのコストを

「100%」とし、以下に挙げる他構造とのコスト比較の

基準とする。)。

・平常時に土砂が堆積している状況が見受けられ、場合

によっては閉扉が不完全となる恐れがあり、樋管を逆

流した河川水により浸水被害が発生する懸念がある。

・内水位が低い場合に滞留が起こり、悪臭が発生する場

合が多い。

b) バランスウェイト式フラップゲート形式

図-2 バランスウェイト式フラップゲート

・バランスウエイトの作用により、扉体の開閉力が軽減

されており、フロートの浮力により自動開閉するフラ

ップゲートである。フラップゲート形式より作動性に

優れ、水位変動に対応した開閉動作の信頼性が高い

(フラップゲート形式より、水位変動に対する動作の

タイムラグが少ない。)。

・フラップゲート形式と比較すると、土砂・ゴミ等の堆

積の懸念が少ないが、堆積物により閉扉が不完全とな

る懸念が同様にある。

・比較的採用事例が多く、構造が複雑でないため、コス

トはそれほど高くない(117%)。

c) ローラゲート形式

図-3 ローラゲート

・引上式ゲートなので、鉛直方向への強制的な押し付け

操作及びフラッシング操作が可能であり、堆積物に対

する信頼性がフラップゲートより優れる。

・従前から採用されている一般的な構造であり、実績も

多いため、開閉の信頼性や維持管理面について特段の

問題がない。

・一般的なゲートであり、コストがそれほど高くない

(119%)。

・津波時について、全閉後の開扉操作が遅れた場合、内

水氾濫を起こす懸念があり、管理者の瑕疵が問われる

可能性がある。

・操作時は、門柱上の開閉装置室に行き、水位の状況を

確認しながら開閉操作を行なうため、津波や異常洪水

の発生時に操作員が被災する可能性がある。

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d) ダブルゲート形式

図-4 ダブルゲート

図-3 ダブルゲート

・ローラーゲートの前面にフラップゲートを設置するこ

とにより、津波等の緊急時にフラップゲートが機能す

るため、開閉遅れの可能性が低くなる。

・基本的に全開としておくことによって、開放操作の遅

れに起因する内水氾濫を防止できる。

・ローラーゲートとフラップゲートの両方を設置するた

め、コストが最も高くなる(236%)。

・フラップゲートを配置することにより、ローラゲート

のデメリットを解消することが出来るが、フラップゲ

ートのデメリットは解消できない。

e) ハイブリッドゲート形式

図-5 ハイブリッドゲート

・一般的なローラーゲートにフラップゲートが装備され

ているため、水位変動に応じた自動開閉が可能である。

全閉後の開扉操作の遅れによる、内水氾濫を抑制する

ことができる。

・津波等の緊急時に、閉扉遅れによる浸水被害を防止・

軽減することが可能である。

・水門や樋門での実績がある。

・コスト(132%)はダブルゲートよりも格段に低く、ロ

ーラゲートのコストと比較してもさほど変わらない

(111%)。

以上より、ハイブリッドゲートが有利となるため、以

下により詳細な考察をおこなった。

表-1 a)~e)のゲート形式のコスト比較表

4. ハイブリッドゲートの特徴

ハイブリッドゲートを設置した場合について、関東地

整で最も一般的なゲート形式 (ローラゲート形式)と

の相違点の概要を ①平常時、②洪水時、③津波発生時

(津波到達前・到達時)に分類し整理した。

①平常時

平常時は、両者共にゲートが開扉状態であるため、ロ

ーラゲート及びハイブリッドゲートの両者に相違はない。

拡大図

図-6.(a) 平常時のローラゲート

図-6.(b) 平常時のハイブリッドゲート

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②洪水時について

洪水時には、両者共にゲートが閉扉状態であるため、

ローラゲート及びハイブリッドゲートの両者に相違はな

い。

図-7.(a) 洪水時のローラゲート

図-7.(b) 洪水時のハイブリッドゲート

なお、利根川河口部の感潮区間では、洪水時の水位が

潮位の影響を受けるため、ローラゲート及びハイブリッ

ドゲートの開閉は、図-8のイメージとなる。内水氾濫を

防止するためには、ローラゲート形式は潮位変動にあわ

せ、操作員による細かい操作が必要となる。ハイブリッ

ドゲートは、ローラゲートを水位低下まで全閉状態とし、

フラップゲートによる内水排除が可能であるため、操作

員の安全確保や操作遅れによる内水氾濫を防止・軽減す

ることが可能である。

図-8 潮汐の影響によるゲートの開閉イメージ

③津波発生時

(1)津波到達前

ローラゲートの場合、津波到達まで間、ゲート閉扉

状態とすると、堤内側の排水が不可となり、内水氾濫が

発生する可能性がある。このため、津波到達するまでの

間、ゲートを半開状態にする必要があり、開閉操作のう

ち全開の頻度が高くなる。

ハイブリッドゲートの場合は、J-ALERT受信直

後のゲート閉扉操作が可能であり、閉めた場合でも、フ

ラップゲートによる堤内側の排水が可能であるため、内

水氾濫は発生しない。

図-9.(a) 津波到達前のローラゲートで内水氾濫が発生

図-9.(b) 津波到達前のハイブリッドゲート

(2)津波到達時

ローラゲートでは、内水氾濫を防ぐために全開―半開

等の操作をすることとなるが、もし津波到達時に閉扉操

作が間に合わなかった場合、堤内側へ河川水が侵入する

可能性がある。

ハイブリッドゲートは、J-ALERT受信直後、ゲ

ート閉扉状態となり、なおかつ操作員が待避出来るため

被災の危険性がない。

堤内排水不良のため内水氾濫が発生

フラップによる排水で内水氾濫は発生しない。

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図-10.(a) 津波到達時のローラゲート(半開時)

図-10.(b) 津波到達時のハイブリッドゲート

5. ハイブリッドゲート規模の設定

(1)ゲート排水量の設定

フラップゲート部における排水量については、堤内が

内水で浸水せず河川に流出することを想定し、通常想定

される降雨レベルとして、1/0.5年確率規模を対象とした。

流量算定にあたっては、樋管排水量と同様に合理式で

求めた。当該地区となる銚子気象台の降雨強度式(H11

式)を用いて、確率規模別流量の関係より5樋管(図-11)

について評価した。なお、5樋管については、銚子市が

管理しており、直轄工事で函体の継ぎ足し施工する予定

である。

図-11 樋管位置図

(2) フラップゲート規模の検討

1/0.5年確率規模流量をもとに、不等流計算によりフ

ラップゲート規模を検討した。結果は、表-1のとおり。

なお、図-16には、フラップゲートの合計断面積の既

設樋管断面積に対する割合を示した。

【計算条件】

対象流量:1/0.5年確率規模流量

樋管勾配:Level

粗度係数:n=0.020

(河川砂防技術基準(案) 調査編より)

出発水位:限界水深(hc)

表-2 フラップゲートの必要断面積一覧

図-12 フラップゲートの必要断面積と

主ゲート全断面積に対する割合

ハイブリッドゲートのフラップの断面積は、既設樋管

の主ゲート全断面積に対して1~3割の間に収まること

が分かる。

(3)ハイブリッドゲートへの改修費用について

既存の樋管ゲートをハイブリッドゲートに改築する場

合は、扉体の交換のみで済み、長寿命化対策のステンレ

ス製への扉体交換時にあわせて行うことで、施工費が増

加することなく、扉体の材料費の増で交換を行える。

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0.25

0.3

0.35

1 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6

A排水路

芦崎

高田

西部

野尻

半開ゲートから堤内側へ津波が侵入

閉扉状態となるため、津波は堤内側へ侵入しない

(m2)

面積比

フラップ面積

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6. まとめ及び今後の課題

(1)まとめ

・ハイブリッドゲートを設置することは、強い降雨の継

続時に津波が同時発生した場合において、内水氾濫の

防止・軽減に非常に効果的であると考える。

また、内水氾濫の防止のためにゲートの開閉操作を

細かく行う必要がないため、操作員の安全確保につな

がる。

・河口部付近に新設する樋管については、津波の影響を

受けやすいため、ハイブリッドゲートの採用を検討す

ることに意義があると考える。

・既存樋管・新設樋管を問わず、比較的小規模な工事と

なることが分かり、汎用性に優れている。

(2)今後の課題

・現状までの検討結果では、フラップゲートが十分な機

能を発揮できるかという点が、不確定要素であるた

め、施工実績のあるゲートの運用状況等を調査し、

設計にフィードバックする必要がある。

・今回、1/0.5年確率規模と設定しているが、ゲート構

造の詳細設計を進めるにあたっては、対象流域の状

況等を考慮して、再度検証する必要がある。

参考文献

1) 国土交通省水管理・国土保全局:河川管理施設の操作規

則の作成基準

2) 国土交通省水管理・国土保全局:樋門等の操作規則・操

作要領作成における操作員退避検討に当たってのガイド

ライン

3) 農林水産省 農村振興局・水産庁、国土交通省水管理・

国土保全局・港 湾 局:津波・高潮対策における水門・

陸閘等管理システムガイドライン(Ver. 3.1)

4) 農林水産省 農村振興局・水産庁、国土交通省水管理・

国土保全局・港 湾 局:津波・高潮対策における水門・

陸閘等管理システムガイドライン(Ver. 3.1)

参考資料1 水門・陸閘等の整備・管理のあり方(提言)

5) 水門・陸閘等の効果的な管理運用検討委員会資料