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精神疾患領域における薬物治療適正化の取り組み
Pharmaceut ica l Approaches for Improving Psychiatr i c
Pharmacotherapy
平成 29 年度
論文博士申請者
安藤 正純 (Ando , Masazumi)
指導教員
越前 宏俊
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目次
序章 ・・・ p3
第Ⅰ章 ・・・ p4
第Ⅱ章 ・・・ p14
第Ⅲ章 ・・・ p20
まとめ ・・・ p24
謝辞 ・・・ p26
参考文献 ・・・ p27
図表 ・・・ p32
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序章
近年、医療の質の向上および医療安全の確保の観点からチーム医
療において薬剤師の主体的な薬物療法参加が推進されている.精神
神経科領域の薬物治療は、入院治療の頻度が高く、多剤併用が多い
ことが指摘されている.平成 24 年度の診療報酬改訂では薬剤師の
医療従事者の負担軽減および薬物療法の有効性、安全性の向上に資
する業務に対して「病棟薬剤業務実施加算」が新設された.従来、
薬剤師の病棟業務の有益性に関する報告は一般病棟を中心になさ
れており、精神神経科領域での報告は少ない.「精神科薬剤業務実
施加算」も新設されたが実施期間については当初「入院後 4 週間ま
で」の制約があり、その後「入院後 8 週間まで」延長されたが人的
資源不足等の問題から精神科病棟での病棟活動はいまだに十分推
進されていない.
そこで、申請者はこの現状を打ち破るために薬剤師が精神神経疾
患の薬物治療の適正化に貢献できることを研究成果で示すべく幾
つかの試みを行い、一定の成果を得たので報告する.
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Ⅰ.バルプロ酸による高アンモニア血症発現の病態と併用薬による
影響に関する検討
【背景】
バルプロ酸( VPA)は、全般性または部分性のてんかんの治療に
広く使用されている [1 ]. 最近、双極性障害、躁病精神病、精神分
裂症患者などの暴力行為の改善や予防に有効であることが示され
ているため、VPA は様々な精神疾患患者に処方されている [1 ]. 日
本や米国では病院に入院している統合失調症患者の 3 分の 1 以上が
VPA やその他の気分安定剤を投与されているとの報告がある [2 ] [3 ].
統合失調症は若年で発症し長期にわたり抗精神病薬を服用する
ことが特徴である.治療を継続する中で激越症状等が併発する場合
には適応外使用ではあるが気分安定化作用を期待してバルプロ酸
やカルバマゼピンを併用することがある.バルプロ酸( VPA)投与
は、10-70%の頻度で無症候性の高アンモニア血症を生じ、1%弱の
頻度で症候性脳症を生じる.高アンモニア血症は、 VPA の投与に
伴う稀ではあるが重篤な有害反応である. VPA 誘発高アンモニア
血症の臨床症状は、軽度の意識障害から昏睡状態に及ぶ可能性があ
る [4 -6 ].
VPA は 2-プロピルペンタン酸の Na 塩であり、構造的には脂肪酸
である. VPA はグルクロン酸抱合により代謝されるが,一部は他
の脂肪酸と同様にカルニチンを輸送担体としてミトコンドリアに
取り込まれた後にβ酸化を受けて活性を消失する [7 ,8 ] . 長期の
VPA 投与により担体輸送にカルニチンが消費されると、他の脂肪
酸のミトコンドリア内への輸送も低下し、β酸化により生じるアセ
チル CoA が低下する.低下したアセチル -Co A とグルタミン酸が、
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N-アセチルグルタミン酸シンターゼ( NAGS)によって生成される
N-アセチルグルタミン酸( NAG)も低下すると考えられる [9 ].
NAG はアンモニアを尿素サイクルに導く上で重要な働きをするカ
ルバモイルシンテーゼ 1( CPS1)の活性をアロステリックな機構
で亢進させる作用があるので [10]、 NAG の低下は CPS1 活性の低
下からアンモニア代謝障害を生じる可能性がある.CPS1 へのアン
モニアの供給は主としてグルタミナーゼによるグルタミンの加水
分解である. VPA 服用患者におけるミトコンドリア内の NAG や
CPS1 活性を直接測定することはできないため、血清中のカルニチ
ンやアミノ酸濃度の変化から VPA によるアンモニア代謝への影響
を推測した(図 1).
VPA 誘発性の高アンモニア血症の病態はてんかん患者または双
極性障害患者では血清カルニチンおよびアミノ酸濃度を変化させ
ることが報告されているが [11 -14]、抗精神病薬が多剤併用されて
いる統合失調症では検討されていない.
そこで本研究では、 VPA 服用中の統合失調症患者におけるアン
モニア代謝に関係するアミノ酸濃度の変化を検討するため、血清ア
ンモニア濃度の変動に関係する抗精神病薬の影響に対し検討を行
った.
【方法】
対象患者は、 2013 年 1 月から 2014 年 2 月にハートフル川崎病
院に入院中の統合失調症患者で VPA を服用し研究への同意能力が
あった患者とした.
測定項目は、血清アンモニア濃度 (酵素法 )、血清 VPA 濃度
(HPLC/MS 法 )、血中カルニチン濃度と 40 種類血清アミノ酸濃度
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(HPLC 法 )で行い、患者の早朝空腹時の静脈血 10m L を採取した.
測定項目の基準値は株式会社 BML が定めている健常正常人値を使
用した.
血清 VPA 濃度は著者が明治薬科大学で測定を行った.統計解析
は、血清アンモニア濃度と相関する臨床因子、 VPA 投与量 /濃度、
血清アミノ酸濃度を多変量解析で検討した (JMP ver.11).
倫理的配慮は、試験計画は明治薬科大学研究倫理委員会で承認さ
れ (Approval No. : 2403)、患者から自筆署名で同意を取得した .
VPA の抽出は血清 1mL に 5mL のメタノールを加え、遠心分離後、
上清を測定試料とした .分離はカラム : C 1 8 ODS (2 x 50 mm)で行い、
移動相は 20 mM、 ammonium formate and acetoni tr i le , 流速 : 0 .2
mL/min で行った.検出は LC-MS 2020 system (Shimadzu, JAPAN),
SI モード m/z 143 .3 で行った.血清アンモニア濃度は酵素法で行
い、血清アミノ酸濃度および血清カルニチン濃度は HPALC 法で行
い株式会社 BML に測定を依頼した(表 1).
【結果】
VPA を服用している統合失調症患者は、男性 24 名、女性 13 名
の合計 37 名であった(表 2).年齢は平均 57+10 歳[ 37-77 歳]、
体重の平均は 57+11 ㎏[ 34-82 ㎏]、罹病期間の平均は 28±16 年
[ 1-56 年]、 VPA 投与量の平均は 12 + 5 ㎎ /㎏[ 2.9 -23 .4 ㎎ /㎏]、
抗精神病薬の投与量を示すクロルプロマジン換算( CP 換算) [15]
の平均は 1,481 + 1 ,347 ㎎ /day[ 113-5 ,532 ㎎ /day]であった.肝
機能と腎機能はほぼ正常であった.緩下剤を服用していた患者は
32 名( 86%)であった.
37 名の対象患者の主要薬物療法は抗精神病薬の平均が 3 .3 + 1 .7
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剤 [1 -8 剤 ]であり、気分安定化薬の平均は 1.3 + 0 .5 剤 [1 -3 剤 ]で
あった(表 3).抗精神病薬は最大で 8 剤もの種類を併用していた.
抗精神病薬の処方率は、ロシゾピロン( 59%)、クロルプロマジン
( 49%)、ハロペリドール( 49%)、リスペリドン( 35%)、フルフ
ェナジン( 27%)などであった.気分安定薬の処方率は、VPA( 100%)、
炭酸リチウム( 14%)、カルバマゼピン( 14%)であった.
血清アンモニア濃度[基準値:18 - 70 µg/d L]は平均で 64±19 µg/d L
であり、基準値の上限を上回っていた割合は 30%、基準値の下限
を下回っていた割合は無かった(図 2).一方、VPA 濃度[基準値:
50-100 µ g /m L]は平均で 51±24 µ g / m L であり、基準値の上限を上回
っていた割合は 14%であり、基準値の下限を下回っていた割合は
54%であった.
VPA 服用患者における血清カルニチン濃度、血清アミノ酸濃度は、
基準値の上限を 3 0%以上超えた項目は、 α -アミノ -n -酪酸濃度 35±8
nmol /m L[ 8.1 -31 .0]、グリシン濃度 394±102 nmol /mL[ 140 .4 -42 7 .3
nmol /mL]、グルタミン濃度 700±128 nmol /m L[ 418 .0 -73 9 .8 nmol /m L]、
グルタミン酸濃度 122±59 nmol /mL[ 1 2 .2 -82 .7 nmol /m L]などであ
った(図 3).一方で基準値の下限を 30%以上下回った項目は、ト
リプトファン濃度 37±10 nmol /m L [ 36 .2 -79 .3 nmol /mL]、総カルニチ
ン濃度 40 .8±16 .5 µ mol / L[ 45 -91 µmol / L]、遊離カルニチン濃度 33±13
µmol / L[ 36 -74 µmol / L] であった.総カルニチン濃度および遊離カル
ニチン濃度の平均が基準値の下限を下回っており VPA の服用によ
り濃度の低下が見られることが推察された(図 4).血清アンモニ
ア濃度と正の相関を認めた項目は、グルタミン酸濃度 ( r=0 .44 ,
p<0 .01)、トリプトファン濃度 ( r=0 .35 , p =0 .03)であった(図 5).血
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清アンモニア濃度と負の相関を認めた項目はグルタミン濃度
( r= -0 .41 , p= 0 .01)、グリシン濃度 ( r= - 0 .54 , p<0 .01 )、であった(図 5).
血清アンモニア濃度に影響を与える血清アミノ酸濃度について
重回帰分析を行った.血清アンモニア濃度が 1µg/dL 上昇するとグ
ルタミン酸濃度は 0.096 nmol /mL 上昇し、トリプトファン濃度は
0.601 nmol /mL 上昇するが、グリシン濃度は 0.099 nmol /mL 減少
することが示唆され、寄与率 R 2 は 0.52 であった(表 4).
VPA 服用患者の高アンモニア血症に対する併用薬の影響に関す
る多変量解析を行った.対象者は 37 名で、抗精神病薬 17 種類、
気分安定薬 3 種類の投与 [0 /1 ]、年齢、性別、体重、罹病期間、ア
ラニンアミノトランスフェラーゼ( ALT)、クレアチニン( Cr)、
VPA 投与量、血清 VPA 濃度をリスク因子として解析を行った.年
齢が高くなると血清アンモニア濃度は減少 (p<0.0001)することが
示された(表 5).カルバマゼピン (p=0.0072)とレボメプロマジン
(p=0.042)の服用は血清アンモニア濃度を上昇させ 、リスペリドン
(p=0.0086)とスルトプリド (p=0.0138)の服用は血清アンモニア濃
度を低下させることが示された(表 5).
【考察】
今回の調査の結果から、統合失調症患者における 37 名の VPA 服
用患者の平均服用薬剤数は抗精神病薬が 3.3 剤(最大で 8 剤)、気
分安定薬が 1.3 剤(最大 3 剤)であった(表 3).肝機能が正常範
囲内で VPA の投与量が多くないにも関わらず血清アンモニア濃度
が高いことが示唆された(図 2).また、患者では血清アンモニア
濃度の増加、遊離カルニチン濃度の低下、トリプトファン濃度の低
下を認めた.また、グルタミン酸濃度、グルタミン濃度、グリシン
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濃度、 α アミノ- n-酪酸濃度の上昇を認めた(図 3).血清カルニ
チン濃度と、遊離カルニチン濃度の平均は基準値の下限より低かっ
た(図 4).血清アンモニア濃度と代表的なアミノ酸と関連を検討
した結果、グルタミン酸とトリプトファンで正の相関を、グルタミ
ン、グリシン、シトルリンと負の相関を示し、カルニチンと相関を
認めなかった(図 5).多変量解析により各種アミノ酸の独立した
血清アンモニア濃度変動への影響を検討したところ、グルタミン酸
とトリプトファン濃度と正の相関を認め、グリシン濃度と負の相関
を認めた(表 4).また、多変量解析により血清アンモニア濃度は
カルバマゼピンまたは、レボメプロマジンの併用により増加するこ
とが示され、リスペリドンとスルトプリドの併用により低下するこ
とが示唆された(表 5).
VPA の服用による血清アンモニア濃度増加の病態を考察すると、
VPA 服用により分枝鎖脂肪酸の輸送に利用可能なカルニチンプー
ルが枯渇した場合、これらの脂肪酸のβ酸化およびアセチル -CoA
の産生が損なわれた可能性がある。その結果、アセチル -CoA およ
びグルタミン酸からの NAG の生成も損なわれている可能性がある
[7 ,8 ].血清グルタミン酸レベルの有意な上昇は、アセチル -CoA お
よびグルタミン酸からの NAG 産生の低下によるものと考えられる.
NAG は、アンモニアやグルタミンと重炭酸塩からのカルバモイル
リン酸の ATP 依存性合成の重要な酵素であるカルバモイルリン酸
シターゼ 1( CPS1)の活性を刺激するため [10]、 NAG の不足は、
尿素サイクルの活性を低下させると考えられる.
VPA が CPS1 の活性を阻害するという考えは、 Vazquez ら [16]
による文献において初めて提案された.彼らは、カルニチンおよび
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アセチルカルニチンの変化した血清濃度と比較して、てんかんを有
する 11 人の小児患者の VPA 誘発高アンモニア血症について検討を
行った.さらに、本研究では、カルニチン /アシルカルニチン濃度
の変化だけでなく、変化したアンモニア代謝にも関与する可能性が
ある他のアミノ酸についても、 VPA を投与された患者のアンモニ
ア代謝を調査した. 従って、本研究では Vazquez [16]らにより提
出された CPS1 および高アンモニア血症の活性に対する VPA の阻
害効果の元の概念を拡大し、深化させたと言える.
現在のところ、 VPA 投与量あるいは血漿中濃度とアンモニアの
血漿中濃度の関係に関する報告は相反している.我々は、多変量解
析を用い統合失調症患者で VPA を服用していた患者を対象として
アンモニア血中濃度に及ぼす VPA の定量的な関係を検討した.そ
の結果、血中アンモニア濃度と VPA 投与量、または VPA、遊離カ
ルニチンおよびアシルカルニチンの血清濃度との間に有意な相関
は観察されなかった.この点は以前の研究 [17]と矛盾するが、他の
研究 [18 ,19]とは一致していた.一方、システイン、エタノールア
ミン、グルタミン酸、バリン、グルタミン酸、 α -アミノ -n-酪酸お
よび 3-メチル - ヒスチジンの血清濃度は血中アンモニア濃度と有
意に相関していた.そのうち、グルタミン酸は、血中アンモニア濃
度の変動性に最も大きく貢献していた.グルタミンがグルタミン -
α -ケトグルタル酸によってこれらのアミノ酸を異化することによ
って合成されるため、血清システインおよびバリン濃度の変化はグ
ルタメート濃度の上昇によって影響を受けている可能性があると
推測した [20].
薬物代謝酵素などを誘導する性質のある抗てんかん剤(カルバマ
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ゼピン、フェノバルビタール、フェニトインなど)と併用投与され
た場合の CPS1 活性は変化していた [10].現時点で、特定の抗精
神病薬の組み合わせが CPS1 活性を低下させるかどうかは明らか
ではない.本研究の統合失調症患者は、物理化学的および薬理学的
特性が大きく異なる 17 種の抗精神病薬と気分安定剤を投与されて
いたため、これら併用薬剤が血中アンモニア濃度に影響を与えるか
どうかを多変量解析の手法で解析した.その結果、4種類の薬剤が
アンモニアのリスク因子であることが示唆された.先行研究では、
VPA と抗精神病薬リスペリドンの併用は、薬物タンパク質結合の
競合により生じる遊離形 VPA 濃度の増加が高アンモニア血症の危
険因子である可能性が示唆されている [11 -13].しかし、酵素誘発
性のあるカルバマゼピン他の抗てんかん剤(フェノバルビタール、
フェニトインなど)と VPA を併用して CPS1 活性を変化させるこ
とが示されている [21 ,22].リスペリドン併用投与は、以前の研究
[11 -13]で報告された結果と幾分矛盾するアンモニアの血中濃度の
低下と関連していることが示されたが、今後より多くの試験で確認
する必要がある.スルトプリドとレボメプロマジンがアンモニア濃
度に影響を与えているとの調査は行われていない.これらの薬剤は
古典的な抗精神病薬であり、両剤とも脳内のドパミン受容体を強く
阻害する.しかし、今回得られた資料から血清アンモニア濃度への
影響を検討するには根拠に乏しい.今後の調査を期待したい.
血中アンモニア濃度はコルチコステロイド薬の投与や栄養状態
により影響を受ける可能性がある [23 -26].しかし、本研究の対象
患者はコルチコステロイドを投与されていなかった.さらに、彼ら
は標準的な病院食を摂取しており、中心静脈影響などで非経口的ア
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ミノ酸の投与を受けていなかった.従って、患者で観察されて血清
アンモニア濃度上昇の原因がこれらの要因であったとは考え難い.
また、アンモニアは肝臓の尿素サイクルによって代謝されるため、
肝機能障害はアンモニアの血中濃度の上昇と関連している可能性
がありうる.しかしながら、いずれの患者も重度の肝機能障害を有
していなかった(表 2)ため、肝機能障害が高アンモニア血症に関
連している可能性は低いと考えられた.著者らは、本研究において
VPA を投与された統合失調症患者のグルタミン酸およびグリシン
の血清レベルが上昇していることを見出した.グルタミン酸は脳の
興奮性神経における N-メチル -D-アスパラギン酸( NMDA)受容体
のアゴニストであり、グリシンは NMDA 受容体の共アゴニストで
あるため、 VPA の投与は患者によっては治療効果を相殺する可能
性もあると考えた.
現在、 VPA は統合失調症患者の激越症状等の改善および /または
予防に頻繁に使用されている [1 -3 ].統合失調症患者で観察された
血中アンモニア濃度に対する VPA の効果は、他の精神障害患者お
よびてんかん患者の場合に報告されたものと合致していた
[10 -14].しかし、 VPA 投与量、併用薬、遺伝的背景には大きな違
いがあるため、結論を導く際には注意が必要である. VPA の投与
を受けている慢性統合失調症の患者では、激越症状等が観察された
か否かに関わらず、用量の減量または中止については議論されてい
ない事が多い.その結果、患者はしばしば多剤併用療法を受ける.
多剤併用療法が単剤療法より効果的であるという証拠はない [ 2 8 ].
本研究では、 VPA が統合失調症患者の 30%において血中アンモニ
アレベルが上昇するように、 VPA を長期服用していた統合失調症
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患者ではカルニチンの枯渇が生じており、脂肪酸β酸化により生じ
るアセチル CoA、アセチル CoA とグルタミン酸から合成される
NAG の産生低下も生じていたと推察された.NAG の低下はアンモ
ニアを尿素回路へ導く CPS1 の活性低下を介して尿素回路の活性
低下を招き高アンモニア血症を生じていたと解釈された.
我々のデータに基づけば、統合失調症患者では VPA の投与量を
減らすか、可能であれば、投与を中止することが望ましいと考えら
れる. 4 つの対策が考慮される.第 1 に、可能な場合は VPA を中
止することである. VPA の投与量はアンモニア濃度へ直接的な影
響を与えていなかったが、カルニチンの低下やグルタミン酸濃度の
増加などから尿素回路への影響が考えられている.2 名の症例観察
例があり、2 名ともアンモニア濃度の低下を認めている.第 2 はレ
ボカルニチンの補充である [29 ,30].4 名の症例観察例があり、うち
2 名でアンモニア濃度の低下を認めている.第 3 はカルグルミン製
剤の投与である.本製剤は 2016 年 11 月に本邦で上市され NAG の
構造類似体であり CPS1 を直接活性化させる [31].レボカルニチン
と比較し本製剤はより尿素回路に近いところで作用するためアン
モニア濃度の低下が期待できる.しかし、保険適応は尿素回路内の
酵素欠損症による高アンモニア血症であり、 VPA 誘発性の高アン
モニア血症には適応がない.今後の研究が進むことが期待される.
第 4 は気分安定薬としてのカルバマゼピンの中止である.カルバマ
ゼピンはてんかん患者の CPS1 に影響を与えアンモニア濃度を上
昇させることが知られているが [21 ,22]、統合失調症患者で気分安
定薬として服用していてアンモニア濃度を上昇させる場合には中
止を検討する必要があると考えられた.
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Ⅱ.長期の酸化マグネシウム服用患者における電解質異常の検討
【背景】
酸化マグネシウムは緩下剤や制酸剤として広く用いられている
薬剤である.精神系疾患患者では酸化マグネシウムの処方される患
者が多い.特に患者に高齢者が多く、定型的抗精神病薬は脳内のド
パミン受容体の遮断薬であり、三環系抗うつ薬など他の併用薬にも
抗コリン作用を有する薬物が多いのが特徴である [32].抗精神病薬
は脳内のドパミン受容体を遮断する作用を有すことで興奮を抑え
る。低力価のドパミン受容体遮断薬は抗コリン作用を有している.
抗コリン作用は腸管運動を抑制し便秘を引き起こす [33].このよう
な要因に基づき精神科領域では便秘薬の使用量が増えていると考
えられる.高齢者に対する漫然とした長期の酸化マグネシウムの投
与は高マグネシウム血症から、不整脈等の重大な副作用を生じるこ
とがある.
2015 年 12 月に医薬品・医療安全等安全性情報が出され、酸化マ
グネシウムの投与に対し注意喚起が行われた.2012 から 2014 年に
29 例の高マグネシウム血症による副作用例が報告され、うち 4 名
が死亡したと報告されている [34].とくに 65 歳以上や便秘症の患
者が多く, 腎機能が正常な場合や通常用量以下の投与であっても
重篤な転帰をたどる例が認められた.そこで精神神経科疾患のうち
特に精神科単科病院での血清マグネシウムの血清濃度を調査し、高
マグネシウム血症のリスク因子を解析し、酸化マグネシウムの投与
による潜在的な問題点の解明を行った.
【方法】
ハートフル川崎病院に入院中統合失調症、気分障害、パーソナリ
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ティー障害の患者を対象とし、認知症は除いた.調査項目は併用薬
としての酸化マグネシウム製剤および抗精神病薬の服用の有無と 1
日あたりの服用量と臨床検査値を調査した.採血は昼食前に行い、
血清マグネシウム濃度の測定は株) BML へ依頼した.
統計解析は JMP ver.11 で行い、血清マグネシウム濃度と各種臨
床検査項目の相関関係はピアソン検定で、酸化マグネシウム服用群
(服用群)と酸化マグネシウムの非服用群(非服用群)の平均の差
は t‐検定で行い、それぞれ p<0.05 を有意とした. 血清マグネシ
ウム濃度の変動因子の調査について多変量解析を行い p<0.1 を有
意水準とした.
倫理的配慮は医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取
扱いのためのガイドライン (平成 28 年 12 月 1 日改正 )に準拠した.
【結果】
調査に参加した被検者は 151 名であり、男性 67 名、女性 84 名
であった(表 6).酸化マグネシウム服用群は 103 名、非服用群は
48 名であった.酸化マグネシウムの服用量は服用群の平均が 1.51
g /dL であった.血清マグネシウム濃度は服用群の平均は 2.4 mg/dL
であり最大では 3.6 mg/dL を観察した.非服用群の平均は 2.2
mg/dL であり、服用群は非服用群と比べ有意に (p<0 .01 )高かった.
高マグネシウム血症の発生頻度は服用群が 11%であり、非服用群
が 2%と服用群が非服用群に比べ有意に (p<0.01)多かった.血清ク
レアチニン濃度およびクレアチニンクリアランスは服用群と非服
用群で有意な差を認めなかった.高マグネシウム血症発症のリスク
因子としては、緩下剤服用数は服用群の平均が 2.2 剤であり、非服
用群が 0.4 剤で有意に (p<0.01)多かった.抗コリン薬は服用群の平
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均が 2.0 ㎎ /day であり非服用群の平均は 1.3 ㎎ /day で服用群が非
服用群より 1 日あたりの服用が多い結果となった (p=0.06).抗精神
病薬、抗うつ薬、抗不安薬で服用群と非服用群で有意な差を認めな
かった(表 6).
血清マグネシウム濃度の変動因子として経口酸化マグネシウム
投与量、腎機能、緩下剤服用数、抗精神病薬をクロルプロマジンで
置き換えたクロルプロマジン換算量( CP 換算)、炭酸リチウムの併
用とし、AIC を指標としたスッテプワイズ変数増加・減少法を用い
て多変量解析を行った.血清マグネシウム濃度に影響を与えていた
因子は酸化マグネシウム投与量を増やすと血清マグネシウム濃度
を有意に上昇 (p<0.001)させ、酸化マグネシウム濃度 1 日あたり 6
gの服用で血清マグネシウム濃度を 0.74 mg/dL 上昇させることが
示唆された(表 7).クレアチニンクリアランスが低下すると血清
マグネシウム濃度は有意に上昇 (p=0.096)させ、クレアチニンクリ
アランス 50mL/min の低下で血清マグネシウム濃度を 0.05mg/dL
上昇させることが示唆された.炭酸リチウムの服用は有意に血清マ
グネシウム濃度を有意に上昇 (p<0 .001)させ、リチウムの併用で血
清マグネシウム濃度を 0.11mg/dL 上昇させることが示唆された(表
7).
【考察】
今回の調査の結果から、酸化マグネシウム服用群の平均血清マグ
ネシウム濃度 2.4mg/dL は非服用群の平均血清マグネシウム濃度
2.2 mg/dL より有意に高かった.服用群の高マグネシウム血症の発
生率 11%は非服用群の高マグネシウム血症の発生率 2%より有意
に高かった(表 6).高マグネシウム血症のリスク因子には、酸化
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マグネシウムの投与量の増加、腎機能の低下、炭酸リチウムの服用
が挙げられた(表 7).精神神経科入院患者における高マグネシウ
ム血症の発症には、薬物副作用としての便秘の治療に用いられる酸
化マグネシウム緩下剤の投与と腎機能、炭酸リチウムの服用が関係
していると推察された.
酸化マグネシウムの服用が増えている要因として精神科入院患
者に多い便秘が関与しているものと推察される。すなわち、便秘発
症機序としては、抗精神病薬のうち特に低力価のドパミン受容体遮
断薬は抗コリン作用を有しており,抗精神病薬を投与すると脳内の
ドパミン受容体が遮断され、脳内のアセチルコリン濃度が上昇する
[32].アセチルコリンの上昇を抑える為に抗コリン薬が併用投与さ
れる.これらの薬剤は腸管運動を抑制し,便秘を引き起こすと推察
される。また,酸化マグネシウムを服用している患者は他の緩下剤
を併用している割合が多く重度の便秘を引き起こしていると推察
される(表 6).
精神神経科疾患患者では、薬物による副作用として便秘が生じる
事が多く、酸化マグネシウムの投与が高マグネシウム血症を生じる
リスクがある事を認識する必要があると考えられた.リチウムは腎
障害を引き起こすことが知られているが [34]、多変量解析の結果よ
りクレアチニンクリアランスの低下とリチウムの服用の有無は独
立した因子で、それぞれが血清マグネシウム濃度に影響を与えてい
た.酸化マグネシウム濃度 1 日あたり 6gの服用で血清マグネシウ
ム濃度を 0.74 mg/dL 上昇させ.クレアチニンクリアランス
50mL/min の低下で血清マグネシウム濃度を 0.05mg/dL 上昇させ
ることが示唆された.リチウムの併用で血清マグネシウム濃度を
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0.11mg/dL 上昇させることが示唆された.リチウムは腎機能を低下
させることが知られており、結果として血清マグネシウムの上昇を
招くと考えられた.しかし、多変量解析の結果では血清マグネシウ
ム濃度に対し、酸化マグネシウムの服用量と腎機能の低下、リチウ
ムの服用は独立した因子であった.これらの結果から該当患者では、
腎機能評価とともに血清マグネシウムのモニタリングをすべきで
あると考えられた.
ハートフル川崎病院では本研究実施当時に高マグネシウム血症
の中止基準は設けていなかったため検討を行った. Up-to-Date
(2017)によると、血清マグネシウム濃度が 4.8 -7 .2 mg/dL では、嘔
気、発汗、頭痛、深部腱反射減弱、脱力感などが、 7.2 -12 mg/dL
では、低カルシウム血症、重度の傾眠、心電図異常、呼吸筋麻痺な
どが見られ、 12 mg/dL 以上では、房室ブロックが観察される.し
たがって、血清マグネシウムの血清濃度が 4 mg/dL を超えた場合
には酸化マグネシウムの投与を中止すべきと考えられた .(表 8).
今回の調査で腎機能の低下が血清マグネシウム濃度に影響を与
えていたことから、抗精神病薬の服用が腎機能の関係について検討
を行った.Hwang ら [35]は 2014 年に非定型抗精神病薬の服用がと
急性腎不全に与える影響について検討を行った.その研究によると、
カナダのオンタリオ州で新規に非定型抗精神病薬を服用した 65 歳
以上の 97,000 名にのぼる患者の症例対象コホート研究を行った.
結果は薬物開始 90 日以内の急性腎障害による入院の患者が、対照
群より有意に高く (OR:1 .73 , 95% CI :1 .5 -1 .9 )、全死亡率も高いこと
が示された (OR:2 .4 , 95% CI :2 .3 -2 .5).以上のことから、新規に抗
精神病薬を開始する患者では腎機能をモニターし、腎機能が低下し
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ている患者に緩下剤を投与する場合は酸化マグネシウム以外の緩
下剤を選択する必要があると考えられた.
統合失調症は抗精神病薬や抗コリン薬、抗うつ薬を併用して治療
を行うが,これらの治療の副作用としてイレウスを引き起こすこと
が知られている.イレウスのリスク因子は年齢が 1.03 倍,女性が
1.6 倍,第一世代抗精神病薬が 2.29 倍,抗コリン薬が 1.48 倍,ク
ロザピンが 1.99 倍,三環系抗うつ薬が 2.29 倍,オピオイドが 2.14
倍であった。致死的なイレウスはクロザピン 6.73 倍,抗コリン薬
が 5.88 倍と報告されている [36].今回の調査では抗コリン薬の服
用で酸化マグネシウムの服用群と非服用群でわずかに有意な差
( p=0 .06 )を認めなかったが(表 6)、抗コリン薬の服用も注意が必
要な薬剤と考えられる.腎機能が低下している患者やリチウムを服
用している患者では抗コリン薬の中止を検討する必要があると考
えられる.
精神神経疾患患者の便秘に対しては、緩下剤など薬剤に頼るだけ
でなく、食事による植物繊維摂取増加や運動の奨励、非マグネシウ
ム緩下剤 (ラクツロース等 )などで対処可能か検討をする必要があ
ると考えられた.
精神神経疾患の入院患者では、抗精神病薬などにより便秘症状を
生じ、安全な緩下剤と認識されている酸化マグネシウムが長期に投
与されるために高マグネシウム血症を生じるリスクが高い事が示
唆された。特に酸化マグネシウムを服用している患者、腎機能の低
下患者、単酸リチウムの服用患者では十分な注意が必要である.酸
化マグネシウムの使用に当たっては重篤な副作用を回避するため
定期的な血清マグネシウム濃度測定が必要である。
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20
Ⅲ.薬剤師の病棟活動が精神神経疾患の薬物治療の効果と副作用に
与えた影響
【背景】
近年、医療の質の向上および医療安全の観点から、チーム医療に
おいて薬剤師の主体的な薬物療法参加が推進されている [37 .38].
精神神経科領域における薬剤師の薬物治療介入は他の分野に比
べて遅れている.平成 24 年に薬剤師が医療従事者の負担軽減およ
び薬物療法の有効性、安全性の向上に資する業務を実施しているこ
とを評価した「病棟薬剤業務実施加算」が新設され [39]、一般病棟
でのチーム医療における薬剤師の関与の有益性を示す報告が多数
なされている [40 -42].精神科病棟業務実施に対する臨床報酬加算
算定は「入院後 8 週まで」に制限されており、チーム医療において
薬剤師への員数割り当ての問題から薬剤師が病棟業務に十分な関
わりを持てず、薬剤師の果たしている役割がいまだ十分に認知され
ていない.そこで、精神神経疾患の薬物治療に対する薬剤師の処方
介入が治療効果の改善と副作用の軽減にどのような貢献をしてい
るか調査した.
【方法】
対象患者は平成 25 年 3 月から 5 月までの 3 ケ月間に「精神科医
療を考える薬剤師の会」のメンバーが所属する 7 施設の精神科外来
および入院患者で、選択基準は服薬指導の対象患者、処方箋記載・
内容、臨床検査値、薬物治療モニタリング( TDM)記録、家族患
者またはチーム医療の他職種からの相談により薬学的観点から提
案実施が必要と判断した患者とし、薬学的観点から提案を行うこと
により改善が見込めると判断したものから適宜行った.調査項目は
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21
該当患者の診療録で、倫理的配慮は医療・介護関係事業者における
個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン (平成 28 年 12 月
1 日改正 )に準拠した.
【結果】
薬剤師による処方変更提案の対象患者は、外来患者 27 件 (20 .8%)
と入院患者 103 件( 79.2%)の合計 130 件であった.疾患別の件数
は統合失調症 66 件( 50.8%)が最も多く、次いで双極性障害 27 件
( 20.8%)、大うつ秒性障害 22 件( 16.9%)、不安障害 4 件( 3.1%)、
認知症 3 件( 2.3%)、その他 8 件( 6 .2%)の順であった(表 9).
薬剤師の処方提案の内容は、「副作用の回避・軽減」と「治療効
果の向上」が全提案件数の 70.8%を占めていた.全処方提案の 85%
が採択されていた(図 8).副作用の回避・軽減への処方提案では、
錐体外路症状( 33%)、検査値異常( 21%)への提案で全体の約半
数を占めていた.その他の項目では、消化器症状( 12%)や傾眠・
ふらつき( 7%)など各症状に対し提案を行っていた(図 9). 治
療 効 果 向 上 へ の 処 方 提 案 で は 、 薬 剤 の 増 量 ( 37% )、 他 薬 の 併 用
( 29%)、他薬へ変更( 20%)、薬剤の減量( 14%)など薬剤師は
様々な手法を用いながら患者の症状に対応していることが示され
た(図 10).
薬剤師の処方提案と転帰で、処方提案の採択例と非採択例でフィ
ッシャーの正確試験を行ったところ、有意に分布に偏りが見られた.
特に改善の項目で偏りが大きく、採択例では薬剤師が処方提案を行
ったうち 70%が改善していたのに対し、非採択例では 10%のみが
改善していた(図 11).
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22
【考察】
今回の調査から、精神神経科の薬物治療において薬剤師による処
方提案の 85%が医師に承認されていた(図 8).薬剤師による処方
提案は錐体外路症状や検査値異常など数値化できる項目について
提案を行っていた(図 9).治療効果向上への処方提案として様々
な手法を用い対処していた(図 10).処方提案の受け入れは患者転
帰を有意に改善していた(図 11).
厚生労働省の調査でも精神病床入院患者の約 60%が統合失調症
であり、その傾向が処方提案件数にも反映されていると考えられた.
一方で、入院患者数で 2 位に位置する認知症に対する処方提案は全
体の 2.3%にとどまっていた.認知症への処方提案は統合失調症と
比べ処方提案が低い結果となった.認知症治療薬は抗精神病薬と比
べ薬剤の種類が少なく薬剤選択の幅が少ない事や患者の疎通性等
の問題があり評価を行いにくいことが考えられた.
薬剤師による処方提案では「副作用の回避・軽減」と「治療効果
の向上」が全処方提案の 70.8%を占めた.「副作用の回避・軽減」
について処方提案を行った具体的な症状は「錐体外路症状」「検査
値異常」が過半数を占めた( 31 件,54%).錐体外路症状は DIEPSS
を用いることで、薬剤師が数値化して評価でき、検査値についても、
異常の有無を数値化して把握することが可能である.このように、
数値として客観的評価が可能な点がより多くの処方提案を生み出
していると考えられた.採択された処方提案による患者転帰では、
改善が 70%を占め、悪化した例は見られなかった.薬剤師の処方
提案の多くは、副作用の評価や検査値の確認等、患者の薬学的管理
を基にした根拠の明確なものとなっており、このような点が医師に
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23
受け入れられやすい提案内容となっていることが推察された.
精神神経科領域の薬剤師の薬物治療への介入は可能かつ有益で
あり、今後推進すべきである . 今後の学術活動により精神科病棟業
務実施に対する診療報酬加算算定の上限である入院後 8 週間の制
限を延長または撤廃するよう働き掛ける必要がある.本研究は薬剤
師が関与した後のデータの検討である.対照データとして薬剤師非
関与の患者データでも検討する必要がある.
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24
まとめ .
今回の調査から精神科領域でも病棟薬剤業務を積極的に実施す
ることでチーム医療に十分貢献できることが示された.精神科領域
では長期にわたり薬を服用することが多く見られ、単剤で治療を開
始しても、治療効果が十分で無いか再発、再燃を繰り返したため多
剤併用療法となる場合がある.今回の調査でも明らかになったよう
に、 VPA は長期服用でも安全な薬剤と考えられ、高アンモニア血
症に対する対策が十分に行われていなかった.同様に酸化マグネシ
ウムも安全な薬剤と考えられていたが、高マグネシウム血症を引き
起こしていることが明らかになった.臨床現場では安全な薬と認識
されているこれらの薬でも副作用の発生が認められ、医師の診察で
も見過ごされていることがあることが明らかとなった.医師は主症
状の治療に追われており、多剤併用の影響まで十分に検討する時間
がさけていない.そこで薬の専門家である薬剤師が病棟で活動し、
副作用などの問題を医師へフィードバックすることで精神科領域
でも薬剤師がチーム医療に貢献できると考えられる.
精神神経科領域の病棟薬剤業務は員数割り当てが不足している
ために十分な臨床活動が出来ていないのが現状である . 学術研究
を通じて多くの精神科病院の薬剤師が連携を行い、成果を発表する
ことで精神神経科領域の病棟薬剤業務を活性化し、最終的には保険
診療上の規制を撤廃できるよう努力したい .
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25
本研究の内容は下記の3論文に掲載された.
Ando M. , Ama yasu H. , I t a i T. , Yosh id a H. , Biopsychoso c . Med . ,
5 , 11 -19 (2017) .
安藤正純 , 天保英明 , 板井貴宏 , 吉田久博 , 日精協
誌 ,36 , 111 -115 (2017 ) .
村野哲雄 , 安藤正純 , 浦野慎也 , 遠藤洋 , 木村伊都紀 , 高
橋結花 , 永田あかね , 長郷千香子 , 林広紹 , 林やすみ , 馬
場寛子 , 齋藤百枝美 , 日精協誌 ,33 , 87 -93 (20 14) .
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26
謝 辞
稿を終えるにあたり、ご指導ご鞭撻を賜りました明治薬科
大学薬物治療学教室 越前宏俊教授ならびに体内薬物動態学
教室 吉田久博教授、本論文をまとめるにあたり多くのご助言
を頂きました明治薬科大学 生体機能分析学教室 兎川忠靖
教授、ならびに薬物動態学教室 花田和彦教授に深甚なる謝意
を表します.
そして、研究の遂行にあたり御助言を頂きましたハートフル
川崎病院 院長 天保英明先生ならびに副院長 板井貴宏先生
に深謝いたします.
さらに、本研究の一部につき、学部卒業研究を通して御協力
頂きました帝京大学薬学部 齋藤百枝美教授、常盤病院 薬剤
部 馬場寛子先生、東邦大学医療センター大森病院 薬剤部
木村伊都紀先生、晴和病院 薬剤部 遠藤洋先生、東京女子医
科大学病院 薬剤部 高橋結花先生、武蔵野中央病院 薬局
林やすみ先生、東京慈恵会医科大学付属病院 薬剤部 長郷
千香子先生の各位に深く感謝いたします.
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32
Excretedin urine
*CPS1 : carbamoyl-phosphate synthase 1
†NAG : N-acetylglutamic acid
Carnitine(↓)
Valproil-carnitine
β-Oxidation
Acetyl-CoA(↓)
† NAG(↓)
Glutamine+H2O
Carbamoyl phosphate
Arginosuccinic acid
Arginine(±~↑)
Ornithine
(↓)
Amino acid
catabolism
*CPS1
Tryptophan(-~±)
Glycine(↑)
fatty acidsSarcosine(↑)
NH3
Glycolysis
Urea
Citrullin(±~↑)
Ornithine
Glutamate+
Serine(
±~+)
Glutamate(↑)+NH3
pyruvic acid
GlycineSerine
VPAとミトコンドリア内のアンモニア代謝
Valproic acid
16
mitochondria
Glutamine(±~↑)
Ureacycle
glutaminase
glucuronidation
図 1 VPA とミトコンドリア内のアンモニア代謝の関係図
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33
測定法
8
項目 方法
血清VPA濃度
抽出:血清1mLに5mLのメタノールを
加え、遠心分離後、上清を測定試料とし
た.
分離:カラム: C18ODS (2 x 50 mm),
移動相: 20 mM ammonium
formate and acetonitrile, 流速: 0.2
mL/min
検出、LC-MS 2020 system
(Shimadzu, JAPAN), SIモード m/z
143.3
血清アンモニア濃度 酵素法(BML依頼)
血清アミノ酸、カルニチン濃度 HPLC法(BML依頼)
表 1 血清 VPA 濃度、血清アンモニア濃度、アミノ酸濃度、カルニチン濃度の測定法
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34
患者背景
項目平均+SD or
n&%範囲
男性/女性 24/13 NA
年齢(歳) 57+10 37-77
体重(kg) 57+11 34-82
罹病期間(年) 28+16 1-56
VPA投与量(mg/kg) 12 + 5 2.9-23.4
抗精神病薬投与量 (CP換算mg/day) 1,481 + 1,347 113-5,532
臨床検査ALT (IU/L)AST (IU/L)BUN (mg/dL)Cr (mg/dL)血糖 (mg/dL)
緩下剤の服用有(n, %)
23±1521±711+5
0.8+0.291+20
32(86%)
7-6810-434-30
0.4-1.464-174
NA
9NA: not applicable, VPA:バルプロ酸、CP:クロルプロマジンSD: standard deviation
結果
表2 調査に参加した患者背景
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35
37名の対象患者の主要薬物療法
薬効群 薬物名(処方率, %)
抗精神病薬
ロシゾピロン(59),クロルプロマジン(49),ハロペリドール(49),リスペリドン(35),フルフェナジン(27),レボメプロマジン(16),エミレース(11), スルトプリド(14),オランザピン(14),クエチアピン(14),ロナセン(8),ブロムペリドール(8),アリピプラゾール(11),ニューレプチル(5),ピモジド(3),ペロスピロン(5),チアプリド(3),パリペリドン(3)
気分安定化薬 VPA(100),リチウム(14),カルバマゼピン(14)
平均服用薬剤数(+SD)[範囲]
抗精神病薬: 3.3 + 1.7 [1-8]気分安定化薬: 1.3 + 0.5 [1-3]
10
表 3 調査に参加した 37 名の対象患者の主要薬物療法
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36
血清アンモニア濃度とVPA濃度
11
血清アンモニア濃度 血清VPA濃度
基準範囲
上限以上は
基準範囲
基準値以上14%
基準値以下54%
基準値以上30%
基準値以下0%
図 2 血清アンモニア濃度と VPA 濃度の測定値
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37
12
VPA服用患者における血清アンモニア濃度と血清カルニチン、アミノ酸濃度
30%以上の患者で正常値下限以下
30%以上の患者で正常値上限以上
図 3 VPA 服用患者における血清アンモニア濃度と血清アミノ酸濃度
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38
VPA服用患者の血清カルニチン濃度
13
Normal range
Normal range
血清
濃度
(μ
mol/
L)
図 4 VPA 服用患者の血清カルニチン濃度
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39
血清NH3濃度と代表的アミノ酸・カルニチンの相関
14
血清アンモニア濃度
(μg/d
L)
グルタミン酸 トリプトファン
グルタミン グリシン シトルリン
総カルニチン
図 5 血清アンモニア濃度とアミノ酸、血清カルニチン濃度の単相関図
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40
血清アンモニア濃度とアミノ酸:重回帰分析
項目 偏回帰係数 t値 P値
切片 69.4 5.53 <0.0001
グルタミン酸 0.096 2.35 0.0252
トリプトファン 0.601 2.47 0.0188
グリシン -0.099 -4.34 0.0001
15
R2=0.52, p<0.0001
表 4 血清アンモニア濃度とアミノ酸の重回帰分析
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41
VPA服用患者の高アンモニア血症に対する併用薬の影響に関する多変量解析
偏相関係数 t-value p value
切片 62.02 8.18 <0.0001
年齢(歳) -0.79 -3.07 0.0046
カルバマゼピン[0] -8.97 -2.88 0.0072
リスペリドン[0] 5.74 2.81 0.0086
スルトプリド[0] 7.36 2.62 0.0138
レボメプロマジン[0] -5.41 -2.12 0.042
17
R2=0.66, p<0.0001[0]は薬物非投与患者を示す
対象者:37名リスク因子:抗精神病薬17種類、気分安定化薬3種類の投与[0/1]
年齢, 性別、体重,罹病期間, ALT, CrVPA投与量、血清VPA濃度
表5 VPA 服用患者の高アンモニア血症に対する併用薬の影響に関する多変量解析
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42
患者背景酸化Mg服用群 酸化Mg非服用群 p
人数 (名) 103 48 NA
年齢 (歳) 59 63 0.06
男性/女性 (名) 40/63 27名/21名 0.07
酸化Mg投与量 (g/day) 1.51+0.80 NA NA
血清Mg濃度 (mg/dl)[範囲]
2.4±0.3[2.0-3.6]
2.2±0.2[1.9-2.7]
<0.01*
高Mg血症(%) 11% 2% <0.01*
血清Cr(mg/dL) 0.69+0.22 0.66+0.16 NS
クレアチニン・クリアランス(mL/min) 94+38 87+31 NS
併用薬服用量
抗精神病薬:CP換算 (mg) 1,086±103 795±151.5 0.11
抗コリン薬:BP 換算(mg) 2.0±0.2 1.3±0.3 0.06
抗うつ薬:IM 換算(mg) 34.8±8.2 12.2±12.0 0.12
抗不安薬:DAP換算(㎎) 15.0±1.3 12.2±1.9 0.24
緩下剤数 (剤数) 2.2±0.1 0.4±0.2 <0.01*
26
Data are mean + SD. *p<0.05CP:クロルプロマジン、BP:ビペリデン、IM:イミプラミン、DAP:ジアゼパム
表6 血清マグネシウム濃度の調査に参加した患者の背景
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43
血清Mg濃度の変動因子:多変量解析
因子 偏相関係数 t-value p
切片 2.387 42.3 <0.001
酸化Mg投与量(g) 0.108 6.81 <0.001
CLCr (mL/min) -0.001 -2.11 0.096
炭酸Li(非投与) -0.11 -4.62 <0.001
27
対象変数: 経口酸化Mg投与量、 腎機能、 緩下剤服用数、CP換算抗精神病薬用量、 炭酸リチウム併用
解析: AICを指標としたステッ プワイズ変数増加・ 減少法
調整済みR2値=0.258, F=27.2, p<0.0001
• 血精Mg濃度は• 酸化Mg(6g/day)服用で0.74mg/dL上昇• CLCr50mL/min低下で0.05mg/dL上昇• リチウム併用で0.11mg/dL上昇
表 7 多変量解析により血清マグネシウム濃度に影響を与えていた因子
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44
高Mg血症の症状と中止基準
30
UP-to-Date, accessed on September 28, 2017
血清濃度 (mg/dL) 臨床症状
4.8-7.2嘔気、発汗、頭痛、傾眠、深部腱反射減弱、脱力感
7.2-12低Ca血症、傾眠(重度)、興奮、
心電図異常、低血圧、呼吸筋麻痺、
>12 房室ブロック
中止基準:4mg/dL以上
表 8 血清マグネシウム血症の症状
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45
薬剤師による処方変更提案の対象患者
項目 件
処方変更提案数外来入院
13027
103
疾病別件数
統合失調症 66
双極性障害 27
大うつ病性障害 22
不安障害 4
認知症 3
その他 8
36
表 9 薬剤師による処方変更提案の対象患者
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46
薬剤師の処方提案(n=130)の内容
副作用回避, 43%
治療効果の向上, 27%
用法変更, 5%
剤型変更, 5%
相互作用回避, 4%
TDMによる用量変更, 3%
検査結果, 1%
検査依頼, 1%配合変化, 1%
簡易懸濁法, 1% その他, 5%
37
総提案採択率85%
図 8 薬剤師の処方提案の内容
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47
副作用回避・軽減への処方提案(n=57)
錐体外路症状
33%
検査値異常
21%
消化器症状
12%
傾眠・ふらつき
7%
過鎮静
7%
依存性
5%
複視
4%
尿閉
4%
その他
7%
38
図 9 薬剤師による副作用回避、軽減への処方提案
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48
治療効果向上への処方提案(n=35)
薬剤増量
37%
他薬併用
29%
他薬に変更
20%
薬剤減量
14%
39
図 10 薬剤師による治療効果向上への処方提案
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49
薬剤師の処方提案と転帰
70
10
26.4
45
0
20
3.6
25
0
20
40
60
80
100
採択例 非採択例
改善 不変 悪化 不明
40
P<0.0001 by contingency table analysis (Fisher’s exact test)
(%)
(n=110) (n=20)
図 11 薬剤師による処方提案と転帰