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Page 1: NAVIS 031 | JANUARY 2017 · 2020. 6. 26. · 5 Navis 031 – Jan 2017 「バーチャル ハルシネーション」を制作・公開している。 2016 年 5 月には、症状をよりリアルな形で疑似体験で

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はるか昔に失われた文化財や史跡が目の前に現れる。地

中内部の状態や地層の構造を、潜っているかのように見る

ことができる

│。VR・AR技術によって、失われた風

景や人が容易に訪れることのできない場所など、見えな

かったものを見ることが可能になる。たとえば、資源開発

において必要な地質情報をVR技術を使って3次元画像と

して可視化し、地下構造の全体像の把握や埋蔵量の評価の

ために活用する動きが国内外で始まっている。

 

観光分野での導入も進んでいる。近畿日本ツーリスト株

式会社では、VRを活用したツアーの企画・開発に取り組

んでおり、2015年2月に、現実の景観にCG映像を合

成して再現した江戸城天守閣と江戸時代の日本橋界隈の様

子を体感するツアーの実証実験を実施した。実証期間中、

同ツアーには820名が参加した。

 

史跡の復元には多大なコストがかかるが、VR・ARに

よって当時の景観を再現し、臨場感のある体験を提供する

ことができれば、新たな観光資源にもなる。復元考証の見

直しや多言語化への対応も可能だ。しかし、屋外で大勢の

人が同時にVRを視聴するという利用方法はこれまでにな

く、実施には数々の工夫が必要だったという。

 

デバイスは、実際の風景が透けて見える眼鏡型ウェア

ラブル端末(スマートグラス)を採用。安全性を考慮して、

ツアー中はVRの視聴ポイントでスマートグラスを装着し

立ち止まって視聴し、次のポイントに移動する間は外すと

いうルールを設けた。運用面では、参加者全員に同時に映

像を見てもらうため、添乗員がタブレットPCを操作して

一斉にコンテンツを流す仕組みにした。

 

コンテンツに関しては、高品質なVR体験を追求するこ

とが目的ではないとの考えから、全ての映像をコストのか

かるCGで作成する必要はないと割り切り、写真や各種史

料を交えた構成としたという。

 

また、歴史に詳しい現地ガイドを同伴したり、説明動画

をYouTube

で公開し、事前に見てもらう工

夫もした。同社は、こうした細かな工夫や改

善を重ね、蓄積したノウハウを活用して新た

な企画を立ち上げている。

 

2015年4月に福岡城スマートグラスツ

アーを開始し、2016年には、青森県弘前

市や世界文化遺産

富岡製糸場での実証を行

うなど、自治体などと共同でVRを活用した

地域観光の開発に取り組んでいる。そのほ

か、ロケツーリズム推進の一環として、映画

の撮影に使用した島根県雲南市のオープン

セットで、映画の世界観を体験できるスマー

トグラスガイドツアーを実施。公開前のプロ

モーション活動に役立てられている。将来

は、ユニバーサルツーリズムにつながる可能

性もあると同社

未来創造室

課長の波多野貞之氏は話す。

「障がいなどの理由で旅行できない人がVRで旅行を疑似

体験する商品ができれば、移動を提供してきた旅行会社の

ビジネスモデルが変わる可能性もある」。

 

残された課題はコストだ。史跡の復元より安価とはい

え、10万円前後のスマートグラスを50台揃え、数千万円の

コンテンツを作るとなれば、自治体にとって負担は大きい

だろう。しかし、さらに技術が進展してコストが下がり、

VRの活用で〝見える〞ものが増えれば、旅のあり方や学

習方法など、さまざまな分野に大きな変化が訪れるだろう。

 

没入感の高いVRを使えば、非日常的な出来事や当事者

以外にはわからない体験を、実際に自分に起きたことのよ

うに擬似体験することができる。こうした利用法が、教育

や研修などの目的で広がり始めている。製薬企業のヤン

センファーマ株式会社は、統合失調症の急性期に見られ

る幻聴や幻覚などの症状を疑似体験できる疾患教育ツール

スマートグラスをかけると現れるCGの江戸城天守閣

VR・ARが実現する、現実世界の物理法則にとらわれないバーチャル空間の構築や、現実環境の拡張。これら技術の活用は、人の行動や生活、ビジネスシーンをどのように変えていくのだろうか。先行事例からそのエッセンスを読み解く。

VR・ARがもたらす多様な変化

見えなかったものが見える

〝体験〞して理解を深める

Page 2: NAVIS 031 | JANUARY 2017 · 2020. 6. 26. · 5 Navis 031 – Jan 2017 「バーチャル ハルシネーション」を制作・公開している。 2016 年 5 月には、症状をよりリアルな形で疑似体験で

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「バーチャル

ハルシネーション」を制作・公開している。

2016年5月には、症状をよりリアルな形で疑似体験で

きる実写版VRを作成し、医療関係者の研修会などで活用

している。また、疾患啓蒙サイト「統合失調症ナビ」を通

じてこの動画を広く公開し、精神疾患への理解促進と社会

的偏見の軽減を目指して取り組みを進めている。

 

防災分野でも、VRを利用して地震などの災害を疑似体

験することで、防災教育に役立てていこうという取り組み

が始まっている。国立研究開発法人防災科学技術研究所

は、同研究所が所管する実大三次元震動破壊実験施設「E

ディフェンス」での実験映像とシミュレーション結果を

融合した動画プログラムを作成し、地震発生時の室内の様

子を体感することができるVR体験システムを開発した。

ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着し、頭の動

きに合わせて映像が再生される仕組みのため、高い臨場感

と没入感のある疑似体験ができる。システムの開発にあ

たっては、同研究所が試験体内の撮影機材設置や同期信号

提示システムの開発を担い、全方位映像生成やVR提示、

体験ソフトウェアの開発をみずほ情報総研が担当した。

 

実験映像は、2015年11月〜12月に撮影。震動台上に

実物大の10階建て鉄筋コンクリート造建物を建て、阪神淡

路大震災(震度6強)の地震波で加振することで、地震を

再現するというものだ。最上階に撮影用の部屋を作り、耐

震対策を施した家具と未対策の家具を左右対称に設置し

て、被害状況の差異がわかるようにした。実現象を精緻

に記録し、臨場感のある映像体験を提供するため、高画

質(4K)な映像が撮影できるウェアラブルカメラを6台

使用し、撮影したデータをマッピングして全方位映像を作

成。各画像ファイルの時間を手作業で調整するなど、映像

データの生成には非常に手間がかかったという。

 

こうして、実現象に即した地震の被害状況が体感できる

コンテンツが完成。2016年6月に大阪で開催された第

3回「震災対策技術展」で初公開された。同研究所

地震

減災実験研究部門

主任研究員の山下拓三氏は、「329名

に体験していただき、実際の地震がイメージできた、耐震

対策をしようと思ったといったアンケート結果が得られ

た」と話す。

 

また、実験映像の撮影時には、K

inect

を使って試験的に

3次元データも取得。まだ研究段階だが、震災時の被害に

関する数値データと融合することで、任意の視点からの映

像を再生したり、任意の位置に家具を配置して室内の地震

被害を推定するなどのシミュレーションが可能になるとい

う。さらに、加速度センサーによる振動データも取得して

おり、「将来的には視覚だけでなく、揺れも一緒に体感で

きる『地震時被害体験システム』を構築したいと考えてい

る」と同部門長で兵庫耐震工学研究センター長の梶原浩一

氏は述べる。

 

一方で、防災教育という啓発を目的とした利用の場合、

体験システムとしてどこまでリアルに作り込むかについて

は、安全面への配慮等の理由から慎重に検討する必要があ

る。そのため、同研究所では今後、大学など他の研究機関の

研究者と協力し、映像と揺れの両方に関して、人が臨場感

や恐怖を覚える擬似体験の作り込みのレベルや、人に与え

る心理的な影響に関する研究を行っていく予定だという。

 

現象や状況をリアルに体感させるVRは、意識や行動の

変容につなげることができる可能性がある。今後、教育や

研修に欠かせないツールになることは間違いないだろう。

 

臨場感のあるVR体験は、離れた場所にある物や空間

を、まるで目の前にあるかのように感じさせる。

 

時間や距離の制約を超えるツールとしてVRを活用して

いるのが不動産業だ。賃貸物件を探す場合、顧客は多くの

物件情報をWebサイトや店舗で確認し、複数の物件を内

見する流れが一般的だが、VRで物件のイメージを掴むこ

とができれば、候補物件の絞り込みをより詳細に行うこと

ができる。これは顧客側には物件選びの効率化を、企業側

には営業費用のコスト削減という利点をもたらす。

E–ディフェンスでの実験映像・データ取得の様子建物試験体(左)、家具の設置の様子(右)

物理的な距離を超える

特集◆VRが社会を変える

Page 3: NAVIS 031 | JANUARY 2017 · 2020. 6. 26. · 5 Navis 031 – Jan 2017 「バーチャル ハルシネーション」を制作・公開している。 2016 年 5 月には、症状をよりリアルな形で疑似体験で

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中でも、HMDを利用した本格的な営業ツールとして

VRを活用しているのが三菱地所グループだ。VR導入の

狙いは、遠隔地の顧客が移動することなく物件の内覧を行

える点だという。同グループでは、2015年10月に関西

圏の分譲マンションのモデルルーム物件に関して、室内に

いるかのように没入体験できるVR内覧サービスを開始し

た。複数回に分けて撮影した画像をつないで高精細なパノ

ラマ画像を作成し、同グループが都内で運営する「レジデ

ンス

ラウンジ」や海外の販売会などで披露し、好評を得た

という。「海外でのインバウンド向けの販売会では、その場

でモデルルームの見学予約が入るなど、現地に行って実物

を見たいという訪問意欲を喚起できた」と三菱地所株式会社

住宅業務企画部

新事業創造部

副主事の橘 嘉宏氏は話す。

 

2016年1月には、三菱地所ホームが運営する全国

19カ所のホームギャラリー(モデルハウス)の室内空間を

VR画像で視聴できるサービスを開始した。デザインの自

由度が高い注文住宅の場合、さまざまなプランをVRで見

せることで、顧客はより具体的なイメージを持って検討す

ることができる。「VR営業ツールの導入により、お客さ

まが複数のホームギャラリーを訪れる時間的負荷が軽減さ

れるだけでなく、天井の高さなどのスケール感やインテリ

アの雰囲気を実感してもらうことができる」(橘氏)。

 

また、未竣工の物件をリアルに体感してもらうための

VRの活用も進めており、開発中のオフィスビルのエント

ランスCGや眺望写真などからVR素材を作成し、テナン

ト誘致などに活用している。今後は、首都圏にあるマン

ション物件を網羅的にVRコンテンツ化することを検討中

だという。

 

H

M

Dには、軽量で持ち運びしやすいことから、スマー

トフォンをはめ込んで視聴する「G

alaxy Gear V

R

」を採用。

コンテンツは、C

Gと比べ制作コストが抑えられることなど

から、モデルルームや現物があるものは写真を基に作成し

ている。そのため、部屋の中を移動するようなことはできな

いが上下左右を見回すことはできるため、イメージを伝える

には十分だと考えているという。営業スタッフは、タブレッ

ト端末で顧客がどこを見ているか確認できるため、天井高

などの詳細情報を付加しながら説明することができる。

 

今後の課題は効果測定だ。VRが実際の販売に与えた影

響を定量的に測定することは難しい。同社は今後、VRの

みで物件を販売するような営業拠点を試験的に設け、成約

まで到達する可能性を検証したいという。

 

技術が進化すれば、VR空間の臨場感は増し、現実空間

の体験とほぼ同じになるだろう。そうなれば、何かを体験

することに関して、物理的な距離は問題にならなくなる。

「移動」という行為の必要性が改めて問い直される可能性

もあるだろう。

 

不慣れな作業や複雑な作業を行う際、目の前の風景に機

器の位置を示す印や手順などの情報が重なって見えれば、

安心して作業を進めることができるだろう。メーカーやイ

ンフラ企業などでは、こうした作業支援としてのAR技術

の導入が始まっている。

 

株式会社日立製作所では、A

Rを活用した複数の製品

を開発している。同社が開発したクラウド型の機器保守・

設備管理サービス「D

octor Cloud

」は、モバイル端末の

カメラを設備に向けると、点検の対象設備に設置された

A

Rマーカーを読み取って、端末上で現実の画像に操作

すべき箇所や作業内容を重ね合わせて表示し、作業手順を

ナビゲーションするシステムだ。また、カメラを搭載した

H

M

Dの映像を熟練技術者が見て、音声やディスプレイへ

の表示により作業員に指示を行う遠隔作業支援の仕組みも

構築した。視野を妨げず、使用しない時はヘルメットの上

にはね上げることができるシースルー片目タイプのH

M

D

も開発した。

 

システム導入の目的は、点検漏れや作業ミスなどの

ヒューマンエラーの防止や、熟練者のノウハウの可視化・

共有など、設備を止めず連続的に運用することだ。熟練者

三菱地所が提供している注文住宅のVR内覧サービス

Galaxy Gear VR

行動を適切に誘導し支援する

Page 4: NAVIS 031 | JANUARY 2017 · 2020. 6. 26. · 5 Navis 031 – Jan 2017 「バーチャル ハルシネーション」を制作・公開している。 2016 年 5 月には、症状をよりリアルな形で疑似体験で

N a v i s 0 3 1 – J a n 2 0 1 77

 VR・ARは、過去に何度か市場が立ち上がると期待された時期もあったが、いずれも期待外れに終わってきた。その背景には、利用可能な端末が限られていたことの他に、運用方法やコンテンツ制作などの課題もあった。 特に、コンテンツ制作は大きな課題である。VR・ARに対する関心を高めるためには、どのような視聴・体験をさせるコンテンツにするかなどの企画や、質の高い制作が求められる。さらに、継続的に多くの人に利用してもらうには、定期的に新しいコンテンツを制作することも必要である。現状、制作コストが高く、提供したくても制作費用等の十分な確保が難しい実態がある。こうした手間やコストをいかに低減させ、いかにコンテンツを広く流通させて収益を上げるかが大きな課題であろう。 また、運用上の課題も大きい。コンシューマー向けの比較的安価な端末が登場したといっても、一人一台所有するにはまだまだ高価である。そのためVR・ARを体験するには、事業者が端末を利用者に貸し出すなど、端末管理・メンテナンス等の作業が必要となる。また、現在主流であるヘッドマウントディスプレイの他に、今後、視覚だけではなく触覚までも取り扱う端末など、新たな形態の端末の登場も想定される。これら端末管理等の手間やコストは、コンテンツやアプリケーションを提供する事業者にとって大きな重荷となる。 こうした課題は残るものの、過去のブームと異なる点も見受けられる。コンテンツをネット上からダウンロードして購入できるプラットフォームが登場し、利用者が気軽にコンテンツを購入・視聴できる環境が整いつつある。また、期間限定・特定施設限定ではあるが、よく企画が練られた体感型コンテンツを有料で提供する試みも出てきている。こうした動きを見ていると、今回こそ、VR・ARは、コンテンツ制作や運用上の課題を乗り越え、継続的に収益を上げ、発展可能なサービスとなることが期待できそうだ。

普及に向けた課題を乗り越え、サービスとして発展が期待されるVR・AR

武井 康浩みずほ情報総研経営・ITコンサルティング部課長

が少ない海外拠点では、教育ツールとしても機能している

という。また、「災害時の緊急対応などの作業の場合も、

ARによる作業支援があれば、誰でも高度な作業を行うこ

とができる」と同社

産業・水業務統括本部

企画本部

サー

ビス事業推進室室長の羽富修氏は述べる。

 

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0

1

6年4月からは、水資源機構

琵琶湖開発総合管理

所がD

octor Cloud

を採用。今後は、「システムに蓄積され

た作業記録を解析し、熟練者の技術の分析や予兆診断にも

つなげたい」(羽富氏)という。

 

また同社は、中部電力と共同で、電柱などの配電設備の

巡視点検に使用する「ARを用いた設備保守支援技術」の

開発に取り組んでいる。目視点検による判断のばらつきを

抑え、点検を効率化するシステムの実現を目指して、まず

は点検作業者への教育・研修で有効性を検証している。

 

研修では、電柱に設置された多種多様な機器に関する

理解と、異常箇所を発見する訓練が行われている。そこ

で、モバイル端末のカメラをかざすと各機器の解説情報が

ARで表示される仕組みを構築。画像認識と設備の位置情

報、端末に搭載されているセンサー情報などを組み合わせ

てAR表示の位置合わせを行う「マーカーレスAR」とい

う手法を採用した。実際の機器に情報を紐付けながら学習

できるため、理解が深まるという。異常箇所の発見訓練で

は、異常があると思われる箇所を端末のカメラで撮影して

異常の内容を解答すると、正解データと照合し、正誤判定

が行われる。将来的には実際の保守点検業務にも応用した

い考えだ。

 

ARやHMDを実際の業務に適用する場合、画像や実際

の風景の見やすさなどの使い勝手が問われる。共同開発に

携わる同社

東京社会イノベーション協創センタ

顧客協創

プロジェクト

研究員の弓部良樹氏は、「ARはあくまでも

情報を表示するための技術であり、表示する情報の価値に

こそ留意すべきだ」と述べる。

 

実務でのAR利用が進むことでこうしたノウハウは蓄積

され、新たなシステムに活用されていくだろう。今後は、

IoTやAIなど情報収集・解析技術と連携して、最適な

情報を最適な時に表示する仕組み作りが期待される。

Doctor Cloudのモバイル端末とHMD

特集◆VRが社会を変える