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27Vol.50(2009)No.12 SOKEIZAI
高真空ダイカスト製法を用いた耐熱高強度ピストンの開発
財団法人素形材センター会長賞
冷却速度の速いダイカスト製法の採用、その急冷効果を利用した高ニッケル含有新アルミ合金開発、および高真空ダイカストシステムと最新鋳造シミュレーションを用いた高品質化により、従来比1.5倍の高強度ピストンを1/3の鋳造サイクルタイムで製造する技術の実用化に成功した。
1.まえがき
谷畑 昭人 小島 久育 古川 和也 織田 和宏
本田金属技術㈱㈱本田技術研究所
地球温暖化への対応がますます求められる中、自動車メーカーとしては車両の製造時および走行時に排出されるCO2 の低減が重要なテーマとなっている。現在の動力源の主流であるエンジンで考えると、エンジン自体の高効率化とエンジンを構成する部品の製造面での高効率化(合理化)が求められている。 エンジンの心臓部にあたるピストンはエンジン高効率化の要の部品であるが、高効率化に伴ってピストンが受ける熱的、機械的負荷は年々上昇傾向にあり、ピストンの高負荷対応が要求されている。しかしながら、高負荷対応に伴うピストン重量増はエンジン効率面とピストン製造効率面の双方において悪化を招くことから、ピストン重量の低減も同時に要求される。このような背景から、ピストン高負荷対応と軽量化を両立する手法として、ピストン材料を合理的に高強度化する技術が強く求められている。 ピストン材料の高温強度向上手法としては、従来からアルミニウム(Al)中の銅(Cu)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)など耐熱性向上元素を増量する手法がとられてきた。しかし、自動車用ピストンの大半が重力鋳造(Gravity Die Casting:GDC)
で製造されていることから、鋳造時の冷却速度が遅く、晶出する金属間化合物が粗大化するため、これらの添加元素の増量は限界に達してきている。 そこで今回、ダイカスト製法の急冷効果と高い生産性を生かし、大幅なコストアップを招くことなく高温強度を向上させた「高強度ダイカストピストン」を開発し、2006年モデル CIVIC Hybrid 用ピストンとして量産化を実現した(写真 1)。
本解説では、高強度化の重要な要素技術である開発材のミクロ組織制御とダイカストピストンの高品質化について概要を述べる。
遠藤 修 飯野 憲一
日本軽金属㈱
写真1 新開発ダイカストピストン
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2.1 開発目標 ピストンの主な機能は、燃焼圧力容器の形成、燃焼圧力の伝達、燃焼時に発生する熱の伝達であり、必要な材料特性として、高温疲労強度、耐摩耗性、破壊靭性、ヤング率、熱伝導、熱膨張があげられる。本開発では、ピストン材として特に重要な523K以上の高温域での疲労強度を、Honda 従来高強度材(GDC)に対し 1.5 倍以上向上することを目標とした。また、ピストンとしての強度信頼性を確保するため、鋳造品質については従来 GDCピストン同等以上の高品質化を目指した。
2.2 達成手法 ピストン材料は Cu、マグネシウム(Mg)などを固溶したAl マトリックス相(α相)、シリコン(Si)、およびNi、Fe、Mnなどから構成される金属間化合物が晶出した複合組織を呈している。高温環境下では応力負荷による亀裂がα 相から生じやすいため、高温強度の向上には晶出物を増量しネットワーク状に微細分散させることが必要と考えられる。図 1に本開発で目指すミクロ組織の模式図を示す。
増量する元素は、微細分散の指標である急冷時の過飽和固溶量、耐熱性の指標であるアルミ中の拡散係数、熱伝導の指標である比抵抗増加率からNiを選定した。図 2に各種製法におけるNi増量時の強度向上効果とミクロ組織比較を示す。GDCではNi増量により晶出物が粗大化し強度向上効果がわずかであ
るのに対し、ダイカストでは微細な晶出物が均一に分散した組織が得られ、強度向上効果が大きい。 以上のことから、ダイカストの急冷効果によるNi増量とダイカストピストンの高品質化を高温強度向上のコンセプトとして開発を行った(図 3)。
2.開発コンセプト
SiAl‑Ni‑ (Cu)系金属間化合物
α相
従来 目標
図1 目標とするミクロ組織の模式図
図 2 各製法における引張強さとミクロ組織に及ぼすNi添加の影響
図 3 開発コンセプト
Al-Ni 系金属間化合物を高温強度に有効に寄与させるには、晶出物の粗大化を抑制し微細分散させる必要がある。したがって、ダイカスト相当の冷却速度においてNi 添加がミクロ組織形態に及ぼす影響
を把握することが重要である。そこで Ni、およびNiと親和性の高いFe、Mnの量を変化させてミクロ組織観察とビッカース硬さ測定を行った。 図4にミクロ組織中の100µm以上の粗大晶出物の
3.ミクロ組織制御
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特集 素形材月間~素形材産業技術賞~
有無とNi、Fe 添加量の関係を示す。4.5mass%Niでは0.5mass%Feまで粗大晶出物が見られず良好なミクロ組織を示したが、Ni 添加量の増加に伴い粗大晶出物が発生するFe添加量限界が低下し、6.0mass%Niでは Fe を0.2mass%まで低下させても粗大晶出物が認められた。これは、Al-Ni共晶点が 5.7mass%Niであることから、6.0mass%Ni以上の領域はAl-Ni系化合物が初晶として晶出し粗大化していると考えられる。一方、Ni 添加量が 5.5mass% 以下の領域では、FeがAl-Ni系晶出物に固溶してAl-(NiFe)系晶出物になることにより粗大化が促進されていると考えられる。晶出物の粗大化は、図 5に見られる局
所的な組織不均一化をもたらし、高強度化に必要な晶出物の微細分散を阻害することが考えられる。以上の結果から、開発材のNi添加量は 5.5mass%以下、Fe添加量は0.4mass%以下に設定した。 MnについてはAl-Fe系、Al -(SiFe)系板状晶の改良効果が知られているため、その効果がAl-(NiFe)系晶出物にも発現することを期待し、Mn/Fe比を変化させてミクロ組織と硬さを確認した。図 6にその結果を示す。期待に反してMn/Fe比の高い方が粗大化を起こし、ビッカース硬さも低下した。Mnの分布を確認するため、粗大晶出物の構成元素を分析した結果、Mnの固溶が認められる晶出物のうちAl-Fe系はMnによる塊状化が認められたが、Al-(NiFe) 系は板状に粗大化していた。したがって、Mnの増加による硬さの低下は、Feを含有する高Ni 添加合金において、MnがAl-(NiFe)系晶出物の板状粗大化を促進して微細分散する晶出物を減少させたためと考えられる。以上の結果から、開発材のMn/Fe 比は0.6 以下と設定した。今回の開発材の材料組成を表 1に示す。
粗大晶出物(≧100μm)発生領域
微細組織が得られる領域
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
4.0 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5
Ni添加量(mass%)
Fe添
加量
(mass%)
図 4 晶出物粗大化に及ぼすNi, Fe添加の影響
: 晶出物粗大化/α相デンドライト化した領域
100μm
100
120
140
160
180
200
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2Mn/Fe比
ビッ
カー
ス硬
さ(HmV)
5.5mass% Ni0.3mass% Fe
粗大晶出物
100μm
表 1 開発材の材料組成(mass%)
Si Cu Ni Mg Fe Mn
開発材 13 4 5 0.8 0.4 ≦ 0.2図 5 晶出物が粗大化したミクロ組織
図 6 ミクロ組織と硬さに及ぼすMn/Fe比の影響
一般的にダイカスト製法は、溶湯射出時の空気の巻込みによって発生する内部鋳巣や、表面酸化膜の巻込みによって発生する介在物欠陥がしばしば問題となる。従来GDCピストンと同等以上の品質を確保するため、本開発では図 7に示す高真空ダイカストシステムを採用した。製品キャビティ部およびスライドコア背面を別系統で減圧し、製品肉厚の大きい
ピストンピン穴部に二次加圧機構を設置している。 また、内部鋳巣に対しては凝固シミュレーション(JSCAST)を用いて二次加圧条件の最適化を行い、介在物欠陥については、最新の酸化濃度シミュレーション(FLOW-3D)を用いて鋳造条件や金型方案の最適化を行った。
4.ダイカストピストンの高品質化
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4.1 内部鋳巣低減 図 8に真空および二次加圧による内部鋳巣の低減効果を示す。真空、二次加圧ともに浸透探傷における内部鋳巣低減が確認された。また、真空と二次加圧を併用した場合の気孔率は0.08%となり、GDCピストンの平均気孔率0.25%以下を達成することができた。真空化と二次加圧の気孔率低減量はそれぞれ-0.34%、-1.1%であり、真空化より二次加圧の方が低減効果は大きい。これはダイカストにおいても凝固収縮を補う必要性を示唆しており、高品質化には二次加圧条件の最適化が重要と言える。
図 9に凝固シミュレーションを用いて二次加圧条件を最適化した例を示す。ピストンは製品肉厚変化が比較的大きいため、内部鋳巣を有効的に低減するためには二次加圧を早めに作動させ、ピン穴部からの加圧をピストン全体に効かせる必要がある。しかしながら、通常二次加圧ピンを作動する圧力は鋳造圧力より高いため、ゲートの凝固が進行していないタイミングで二次加圧を作動させるとゲートから溶湯が逆流し、ピストン自体の凝固収縮を有効に補え
ない。一方、二次加圧の作動タイミングが遅いとピストン自体の凝固収縮が進行し、既に凝固した部分の収縮を補えない。したがって、二次加圧条件はゲートとピストンの凝固収縮速度(固相率に比例)と二次加圧ピンの押込み体積速度によって最適化することが重要である。図 9の結果は、気孔率計算値と実測値がよい相関を示しており、上記の考え方は二次加圧条件設定において有効であると言える。
4.2 介在物欠陥低減 本開発では、溶湯の大気接触時間に比例して酸化濃度分布を与えることが可能な湯流れシミュレーションを用い、ダイカスト工程で発生する酸化溶湯が製品キャビティ内にどのように分布するか計算し、その結果から鋳造条件や金型方案を最適化した。図10にダイカスト各工程での酸化濃度解析例を示す。今回はコールドチャンバ方式のダイカストを採用しており、手許炉の溶湯をラドルで汲みプランジャスリーブへ給湯する工程をとる。手許炉、ラドル内、プランジャスリーブ内の溶湯表面はそれぞれ大気接触により酸化するため、時間と共に酸化濃度
図 9 二次加圧条件の最適化
キャビティ用真空タンク
二次加圧コントローラ
プランジャスリーブ
ピストンキャビティ
摺動中子
摺動中子用真空タンク
真空バルブコントローラ
二次加圧ピン
図 7 ダイカストシステム
0.0
0.3
0.6
0.9
1.2
1.5
1.8
普通ダイカスト 真空ダイカスト 真空+二次加圧
ダイカスト
気孔
率(%)
GDCピストンの平均値
加圧
(‑0.34)
(‑1.1)
図 8 真空及び二次加圧による内部鋳巣低減効果
-0.2
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0
二次加圧開始時間 (sec)
気孔
率 (
%)
実線: 計算値プロット: 実測値
図10 注湯~射出工程における溶湯酸化濃度解析
手許炉での酸化
ラドル内での酸化
スリーブ内での酸化
射出後の酸化溶湯分布
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特集 素形材月間~素形材産業技術賞~
が高くなった溶湯がラドルやプランジャスリーブを経て製品キャビティに混入することになる。図11は製品キャビティ部の解析結果を示している。ラドル動作条件(待機時間など)により、製品キャビティ内の酸化濃度分布が変化し、オーバーフロー部に酸化濃度の高い溶湯を流し出すことができる場合と、ピストン部に混入してしまう場合があることがわかる。以上のような最新鋳造シミュレーションを活用して鋳造条件や金型方案を最適化したことで、ダイカストピストンの高品質化を達成できた。
5.1 高温強度 開発材(ダイカスト)と従来材(GDC)の高温疲労強度の試験結果を図12に示す。473~573Kにおいて従来材に対し1.5倍以上の疲労強度を達成することができた。
5.2 摩耗特性 ピストンリングによる叩かれ摩耗試験の結果を図13に示す。523Kでの摩耗量は従来材に対し 1/6 となり、耐摩耗性向上効果が得られた。これは、Ni増
図11 ラドル動作条件違いによるピストン酸化濃度分析
CBA
高い許容低いピストンキャビティ酸化濃度
酸化濃度分布
ラドル動作条件
量によりα相の面積率が従来材に対し低減するためと考えられる。
5.3 靭性・物性 切欠き疲労強度、ヤング率、熱膨張率、熱伝導度の試験結果を図14に示す。切欠き疲労強度は、従来材に対し1.2倍と平滑試験片に比べ強度向上率は低減するものの、必要な靭性を確保できた。ヤング率は16%向上、熱膨張率は 6 %低減の効果が得られた。Ni は従来からこれらの特性改善効果が高いことが知られており、本開発材においてもNi増量による効果が得られたと考えられる。熱伝導度については、従来材に対し11%低下となったが、実機エンジンでのノッキング特性に悪化が見られなかったことから、ピストンへ適用可能な特性を有すると考えられる。
5.材料特性
0
20
40
60
80
100
120
450 500 550 600
温度(K)
108 引圧
疲労
強度
(MPa)
従来材(GDC)
開発材(ダイカスト)
1.5倍
1.5倍
1.8倍
図12 高温疲労強度
図13 ピストンリング叩かれ摩耗特性 図14 その他の材料特性
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本開発ピストンは、材料特性に合わせたピストン形状最適化によってエンジン単体でのフリクション4.4%低減、エンジン単体での台上燃費2.2%向上の
効果が得られた(図15)。また、ダイカスト化による鋳造サイクルタイムは従来GDC製法の約1/3となり、鋳造時CO2 においても約65%低減した(図16)。
図15 エンジンフリクション(Psf)と燃料消費率(BSFC)
6.適用事例と効果
図16 鋳造サイクルタイムと鋳造時CO2比較
図17 開発技術まとめ
冷却速度の速いダイカスト製法の採用、その急冷効果を利用した高ニッケル含有新アルミ合金開発、および高真空ダイカストシステムと最新鋳造シミュレーションを用いた高品質化により、従来比1.5倍の高強度ピストンを1/3の鋳造サイクルタイムで製造する技術の実用化に成功した。図17に本開発技術のまとめを示す。 今後ますます省燃費のニーズが高まる中で、このダイカストの急冷効果を利用した高強度化は、コストと機能を高次元でバランスさせた独創的な技術であり、次世代のピストン材料 /製造技術を担うものと期待している。 最後に、素形材産業技術賞受賞にあたり本開発にご協力いただいた方々、ならびに多くの有益な機会を頂きました各位に深く感謝いたします。
7.まとめ