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第3章 PET の基本原理
3-1 PET の概要
3-1-1 生体機能画像診断装置:PET PET は図 1-1 に示すとおり、その外観は X 線 CT や MRI(Magnetic Resonance Imaging)とい
った他の医用画像診断装置と似ているが、X 線 CT や MRI が主に形態画像、つまり人体の
臓器の形状を画像として提供するのに対して、PET は神経伝達物質の受容体分布、ブドウ
糖消費量、局所血流量、酸素消費量等の生理学的機能情報を定量的に画像として与える。
これらの情報を医療診断に用いることによって、脳の高次機能の解明、癌の早期発見が可
能となり、更には筋肉の糖代謝画像によるスポーツ医学も期待されている。図 3-1 は PET
によりヒトの脳内の受容体分布を画像化したものである[1]。ヒスタミン H1 受容体、ドーパ
ミンD2受容体を測定するには、それぞれ 11C-doxepin、11C-racloprideという薬剤を投与する。
これらの薬剤はそれぞれの受容体に特異的に結合し、それらの集積を PET により測定する。
ヒスタミン H1 受容体は大脳皮質にほぼ一様に分布しているのに対して、ドーパミン D2 受
容体は線条体に局所的に分布していることがわかる。図 3-2 はブドウ糖を標識した薬剤を投
与したときの PET 画像例である。左側は癌患者を安静時に測定した時に得られた画像であ
る。脳や臓器での代謝に加えて、局所的に癌細胞の糖代謝画像が見られる。中央と右側は
ハンディ 0 の選手と初心者がゴルフを行ったときの筋肉の糖代謝画像である。ゴルフは一
見筋肉をそれほど使わないように思われがちなスポーツであるが、この二人の画像から、
初心者に比べてハンディ 0 の選手は筋肉を使っていることが分かり、スポーツ技術のレベ
ルアップにも貢献できる情報が得られている。
ドーパミンD2受容体ヒスタミンH1受容体 ドーパミンD2受容体ヒスタミンH1受容体
図 3-1 PET を用いた受容体イメージング
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図 3-2 PET の臨床利用例(資料提供:東北大学 CYRIC 核医学研究部)
左:癌の糖代謝画像、中、右:ゴルフと筋活動(中:ハンディ 0、右:初心者)
3-1-2 測定の原理 体内で放射性薬剤から放出された陽電子は、周りの電子と衝突を繰り返して運動エネル
ギーを連続して失う。その飛程(表 3-1 参照)の終端に近くなると、陽電子は回りの電子と結
合して対消滅を起こすと同時に、全質量エネルギーに等しい消滅光子を 180 度方向に 2 個
放出する。PET ではこれらの消滅光子を図 3-3 の様に対向する検出器対で同時計数測定す
ることによってこの検出器対を結ぶ線上のどこかで電子-陽電子消滅が起きた、つまりは薬
剤分布があったというデータを取得している。
表 3-1 PET に用いられる主な陽電子放出核種と生成反応
核種 半減期
[min]
壊変
形式
β+最大エ
ネルギー
[MeV]
水 中 最
大 飛 程
[mm]
主な生成反応
しきい
エネルギー
[MeV] 11C 13N 15O 18F
68Ga
20.39
9.965
1.037
109.8
68.10
β+
β+
β+
β+
β+,EC
0.961
1.20
1.72
0.634
1.90
4.18
5.40
8.19
2.42
9.32
14N(p,α)11C 16O(p,α)13N
14N(d,n)15O,15N(p,n)15O 18O(p,n)18F,20Ne(d,α)18F
68Ge[271d,EC]-> 68Ga
3.1
5.5
0,
2.6, 0
-
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検出器 検出器
L1 L2
L
同時計数回路
γ線 γ線
図 3-3 同時計数の原理
実際には検出器は図 3-4 のようにリング状に並べられており、それぞれ角度毎の投影デ
ータとし、これらを画像再構成することによって薬剤の濃度分布画像を得ている。光子の
体内での吸収を補正するために、被験者はエミッション測定の他に薬剤を投与していない
状態で外部線源を用いてトランスミッション測定を行っている。ここで図 3-3 において、2
本の消滅光子が体外に出る確率 p は、消滅光子の飛行路に沿った減弱係数を ( )lµ とすると、
( ) ( )
−
−= ∫∫
21
00expexp
LLdlldllp µµ
( )
−= ∫
Ldll
0exp µ (3-1)
で与えられることから、ある同時計数線上での減弱率が消滅位置には依存しないことが分
かる。つまり線源が体外にあったとしても、ある同時計数線上での減弱率は同じであるか
ら、この測定によって吸収を補正することができる。
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図 3-4 PET の投影データ
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3-1-3 2 次元データ収集型 PET 図 3-4 のような 1 検出器リングからなる PET では、取得可能な画像はリング面内だけで
ある。体内での薬剤の 3 次元分布を 1 回のスキャンで取得したいといった臨床側の背景か
ら、リングを多断層に積み重ねた多断層 PET(図 3-5 左)が開発された。これは検出器リング
間にセプタあるいはスライスシールド(以下セプタで統一)と呼ばれる鉛の遮蔽板を設け、同
じリング内あるいは隣り合うリング間での同時計数をデータとしている (このデータ収集
を 2 次元データ収集と呼び、前者の断層をダイレクトスライス、後者の断層像をクロスス
ライスと呼ぶ) 。それぞれの投影データはスライス毎に 2 次元画像再構成され、それを積み
重ねることで 3 次元分布像を得ている。
BGO
BGO
BGO
BGO
2次元PET 3次元PET
図 3-5 2 次元 PET と 3 次元 PET
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3-1-4 3 次元データ収集型 PET ところが消滅光子が等方的に発生することを考えると、2 次元データ収集ではそれらのご
く一部しか検出できていないことになる。そこで、現在はリング間を遮っていたセプタを
取り除いてこれらの消滅光子を 3 次元的に測定する 3 次元データ収集型 PET(3 次元 PET、
図 3-5 右)が主流となっている。ところが 3 次元 PET はデータ量が非常に膨大にであるため、
通常のワークステーションで 3 次元画像再構成を行うには、数時間もの処理時間を必要と
してしまう。そこで、東北大学では光ネットワーク SuperTAINS を介してスーパーコンピュ
ータで計算を行い、1 フレーム 63 枚(距離にして体軸方向 20cm)の画像をわずか 1 分程度で
画像を得ることを可能にした[2]。
3 次元 PET は多断層 PET に比べて非常に感度が高いため、少ない薬剤投与量かつ短時間
でも、十分なエミッションデータを得ることができる。従って医者や患者の被曝が低減さ
れ、放射線に対する抵抗力の弱い女性や子供の診断も可能にしている。また比較的半減期
の長い 18F で標識した薬剤であれば、薬剤を生成するサイクロトロンから遠く離れた地域で
も診断が可能となるため、病院側は PET 装置を設置するだけで PET 診断が可能となる。
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3-1-5 3 次元 PET の現状 <再構成所要時間の問題>
3 次元画像再構成に莫大な時間を要することは、スーパーコンピュータを持たない研究機
関において解決すべき問題である。そのような研究機関では通常のワークステーションで
も比較的短時間で画像を得るために、3 次元収集したデータを 2 次元データに振り分けて 2
次元画像再構成する方法が研究なされている。フーリエリビニング法などのリビニングと
呼ばれるものである[3]。
<散乱補正の問題>
3 次元 PET はセプタを取り除くことによって高感度化が実現したのだが、同時に被写体
内で散乱されたγ線が同時計数される散乱同時計数の割合も従来の多断層型 PET に比べて
大幅に増大した。この散乱成分によって画像の定量性が損なわれてしまうため、この寄与
を取り除くためのアプローチも活発に行われている[4]。
<吸収補正の問題>
この一方で、3 次元 PET 定量性の高い画像を得るために不可欠である吸収補正において
も課題が残された。3 次元 PET においても、トランスミッション測定は通常は 2 次元デー
タ収集モードで行われている(4 章)。これは以下のような理由による。
3 次元データ収集は非常に高感度であるため、通常トランスミッション測定に用いる外
部線源では強すぎて、dead time の割合が多くなってしまう。
dead time を小さくするために弱い線源を用いると、測定時間が長くなってしまう。
3 次元データ収集では、トランスミッションデータにも散乱線が混入してしまう。
しかし統計の良いトランスミッションデータを 2 次元データ収集によって得るためには、
その感度の低さのために長時間の測定が必要となるが、吸収補正のために患者の拘束時間
を伸ばすのは望ましくない。そこで短時間トランスミッションデータからでも精度の高い
吸収補正を行う手法の開発が進められている[5]。
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3-2 PET のデータ収集
PET が測定するのはγ線である。本章では 3 次元 PET、SET-2400W (島津製作所製)のデー
タ収集系に従って、γ線検出から同時計数線上でのデータとするまでの過程を説明する。
装置の外観は図 1-1 で、内部の様子は図 3-6 ある。
3-2-1 ガントリー部 ガントリー内には直径 850mm の円周上に、検出器ユニットが一周 112 個配置されており、
断面内での有効視野は最大 595mm である。これは被写体のサイズに合わせて 512mm、
256mm に変えることができる。体軸方向にはこの検出器ユニットは 4 個配置されており、
有効視野は 200mm となっている。この 200mm の視野幅によって、脳や心臓などの臓器を
通常一回でカバーすることができる。セプタを機械的に出し入れすることによって、2 次元
データ収集モード(図 3-15)と 3 次元データ収集モード(図 3-16)に切り替えることがで
きる。
図 3-6 ガントリー内部
A) シンチレーション検出器 PET の検出器には、511keVγ線に対して高感度であること、同時計数計測を行うため時
間応答の速いことが要求される。現在のところ、これらの要求を満たすものとして、無機
シンチレーション検出器が用いられている。PET に用いられている主なシンチレータを表
3-2 に示す。
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表 3-2 PET 用検出器に用いられる主なシンチレータの特性[6, 7]
シンチレータ NaI(Tl)BGO
Bi4Ge3O12CsF BaF2
LSO Lu2SiO5(Ce)
原子番号 11,53 82,32,8 55,9 56,9 71,14,8 密度[g/cm3] 3.67 7.13 4.61 4.88 7.4
最大放出波長[nm] 410 480 390 220,300 蛍光減衰時間[nsec] 250 300 5 0.7,620 40
屈折率 1.85 2.15 1.48 1.56 1.82 相対発光量 100 15 5 8,32 60~70
時間分解能[nsec] 1 3 0.4 0.3 1 エネルギー分解能
[%] 8 18 25 13 15.2
潮解性 あり なし あり なし なし
B) 無機シンチレータ[8] 無機シンチレータ内の電子は通常価電子帯に束縛されているが、入射放射線から十分な
エネルギーを受け取ると伝導帯に上がることができ、格子のどこへでも動くことが出来る
(図 3-7)。このとき価電子帯に残された正孔も移動可能になる。価電子帯と伝導帯の間のエ
ネルギー状態は存在し得ないため、禁制帯と呼ばれる。ところが電子が伝導帯にあがりき
れなかった場合は、電子は価電子帯の正孔に電気的に縛られたままになる。このときの電
子は、価電子帯よりは高い状態ではあるが伝導帯よりは低い準位に励起されていることに
なる。このときの電子正孔対を励起子と呼ぶ。したがって励起子帯はその上の準位が伝導
帯の下の準位と合致した狭い幅の帯となる。
励起子帯以外にも結晶の不完全性または不純物に起因して禁制帯中にエネルギー状態が
作られる。光子を吸収した結果あるいは励起子の捕獲または電子と正孔の連続捕獲の結果、
NaI(Tl)のなかの Tl などの活性化物質原子はその励起状態の一つ上に上がる。励起状態の活
性化物質が再び元の基底状態に戻る際に 10-8sec 程度の時間内に光子を放出する。この光子
が可視光である場合はシンチーレーションに寄与する。この発光は主に不純物として加え
られた活性化物質の原子の遷移がもたらすものであり、結晶を形成する原子の遷移による
ものではない。しかし BGO 結晶には活性化物質を加える必要がなく、Bi3+が光学的遷移を
伴っている[9]。
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伝導帯(通常空)
励起子帯
価電子帯(通常満たされている)
禁制帯
正孔
電子
励起子
活性化中心の励起状態
活性化中心の基底状態
エネルギー
図 3-7 結晶のエネルギー帯構造
従来 PET検出器には、511keVγ線に対して高い感度を有するNaI(Tl)が用いられていたが、
NaI(Tl)よりも検出効率が 3倍ほど高く、潮解性がないBGOが用いられるようになった。BGO
は結晶を小さくしても感度の低下が少ないため、寸法の小さい結晶を用いて PET 画像の空
間分解能を向上させることができる。一方、近年次世代 PET 用のシンチレータとして、LSO
の有用性が報告され始めた。LSO は、BGO と比較して発光減衰時間は約 7.5 分の 1 で、相
対発光量は約 3.5~4.5 倍と大きく、半導体光センサーとの組み合わせに有利である[10]。
SET-2400W では BGO が用いられている。
C) 光電子増倍管(Photo multiplier) シンチレーション光はきわめて微弱であるため、これを電気信号とするために光電子増倍
管が用いられている。光電子増倍管はシンチレータからのわずかな可視光を光電子に変え、
それを 10–9sec 以内に 106倍以上にも増幅して大きな電気信号を出力する高速増幅器である。
光電子増倍管に入射した可視光は、光電陰極で光電効果を起こして光電子を発生させる。
発生する光電子数は入射光子数に対して 20~30%である。光電陰極からの電子は正の電位
をもつ第一ダイノードに導かれ、ダイノード電極面に衝突し二次電子を放出する。通常用
いられるダイノード間電圧 200V~300V の場合、電子数の増倍率は 4~6 倍である。これら
の二次電子は第二ダイノードに、続いて同様に第三ダイノードに、と増幅を繰り返しなが
ら導かれる。通常ダイノード数は 10 段程度であって、従って最終的に 510=107 程度の増倍を
得ることが出来、これをアノード信号として取り出す。
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V1 V3
V2 V4
V5
ダイノード
ダイノード
シンチレータ
光電陰極
入射放射線
アノード信号
図 3-8 光電子増倍管の内部構造
SET-2400W に用いられているのは 2 回路内蔵型光電子増倍管(浜松ホトニクス製、R1548)
であり、1 本で 2 本分と扱うことができるものである。概観、仕様はそれぞれ図 3-9、表 3-3
のようになっている。
図 3-9 2 回路内蔵型光電子増倍管 R1548
表 3-3 R1548 の仕様
parameter Value 最大感度波長 420[nm]ダイノード段数 10
印加電圧 1750[V]
増倍率 2.5×106
アノード立ち上がり時間 1.8[ns] 電子通過時間 20[ns]
時間応答
通過で広がる時間幅 1.0[ns] 511[keV]γ線に対するエネルギー分解能(BGO 結晶) 20[%]
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D) 検出器ユニット[11] SET-2400W の検出器ユニットは BGO ブロック、ライトガイド、2 本の 2 回路内蔵光電子
増倍管から構成される(図 3-10)。BGO ブロックはリング円周方向に 6 列、体軸方向に 8 列
の、合計 48 個の BGO 結晶から構成される。この 48 個の結晶のどこに入射したかを後段の
位置演算プロセッサで決定することができる。シンチレータのライトガイド以外との接合
面以外の表面には、図 3-11 のように反射材として BaSO4が厚さ約 0.15mm になるように塗
布されている。但し中央部の BGO 間の接合面には反射材が一部のみ塗布されている。γ線
が BGO に入射すると、シンチレーション発光する。発光光子は BGO 内で乱反射を繰り返
し、ライトガイドの方向へ導かれる。但し発光光子は反射材の塗られていないところでは
近隣の BGO 結晶にも広がっていく。広がった発光光子はライトガイドに導かれ、ライトガ
イドは発光光子を光電子増倍管に分配する。ライトガイドは光電面に平均的に光を分配す
る役割をしている。BGO とライトガイド、ライトガイドと光電子増倍管の光学結合にはシ
リコーンゴムを用いている。
図 3-10 SET-2400W の検出器ユニット
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PMT
A
PMT
C
PMT
A
PMT
B
X
Y 1
1
PMT
A
PMT
D
PMT
C
PMT
B
0
BGO結晶
光子
反射材
3.8mm
6.25mm
ライトガイド
図 3-11 検出器ユニットの幾何学的構造
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3-2-2 位置演算プロセッサ 位置のコーディングは位置演算プロセッサ内(図 3-12)で行われる。1 検出器ユニットの 4
つの光電子増倍管からの出力を A,B,C,D で表すとすると、次式によってγ線が入射した結
晶の位置座標を得ることができる。BGO の位置に対して出力 X,Y が直線の応答をするよう
に反射材は塗布されている。
DCBACAX+++
+=
DCBABAY+++
+=
PMT A
PMT B
PMT C
PMT D
AMP
AMP
AMP
AMP
A+B
A+C
A+B+C+D
Y A/D
X A/D
POS
LUT
ENERGY
LUT
MULTIPLY
WINDOW
POSITION
STROBE
図 3-12 位置演算プロセッサのブロック図
光電子増倍管からの信号はアンプで増幅された後、アナログ的に A+B、A+C 及び
A+B+C+D を計算する。A/D コンバータを比演算回路として用いており、信号入力に A+B、
A+C を、レファレンス入力に A+B+C+D が入力され、デジタル値 X、Y が出力されるよう
になっている。この演算結果は位置のルックアップテーブル(POS LUT)によって光電面の不
均一性や組み立て誤差により生ずる空間歪みが補正され、位置信号(POSITION)となる。同
時にこの位置信号に対応したエネルギ―の補正係数をエネルギールックアップテーブル
(ENERGY LUT)から読み出し、エネルギー和に掛け合わされる(MULTIPLY)ことによって、
どの結晶に入射したときもエネルギー和が等しくなるようにエネルギー補正がされる。補
正されたエネルギー信号はエネルギーウィンドウ(WINDOW)により一定の波高値の範囲
(270keV~)の事象のみ後段にストローブ信号(STROBE)を送る。ストローブ信号は同時計数
のための時間情報を正確に検出するタイミング回路により作成される。
タイミング信号はリーディングエッジ回路を用いて取得している。これは波高弁別器を
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使用しており、あるしきい電圧 V を設定すると、そのしきい電圧とパルスが交差した点か
らタイミングを測定する。この方式で得られるタイミング信号はジッタやウォークとよば
れる因子によって不確定性が含まれる(図 3-13)[8]。
V V
t t
ジッタによる不確定性 ウォークによる不確定性
図 3-13 リーディング・エッジ法によるタイミング信号の不確定性
同時計数測定するにあたって、これらの不確定性は誤差の原因となるが、しきい電圧 V
を低く設定することでこれらの不確定性の寄与を小さくしている。低エネルギーの信号に
は雑音が含まれる可能性があるが、エネルギー弁別を別の回路で行っているので、この効
果は除去される。
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3-2-3 コインシデンスプロセッサ[12] 位置演算プロセッサからの出力は円周方向に 14 グループ(1 グループ 32 ユニット)にまと
められ、コインシデンスプロセッサに導かれる。コインシデンスプロセッサでは 1 つのグ
ループは対向する 9 個のグループと同時計数を計測する(図 3-14)。同時計数回路は 9(グル
ープ)×7(角度方向)の 63 個である。このコインシデンスのグループは有効視野 595mm を余
裕もってカバーしている。有効視野外の同時計数イベントは後段のデータ収集系において
収集メモリに蓄えられるが、読み出す段階で排除され、データとしては残らない。同時計
数の時間窓は 15[ns]に設定されている。BGOの場合は発光量が少なく減衰時間が長いため、
時間窓は余り短く出来ず通常 10~20[ns]に設定される。同時計数回路は一方の信号から時間
窓の幅のパルスを発生し、対向するグループからのタイミング信号がこのパルス内に発生
すれば同時計数としている。同時計数線は 2 次元収集モードのときは図 3-15 のように体軸
方向の束ねを行うことで、BGO 結晶の小型化による感度の低下を補っている。ダイレクト
スライスについては 5 本、クロススライスについては 6 本の束ねを行っている。3 次元収集
モードでは可能な全ての検出器対で同時計数を行っている(図 3-16)。また、それぞれの収
集モードに関する、体軸方向の検出効率の分布を図 3-17 に示す。
最大有効視野= 595mm
検出器間距離= 850mm
1
2
4
3
6
5
7 8
9
10
11
12
13
14
図 3-14 有効視野と同時計数グループの関係
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図 3-15 2 次元データ収集モード時の体軸方向の束ね
図 3-16 3 次元データ収集モード時の同時計数線
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0
5
10
15
20
25
30
35
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65
slice number
Rela
tive
Sensi
tivi
ty
2次元データ収集時 3次元データ収集時
図 3-17 体軸方向の検出効率分布
3-2-4 データ収集系 コインシデンスプロセッサからの出力は Table Memory 内で位置座標、角度に対応付けて
アドレス変換され、Event Memory 内の収集メモリに送られる。1 枚の Event Memory は
128Mbyte の容量を持つ 2 個の収集メモリから構成される。これらは独立してデータ収集を
行うことができるため、マルチ収集が可能である。この Event Memory は最大 4 枚まで増設
が可能で、東北大学 CYRIC のシステムにも 4 枚備えられている。Event Memory では Table
Memory から送られてくるアドレス信号とスライス信号をもとに、スライスごとに計算され
た補正係数が演算される。PET CONT.はデータ収集系の中心的存在であり、Table Memory、
Event Memory、及びガントリーの制御を行っている。データ収集直後には 1 スライスあた
り 347(r 方向)×175(θ方向)のデータとして Event Memory に蓄えられる。データ収集が終了
すると、ホストコンピュータ TITAN2(クボタ製)に転送され、それ以降の画像再構成などの
処理は自動的に行われるが、操作員の命令によって実行しなおすこともできる。偶発同時
計数の補正はコインシデンスプロセッサ内に遅延同時計数回路を用いて、遅延していない
同時計数から遅延同時計数を差し引くことで行っている。また dead time の補正は計数値に
対する補正係数テーブルを予め用意しておき、計数率に応じてその補正係数をかけること
により行う。両者とも Event Memory 内でリアルタイムに行うことができる。
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ホストコンピュータ VMEアダプタ
コインシデンス
プロセッサ
位置演算
プロセッサ
Table
Memory
PET
CONT. Event
Memory
VMEバス
検出器
ガントリ
図 3-18 データ収集系のブロックダイアグラム
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3-3 画像再構成
本節では PET で収集されたデータから画像再構成する過程とその数学的手法を説明する。
3-3-1 収集データ 前節で説明した手法によって、同時計数のデータが取得される。収集されるデータには
以下のものがある (図 3-19) 。それぞれの説明は、データ名、測定モード、データを示す
記号の順に示した。
薬剤を投与した被写体 薬剤を投与していない被写体 検出器リング
線状線源 68Ge/68Ga
エミッションデータ トランスミッションデータ ノーマライズ・ブランクデータ
図 3-19 PET の収集データ
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A) エミッションデータ(2D,3D)E
投与した薬剤から放出された消滅γ線が、被写体内で減弱を受けずに同時計数されたデ
ータであり、被験者にトレーサを投与した後に測定する、最も基本となるデータである。
血流量などの時間変化を測定する場合は 30 秒から 1 分程度の短時間測定となり、糖代謝な
どを測定する場合は 3 分から 5 分程度であることが多い。
B) トランスミッションデータ(2D)T
被験者にトレーサを投与しない状態で、被験者の周りで線状線源を等速で回転させ、消
滅光子の一方が被写体を透過したときに同時計数されたデータであり、ブランクデータと
の比からその同時計数線上での減弱率を得ることができる。またこのデータを 2 次元画像
再構成することで 511keVγ線に対する被写体内の線吸収係数の分布像(吸収係数マップ)を
得ることができる。
C) ノーマライズデータ(2D,3D)N
ガントリー内に被写体を置かない状態で線状線源を等速で回転させ、同時計数されたデ
ータであり、検出器感度のばらつきを補正するのに用いられる。定期的(一週間毎)に取
得され、その週に測定されたエミッションデータの補正に用いられる。2D データ収集は同
時計数の最大値が 10000 カウント程度になるように測定時間を決定している。3D データ収
集はその 10 分の 1 程度の測定時間で行う。測定は臨床が重ならない夜間などを利用して行
われる。
D) ブランクデータ(2D)B
ノーマライズデータと同様に測定するデータであり、ノーマライズデータから作成する
こともできる。
トランスミッションデータ、ブランクデータは、散乱線や視野外からの放射線の影響を
少なくするために、ある指定したアドレスのデータを取り込まないマスクデータ収集を行
っている。これは回転する線源の位置と対向する検出器以外からの同時計数を、電気的な
マスクをかけることによって取り込まない方法である(図 3-20)。
図 3-20 の下に示したような、横軸にr方向、縦軸にθ方向として並べた投影データの集
まりを、シノグラムという。
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r0
r
r
θ0
θ1
θ0
θ2
θ1
θ2
r0
r1
r1 r2
r2
マスク領域
(カウントしない)
カウント領域
r
θ方
向
r方向
線状線源
図 3-20 トランスミッション、ブランク測定のマスク収集
全てのデータは 16bit の符号付整数で取得されるため、-32768~32767 の範囲内に収まる
イベントでなければならない。ここでカウント数が負の値まで用意されているのは、計数
率が極めて低い場合、偶発同時計数の除去が引き算で行われているために、負値をとりう
るからである。
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3-3-2 データの前処理 検出器感度の補正
ノーマライズデータ N はまず全ての計数値を加算し、平均の計数値を求める。このとき
ある投影方向について考えると、等速で動いている線状線源の回転軌跡から検出器対を見
込む時間は検出器対の位置によって異なってくる(図 3-21)。つまり、線状線源から検出器
対に入射する消滅γ線の数が異なっているため、まずこの効果を補正してから平均値 aveNを求めている。そして全ての同時計数値がその平均値になるように感度補正係数 D が計算
される。ノーマライズデータは統計よく収集することができるので、この方法によって精
度の高い感度補正を行うことができる。
NN
D ave=
検出器対によって
線源が見込む角度
は異なる。
図 3-21 ノーマライズ測定の補正
被写体による減弱に対する補正(吸収補正)
2 次元エミッションデータの吸収補正においては、トランスミッションデータT とブラン
クデータ B の比から減弱率BT
を求め、その逆数を吸収補正係数TBAcf D =2 として、エミッ
ションデータに掛け合わせている。この段階でBT
が 0 にならないように、そのシノグラム
に対して 5×5 の線形スムージングが行われる。またT と B は通常測定時間が異なるため、
それぞれの測定時間内に線状線源から放出された光子数も異なる。そこでT と B の被写体
を含まない領域での ROI(Region of Interset:関心領域の略)の比を重み付けした上で計算して
いる。
3 次元エミッションデータの吸収補正の場合は、2 次元収集されたT 及び B をそのまま使
うことが出来ない。そこで図 3-22 のように計算によって 3 次元データ収集用の吸収補正デ
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ータを得ている。まず、2 次元断面内の吸収係数分布 ( )yx,µ の投影が ( )TBdsyx ln, =∫
∞+
∞−µ で
与えられることから吸収係数のマップを画像再構成し、3 次元吸収係数マップ ( )zyx ,,µ を
得る。これを 3 次元データ収集モードの同時計数線にフォワード・プロジェクションするこ
とによって、吸収補正係数 ( ){ }∫+∞
∞−= dtzyxAcf D ,,exp3 µ を求めている。
検出器
検出器
被写体
線状線源
セプタ
の2次元画像再構成
( )TBdsyx ln, =∫
∞+
∞−µ
( )yx,µ
( ){ }∫+∞
∞−= dtzyxAcf D ,,exp3 µ
3次元吸収係数マップ ( )zyx ,,µ
フォワード・プロジェクション
z
t
図 3-22 3 次元 PET の吸収補正係数の計算
これらの補正によって真の投影 P は、 AcfDEP ××=
で表すことができる。
こうして得られた投影データであるが、ある角度への投影方向を考えるとr方向に対して
不均一なサンプリングになっている。そこでこの投影データをリサンプリング(等間隔化)
して、サンプリング間隔を整えることで、再構成可能なシノグラムとしている(図 3-23)。
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不均一サンプリング
均一サンプリング
図 3-23 等間隔化
SET-2400W の仕様を表 3-4 に示す。
表 3-4 SET-2400W の性能[13]
検出器結晶 BGO
検出器リング数 32
検出器数[個/ring] 672
検出器サイズ[mm] 3.8×6.25×30.0
有効視野[mm]
横断面方向
体軸方向
595
200
空間分解能[mm] tangential:3.9(6.3*[14]),radial:4.0(6.4*[14])
軸分解能[mm] Direct,cross:4.5
感度[kcps/μCi/ml] 3.9(2D),52.0(3D)
エネルギー弁別[keV]
低エネルギー領域
高エネルギー領域
270~
設定していない
時間窓[nsec] 15(8~25 可変)
*臨床画像再構成条件時(2DFBP, Butterworse+ramp filter, order 2, cutoff 8mm)
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3-3-3 2 次元逆投影法[15, 16, 17, 18]
断面内の分布を ),( yxf 、そのθ 方向への投影を ),( θrp とすると、投影は分布の線積分
で表される。
dsyxfrp ∫+∞
∞−= ),(),( θ 3-1
r
s
x
y
θ
r
( )θ,rp
( )yxf ,
図 3-24 断面と投影
フーリエ変換法
),( yxf を 2 次元フーリエ変換すると、
( ){ }dxdyyxjyxfF ∫ ∫+∞
∞−+−= βαπβα 2exp),(),( 3-2
となる。ここで
−
=
yx
sr
θθ
θθ
cossin
sincos
3-3
であるから、 drdsdxdy = を考慮して変数変換すると、
( ){ }dryxjdsyxfF βαπβα +−
= ∫ ∫
+∞
∞−
+∞
∞−2exp),(),(
( ){ }∫+∞
∞−+−= dryxjrp βαπθ 2exp),( 3-4
となる。ここで、極座標変換( θρβθρα sin,cos == )をすると、
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{ }drrjrpF ∫+∞
∞−−= ρπθθρθρ 2exp),()sin,cos( 3-5
となる。式 4-5 を投影切断面定理といい、θ方向の投影 ),( θrp の r に関するフーリエ変換
で得られる分布は、 ),( yxf の 2 次元フーリエ変換で得られる分布をθ 方向で切断した断面
に等しくなるということをあらわしている。これをフーリエ逆変換すれば求める分布
),( yxf が求まる。
( ){ } βαβαπβαπ
ddyxjFyxf ∫ ∫∞
+=2
0 02exp),(),(
3-6
θρρβα dddd = であるから、
( ){ } ddyxjFyxf ρρθθρπθρθρπ
∫ ∫+∞
+=2
0 0sincos2exp)sin,cos(),(
( ){ } θρρθθρπθρθρπ
ddyxjF∫ ∫ +=∞
0 0sincos2exp)sin,cos(
3-7
ここで、 ρ をフーリエ空間でのフィルタ処理として捉えている。
重畳積分法
フーリエ変換法ではフィルタ処理をフーリエ空間で行ったが、 ρ の逆フーリエ変換によ
って実空間でのフィルタ関数を求めることで、これと等価な操作を実空間で行うことがで
きる。実空間でのフィルタ関数を )(rh とすると、
{ } ρρπρ drjrh 2exp)( ∫ ∫+∞
∞−= 3-8
実空間でのフィルタ処理は、 ),( θrp と )(rh の重畳積分によって表わされるので、求める分
布 ),( yxf は
∫ ∫ ′′−′=−
πθθ
0)(),(),( max
max
drdrrhrpyxfr
r 3-9
となる。
ここで実空間、フーリエ空間でのフィルタ処理の意味を説明する。得られた投影データ
),( θrp をそのまま逆投影すると、再構成像 ),( yxb は本来の分布 ),( yxf に対して、点広が
り関数1
22
1),(yx
yxpsf+
= を作用させたものと等価な”ぼけ”たものになってしまう。
1 point spread function の略である。
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∫ ∫ ′′′−′−′′=+∞
∞−ydxdyyxxpsfyxfyxb ),(),(),( 3-10
実空間においてのフィルタ処理は、この”ぼけ”を取り除く役割を果たしている。ここで、
),( yxpsf の 2 次元フーリエ変換は、
( ){ }dxdyyxjyxpsfPSF ∫ ∫∞
∞−+−= βαπβα 2exp),(),(
22
1βα +
=
ρ1
= 3-11
となる。 ρ はフーリエ空間における原点からの距離の絶対値を表しており、フーリエ空間
におけるフィルタ処理は、 )sin,cos( θρθρF の標本密度が ρ に比例して低くなっている
ことを補う役割を果たしている。つまり実空間での重畳積分(Convolution)は、フーリエ空間
においては掛け算で表される。ところが、投影データのサンプリング間隔 r∆ は有限である
ため、フーリエ空間においても必要以上の周波数を考えることは、いたずらに雑音や誤差
を増大させることになる。従って実際はある周波数(カットオフ周波数rH ∆
=2
1ρ )以上
を遮断したフィルタ関数 )(ρH を利用する。
)()( ρρρ wBH = 3-12
ここで、( )( )
≥
≤=
H
HwB
ρρ
ρρρ
0
1)( 3-13
(図 3-25 左上)
また式 4-12 の実空間での応答は、
n=0 のとき、 ( )( )24
1r
rnh∆
=∆
n:偶数のとき、 ( ) 0=∆rnh 3-14
n:奇数のとき、 ( )( )222
1rn
rnh∆
−=∆π
となる。(図 3-25 左下)
しかし、このフィルタ関数は遮断特性が急激であるため再構成画像の画質に悪影響を及ぼ
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すことが指摘されている。そこで Shepp と Logan はこれを改良して次のようなフィルタ関
数を導入した。
=
0
2sin2
)( H
H
H ρπρ
πρ
ρ
H
H
ρρ
ρρ
>
≤
3-15
(図 3-25 右上)
これに対応するインパルス応答の各標本値は
( )( ) ( )222 41
2nr
rnh−∆
=∆π
3-16
となる。(図 3-25 右下)
以上の過程で行われる画像再構成法は 2D-FBP(Filtered Back Projection)法と呼ばれており、X
線 CT などでも用いられている方法である。
図 3-25 フィルタ関数(左:Ramachandran-Lakshminarayanan、右:Shepp&Logan)
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3-4 PET 用放射性薬剤の合成
PET では、陽電子(β+)を放出する放射性同位元素(β+線放出核種)で標識された放射
性薬剤が用いられる。生体内で情報伝達を担う神経伝達物質やホルモンなどの低分子微量
生理活性物質の人体内挙動を追跡するためには、それらの性質を損なうことなく放射性同
位元素で標識をしなければならない。ところが、分子が小さいために本来その分子に含ま
れない元素や官能基を導入すると本来の性質を失ってしまう可能性が高い。したがって、
低分子微量生理活性物質の標識には、それらの分子を構成する C、O、N あるいは F などの
放射性同位元素を用いる必要がある。
β+線放出核種である 11C、15O、13N、18F は半減期が非常に短く人体適用可能でありこの
目的に適していることから、PET はとくに低分子微量生理活性物質を基盤とする放射性薬
剤による核医学イメージングの領域で必須となっている。半減期が非常に短いことは、比
較的大量に投与しても被爆が少ないこと、同一固体で繰り返し動態検査を行えることなど
の利点ももたらす。また、半減期が短いほど単位原子あたりの放射能(比放射能)が強い
ため、生体の生理的状態を乱さない極微量での検査が可能となる。 11C、15O、13N、18F は半減期が数分から 2 時間程度と非常に短いため、企業的に製造供給
するのは難しい。したがって、現在のところこれらの核種で標識された放射性薬剤を利用
するには、PET が設置された病院内に超小型サイクロトロンによる放射性同位元素の製造、
それを用いた合成標識と精製ならびに注射剤としての品質管理を行うための設備および人
員が必要となる。
超小型サイクロトロンは、磁場内で荷電粒子が円運動をすることを利用し、陽子で 10~
18Mev、重陽子で 5~10Mev 程度まで加速する装置である。得られた加速粒子の束(ビーム)
はターゲットと呼ばれる箱に導かれる。ターゲット内にはガスあるいは液体が充填されて
おり、加速粒子との核反応により放射性同位元素が製造される。
図 3-26 にターゲットの例を示す。複数種のターゲットが回転軸上に装填され、遠隔操作
により必要とするターゲットがビーム出口にセットされるようになっている。サイクロト
ロンは運転時に非常に強い放射線を発生させるため、本体はコンクリート厚 1m 以上の遮蔽
壁に囲まれた部屋に設置され、運転時には人が立ちいれないようにインターロックなどが
装備されている。
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図 3-26 サイクロトロンに装着されたターゲットの例
得られた放射性同位元素は 1 次生成物として得られ、これらを用いて種々の放射性薬剤
が合成される。合成は、半減期が短いこと、強い放射能を有すること、注射剤として患者
に用いることなどの点で一般的な有機合成とは異なり、短時間、遠隔、無菌的操作、高再
現性が要求される。これらを満足するため、PET 用放射性薬剤に適した合成反応と自動化
装置が種々開発されている。これらの装置や薬剤は研究を目的とするものからスタートし
たが、現在では一部健康保険が適用されるまでに成熟してきている。図 3-27 に自動合成装
置とその設備例を示す。自動合成装置は鉛厚 5cm 以上の遮蔽フード内に設置され、操作者
が被爆しないように配慮されている。
図 3-27 PET 用放射性薬剤自動合成装置(FDG)の例
1 Gunn RN, et al. Parametric imaging of ligand-receptor binding in PET using a simplified reference region model. Neuroimage. 1997 Nov;6(4):279-87.
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2 日本ポジトロン医学会設立総会第 1 回シンポジウム「脳・心臓・ガン」講演報告集 3 Michel D, et al. Exact and approximate rebining algorithm for 3-D PET data. IEEE Trans. Med. Imag. 1997; 15: 145-158. 4 佐々木公佑,平成 10 年度修士学位論文,3 次元ポジトロン CT における散乱補正の研究,東北
大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻 5 水田哲郎, 平成 11 年度修士学位論文, ”短時間 2 次元トランスミッションデータによる 3 次元
PET の吸収補正”, 東北大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻. 6 野原功全,山下貴史,村山秀雄,山本幹男,外山比南子, ”陽電子計測の科学”, 日本アイソトープ
協会. 7 菊池洋平, 平成 13 年度修士学位論文, “半導体 PET の基礎開発”, 東北大学大学院工学研究
科量子エネルギー工学専攻. 8 ニコラス ツルファニディス 著, 阪井英次 訳, ”放射線計測の理論と演習 上巻”, 現代工学社. 9 GALENN F. KNOLL 著, 木村逸郎, 阪井英次 訳, ”放射線計測ハンドブック”, 日刊工業新
聞社, pp.240-256. 10 田中栄一, ”PET の現状と将来”, RADIOISOTOPES, Vol.46, pp.733-742, 1997. 11 山本誠一, 飯田秀博, 三浦修一, 菅野巌, ”PET 用 2 次元γ線位置検出器の開発”, RADIOISOTOPES, Vol.45, pp.229-235, 1996. 12 天野昌治 他, ”ポジトロン ECT 装置 HEADTOME-V(SET-200W シリーズ)の開発”, 島津評
論, Vol.51, pp.59-65, 1994. 13 東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRIC)利用者のしおり, pp.41,2001 年
11 月. 14 四月朔日聖一, 藤原竹彦 他, “全身用ポジトロン断層撮影装置(島津:SET-2400W)の 2 次元
および 3 次元データ収集画像の分解能とカウント・リカバリ係数の測定”, 核医学, Vol. 37, pp.35-41, 2000. 15 今里悠一, 大橋昭南, “医用画像処理”, 昭晃堂, pp.84-112. 16 岡部哲夫, 瓜谷富三 編集, “医用放射線科学講座 14 医用画像工学”, 医歯薬出版株式会社, pp.108-117. 17 斉藤恒雄, “画像処理アルゴリズム”, 近代科学社, pp.103-122. 18 末柄薫子, 平成 12 年度卒業論文, ”アイテレーション法に基づいた PET 画像再構成法の研
究”, 東北大学工学部子エネルギー工学科