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足関節/上腕血圧比(ABI)測定は、末梢動脈疾患(PAD)診断の基本である。一方、脈波伝播速度(PWV)は、ABIの弱点とされる動脈硬化ボーダーライン圏の患者や糖尿病合併患者での診断精度に優れ、両者の情報を補完し合うことにより、より高い精度でPADやそのハイリ
スク患者を見出すことができるものと期待されている。本講演では、ABIとPWVの特徴と弱点、測定の意義などについて簡単に解説するとともに、両者を指標としてPADの発症・進展機序を解明することを目的とし、現在 進 行 中 の 観 察 試 験・APEX(Asymptomatic
Peripheral Arterial Disease Rx)の概要について述べる。
ABIの概念と測定・算出法 下肢動脈の触診は、PADの存在を推測する重要なヒントとなるが、これだけでは診断の決め手とはならない。PADが疑われる患者の確診には、ABI測定により、信頼できる客観的な指標を得ることが不可欠である。 ABIの概念は、きわめてシンプルである(図1)。狭窄のない健康な動脈の持ち主では、下肢の血圧と上腕の血圧はほぼ等しくなる。しかし、もし下肢動脈に狭窄や閉塞が存在すれば、下肢の血圧は上肢に比べて低下するはずである。そこで、両者の比を求め、その値が「1.0」から大きくはずれることがないかどうかをみることにより、狭窄の有無を見きわめようとして考案されたものがABIである。ABIは、「足関節血圧」を「上腕血圧」で除することによって算出され、これが0.9を割り込むようであればPADと診断される。ABIに基づくPADの診断精度を血管造影像により検証すると、感度が95%、特異度は99%となり、十分に信頼に足る診断ツールとしての評価が確立されている。 足関節血圧は、左右それぞれの足について、後脛骨動脈(PT)血圧と足背動脈(DP)血圧を測定し、そのうち高いほうの値を採用する。一方、上腕血圧は、両側の
上腕血圧のうち高いほうの値を採用し、左右いずれのABIを算出する際にもそれを用いる。つまり、図2にあ
げた例でいえば、足首血圧は左が120mmHg、右が80mmHg、上腕血圧は160mmHgとなり、ABIは左が120÷160=0.75、右が80÷160=0.50ということになる。ただし、足関節血圧のとりかたについては、PTとDPの
うち低いほうを採用するほうが感度が上がるという報告もあることを付け加えておきたい。 測定は、患者の上腕および足関節にカフを巻き、仰臥位にて行う。カフがきっちりと巻かれていないと正確な測定ができないため、市販のカフでサイズの合わない体格の人ではABI測定は困難である。また、糖尿病患者では動脈壁の石灰化のためにカフによる圧迫が困難となり、ABIが1.0よりも高く出ることがあるといった問題も指摘されている。
ABIを応用した病変部位の同定、治療効果の評価法 ABIの技術を応用することにより、一歩進んだ検査も可能である。例えば、下肢の血圧を足関節だけでなく、大腿上部、大腿下部、ふくらはぎ、中足、足指の各部位で測定する分節血圧測定を行えば、病変の有無のみならず存在部位についても当たりをつけることができる。 また、明らかな間歇性跛行を呈するにもかかわらず、安静時のABIが正常もしくは若干低下した程度である人に対しては、トレッドミルなどによる運動負荷試験が有用である。もし、下肢動脈に血行を妨げるほどの狭窄がなければ、運動負荷は足関節血圧を上昇させるはずであり、その場合、跛行はPAD以外の原因によるものと推定される。これに対し、運動負荷により足関節血圧の低下を生じるようであれば、やはりPADによる跛行と診断できよう。また、低下した足関節血圧が元に戻るまでの時間は疾患の重症度に依存するため、これを測定することにより重症度や治療の成果を客観的に評価すること
ABIとPWVの特徴と意義
Ankle Brachial Index and Pulse Wave Velocity
Emile R. Mohler, Ⅲ(University of Pennsylvania School of Medicine, USA)
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第21回 国際高血圧学会 サテライトシンポジウムから 3
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図1 ABIの概念
Weitz JI, et al. Circulation. 1996; 94: 3026-49.より引用。
下肢の収縮期血圧は、原則として上腕の収縮期血圧とほぼ同等である。
ABIによるPADの診断精度は、感度が95%、特異度が99%であることが、血管造影により確かめられている。
したがって、下肢の収縮期血圧と上腕の収縮期血圧の比は、ほぼ1.0となるはずである。
下肢血圧
上腕血圧
÷ 1
図2 ABIの算出法と判定基準
PT:後脛骨動脈、DP:足背動脈。
ABI 判定0.91以上 正常0.71~0.90 軽度の狭窄あり0.41~0.70 中等度の狭窄あり0.00~0.40 重症の狭窄あり
右ABI80/160=0.50
左ABI120/160=0.75
左上腕血圧160mmHg
右上腕血圧150mmHg
左足関節血圧120mmHg PT80mmHg DP
右足関節血圧40mmHg PT80mmHg DP
第21回
国際高血圧学会
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もできる。
ABIによるPAD早期発見の意義 米国における間歇性跛行の有病率は、55歳以上の人口の約5%と報告されている。跛行自体の予後は比較的良好であり、73%の患者は5年後にも安定した状態にあり、下肢切断に至る人は4%にも満たない。しかしながら、周知のようにPAD患者は心血管疾患(CVD)の超ハイリスクグループであり、5年以内の非致死的心血管イベント発症率は20%、死亡率は30%(うちCVDによる死亡は75%)にも及ぶという。 しかも、自覚症状のない非症候性のPADであっても、死亡率の高さは症候性のPADとほとんど変わりないことがCriquiら(1992)によって報告されている(図3)。よって、ABIによりPADを見出すことは、心血管イベントのハイリスク患者を早期に見出し、治療の機会を与えるという意味でもきわめて重要であるといえる。 実際、全米25都市・27施設のプライマリケア施設を受診した50歳以上の患者のうち、高齢(≧70歳)、喫煙、糖尿病のいずれかに該当する「PADハイリスク患者」全例にABIによるスクリーニングを行ったPARTNERS
(PAD Awareness, Risk, and Treatment: New
Resources for Survival)研究(2001)では、対象者の29%にPADが見出され、そのうち半数以上(56%)には、PADとともに冠動脈疾患(CAD)も見出された(図4)。こうしたことから、先頃発表されたACCとAHAに
よるPADの診療ガイドラインでは、「70歳以上の高齢者または50歳以上の喫煙者・糖尿病患者が外傷などによらない間歇性跛行を訴える場合、速やかにABIを測定すべき」旨が明記されている。
PWVはABIの弱点を補完できる PWVの原理や測定法については次演者の講演に譲り、ここではあえて触れないが、Kojiら(2004)は、連続
症例472例の冠動脈造影像とABIおよびPWVの関係を検討した結果、ABI値が最も低い第1四分位群の患者は他の四分位群の患者に比してCAD有病率が有意に高く(p<0.05)、逆にPWVが最も低い第1四分位群の患者は他の四分位群に比して有意に有病率が低率であった(p<0.05)ことを報告している。 また、透析患者785例を34ヵ月にわたって追跡し、ベースライン時のABIおよびPWVと予後との関係を検討したKitaharaら(2005)によると、PWVは全体としては生命予後の有意な予測因子とはならなかったが、ABIの低下が軽度な群(ABI>0.9)に限れば、PWVが
高くなるほど死亡率も高くなるという有意な相関が認められたという(p<0.0001)(図5)。 すなわち、PWVは、まだ狭窄がほとんど進行しておらず、ABIが正常に近い人において特に有用性が高いと考えられる。前掲のPARTNERS研究において示されたように、PAD有病者の半数以上はすでにCADも有している。したがって、これらの患者をより早い段階で見出すことが期待できるPWVの意義は大きいといえよう。 また、前述のように、ABIには糖尿病患者に多い石灰化の影響を正しく評価できないという弱点があり、Strong Heart Study(2004)では、ABIが1.3を超える“supernormal”の人では死亡率がかえって高くなるという矛盾が露呈されている(図6)。周知のように、糖尿病は心筋梗塞の既往に匹敵する強力な心血管死亡の危険因子であるうえに患者数も多い。その糖尿病患者のリスクを見かけのABIに惑わされずに評価できるという点も、PWVが期待される所以である。近年は、ABIと
PWVを同時に測定・算出できる機器も登場し、利便性も向上していることから、PWVの活用機会は今後ますます増加するものと予想される。
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図4 「PADハイリスク患者集団」におけるPADおよびCADの有病率
図5 軽度なABI低下(>0.9)を呈する透析患者のPWVと生命予後の関係
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図3 PAD患者の死亡率
Criqui MH et al. N Engl J Med. 1992; 326: 381-6.より引用。Kaplan-Meier生存曲線は全症例の死亡率に基づく。
100
生存率(%)
追跡期間(年)
0 2 4 6 8 10 0
75
50
25
0
健常者
非症候性PAD患者
症候性PAD患者
重症症候性PAD患者
Hirsch AT et al. JAMA. 2001; 286: 1317-24.より引用。ABIにより、対象者の29%にPADが見出された。
29%44%
56%
ABIによりPADと診断された患者PADのみが見出された患者PADとCADの両方が見出された患者
Kitahara T et al. Am J Kid Dis 2005.より引用。
1.0
生存率
0.8
0.6
0
0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600
追跡期間(日)
17.0以下17.0~20.1未満
20.1~23.8未満
23.8以上
baPWV(m/秒)
x2=57.8p<0.0001
図6 ABIと死亡率の関係(Strong Heart Studyより)
Adapted from Resnick HE et al. Circulation 2004; 109: 733-9.より引用。
70 全死亡率心血管死亡率
死亡率(%)
60
50
40
30
20
10
0
0.60未満
(n=
25)
ベースライン時のABI
0.60~
0.70未満
(n=
21)
0.70~
0.80未満
(n=
40)
0.80~
0.90未満
(n=
130)
0.90~1
.0未満
(n=
195)
1.0~
1.10未満
(n=
980)
1.40~1
.50未満
(n=
136)
1.50以上
(n=
89)圧縮不可
(n=
179)
第21回
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ABIとPWVを指標にPADの発症・進展機序を探るAPEX試験が進行中 ところで、間歇性跛行を呈する患者のほとんどは、最初に症状が現れたのがいつであったか記憶していないという。これは、同じ動脈硬化性疾患でありながら、最初の発作が歴然としている心筋梗塞や脳梗塞との大きな違いである。そもそも、心筋梗塞や脳梗塞の発症機序についてはかなり詳細にわたって解明が進んでいるにもかかわらず、間歇性跛行の発症機序の解明はほとんどなされていない。はたして、冠動脈や脳動脈に生じたプラークの破綻によってHeart AttackやBrain Attackが引き起こされるのと同じように、下肢においても“Leg
Attack”と呼ぶべき事態が生じているのだろうか? また、典型的な高齢者のPADの場合、病変は浅大腿動脈(SFA)に生じることが多く、深部動脈の病変はほとんどみられないなど、病変を生じる血管はある程度決まっている。しかし、糖尿病患者の場合、普段は狭窄が起こらない血管にも病変が生じやすくなることが知られているが、その理由は不明である。どのような血管に、どのようなときに狭窄が生じ、どういう人が将来跛行を生じることになるのだろうか? われわれは、これらの疑問に対する答えを得るべく、APEXという前向き観察研究を計画中である。本試験は、無症候性のPAD患者を追跡し、間歇性跛行の出現・悪化と下肢動脈の狭窄、ABIやPWVの変化を観察しよう
というものである。一次エンドポイントは、①間歇性跛行のグレードの進行、②6分間歩行テストの時間短縮、③血管超音波にて認められる総大腿動脈(CFA)、SFA、または膝窩動脈の狭窄、二次エンドポイントは、①PWVの変化、②ABIの低下0.1ポイント、③WIQ
(Working Impairment Question;運動機能の自覚症状の指標)、④心血管イベント(心筋梗塞または脳血管障害)である。目標登録患者は50~100例、追跡期間は1年の予定である。この研究により、PADの発症や症候性の間歇性跛行への移行機序の一端が明らかになれば、PADや間歇性跛行のハイリスク患者を予測し、予防策を講じることもできるようになるかもしれない。
おわりに 「予測すること、特に将来について予測することは容易ではない」と述べたのは、アメリカ・メジャーリーグで活躍した捕手で、引退後はヤンキースのコーチ、監督のほか、ニューヨーク・メッツのコーチなどを歴任したYogi Berraである。彼が野球というゲームについて述べたこの言葉は、そのままPADという疾患にも当てはまる。しかし、われわれは今、予測のためのいくつかのツールを手に入れ始めている。その予測精度はまだ完全ではないが、診断や治療方針の決定を助け、治療成績を高めることに役立つことは間違いないだろう。
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