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2009 年度秋学期
「刑法 II(各論)」講義
2009 年 10 月 13 日
【第 5 回】強盗の罪(その 1)
1 強盗罪[236 条] 《山口刑法 pp. 295-300 /西田各論 pp. 157-165、山口各論 pp. 209-223》
1-1 客体
a. 財物 ← 1 項強盗罪[236 条 1 項]の客体
基本的には窃盗罪の場合と同様(【第 2 回】2 および【第 3 回】1-1 を参照)。
[問]不動産は 1 項強盗罪の客体に含まれるか?
A. 消極説(←多数説)
B. 積極説
↑
この点が問題となる場面としては、
(i) 暴行・脅迫により不動産の登記名義を取得する場合
(ii) 暴行・脅迫により不動産の事実上の占有を取得する場合(=不動産の侵奪)
が考えられるが、(i)については不動産の移動しないという特性から 1 項強盗罪を認めるべき
であるとの見解あり。
なお、不動産の占有を有することを財産上の利益と解することが可能であるので、1 項強
盗罪の成立が認められない場合でも、後述の 2 項強盗罪(強盗利得罪あるいは利益強盗罪)
[236 条 2 項]が成立することになる。
b. 財産上の利益 ← 2 項強盗罪(強盗利得罪あるいは利益強盗罪)[236 条 2 項]の客体
※ 法文に言う「財産上不法の利益」とは利益自体が不法であることを意味するものではなく、財産上の
利益を不法に移転させることを意味するものである。
[移転性のある利益](〈第 10 講・問題 1〉参照)
強盗罪が移転罪(【第 2 回】1-3 参照)である以上、移転性のある利益に限定される。
→移転性のない情報やサーヴィスなどについては、本罪の成立を一般的には肯定でき
ない。
(ただし有償のサーヴィスなどについては、料金に対応する財産上の利益/損害を
観念する余地があるので、本罪の成立を認めうる。)
[不法な利益]
本罪の客体に不法な利益も含まれるか?
←財産罪の保護法益の問題(【第 2 回】3 参照)と同じ性質の問題
裁判例は、占有説の立場に対応して、以下の場合などについて強盗罪の客体であることを
肯定する。
* 盗品等の対価であることを明らかにして消費寄託の目的とした現金に対する返還請
求権(大阪高判昭和 35 年 12 月 26 日下刑集 3 巻 3=4 号 208 頁)
* いわゆる「白タク」の料金(名古屋高判昭和 35 年 12 月 26 日高刑集 13 巻 10 号 781 頁)
* 取引を斡旋すると欺罔されて渡した覚せい剤の返還請求権または代金請求権(最決
2009 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
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昭和 61 年 11 月 18 日刑集 40 巻 7 号 523 頁)
(※ ただし、売春代金についてこれを否定した裁判例がある。広島高判昭和 43 年 12 月 24 日判時 548
号 105 頁。)
1-2 暴行・脅迫
被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものである必要(判例(241)参照)
←この程度に達しているか否かによって、恐喝罪[249 条]と区別される。
↑
「社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであるかどうかと云う客観的基
準によって決せされるのであって、具体的事案の被害者の主観を基準としてその被害者の反抗を
抑圧する程度であったかどうかと云うことによって決せられるものではない。」(前掲判例(241)
参照)
←この客観的判断に際しては、犯人および被害者の性別、年齢、犯行の状況、凶器の有無
などの具体的事情を考慮して判断することになる(肯定例として判例(243)を、否定例
として判例(244)を参照)。
[問]客観的には反抗を抑圧するに足るものであったが、現実には被害者は反抗を抑圧されな
かった場合は?((〈第 9 講・問題 2、3〉)
A. 強盗既遂罪が成立する。(前掲判例(241)参照)
B. 強盗未遂罪と恐喝既遂罪の観念的競合とする。(判例(242)参照)
←強盗罪は暴行・脅迫により被害者の反抗が抑圧されて財物が奪取されるという
因果関係を要件とする(なぜなら、被害者の反抗の抑圧の有無によって恐喝罪との区別
が可能になるから)ものである以上、被害者の反抗の抑圧なく財物が移転した場
合は強盗罪については未遂の成立にとどまると解するべき。
[問]反抗を抑圧するに足りない程度の暴行・脅迫を用いたところ、被害者が臆病者であった
などのため実際には反抗が抑圧された場合は?
A. 恐喝罪の成立にとどまる。
←客観的基準を採る立場からは、後述の B 説は一貫性に欠けるとする。
B. 行為者が被害者の臆病な性格などを知っていた場合には強盗罪の成立を認める。
※ B 説との関連で、被害者の特殊事情のために通常では反抗の抑圧に足りない暴行・脅迫でも
反抗抑圧の効果を有する場合には、そのような被害者の特性を考慮して判断することがむし
ろ客観的判断にかなうとし、同特殊事情は暴行・脅迫の反抗抑圧性自体の判断ではなくその
認識(=強盗罪の故意)の有無の問題であるとする見解あり。
なお、いわゆる「ひったくり」の場合については、暴行がもっぱら財物を直接奪取する手段と
して用いられており、反抗の抑圧に向けられたものでないので、通常は窃盗罪にとどまるとされ
る(人の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫が用いられた場合には強盗罪が成立するとの見解が
あるが、疑問である)。
ただし、被害者を押し倒したり、財物を離さないために暴行を継続したりした場合には、反抗
抑圧の手段として暴行が用いられたとして、強盗罪が成立する(判例(246)参照。なお、暴行の
程度が反抗の抑圧に足りる程度に至らない場合は恐喝罪となる)。(〈第 9 講・問題 1〉参照)
※ 被害者の畏怖という心理状態は強盗罪に必須の要件ではない。従って、不意に被害者を殴って気絶させ
た場合も、その反抗を抑圧したものであるから、強盗罪が成立する。
~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
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2009 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
1-3 強取
1-3-1 総説
強盗罪の成立には、暴行・脅迫により被害者の反抗を抑圧して財物・財産上の利益を奪取し
た(=強取)という因果関係が必要。
[強取が肯定された事例]
* 被害者の差し出す物を受け取った場合
(東京高判昭和 42 年 6 月 20 日東高刑時報 18 巻 6 号 193 頁)
* 逃走した被害者が放置した物を取得した場合
(名古屋高判昭和 32 年 3 月 4 日高刑裁特報 4 巻 6 号 116 頁)
* 被害者が気が付かないうちに奪取した場合(判例(245)参照)
←この場合は財物奪取目的で被害者を殺害する場合に強盗(殺人)罪が成立する
のと同様の意味で強取が認められる(次回【第 6 回】4-5 参照)。
[強取が否定された事例]
* 被害者が逃走中に落とした物を取得した場合
(名古屋高判昭和 30 年 5 月 4 日高刑裁特報 2 巻 11 号 501 頁)
←強盗未遂罪と窃盗既遂罪の観念的競合となる。
1-3-2 財物奪取後の暴行・脅迫
[問]財物奪取後にその物の占有を確保するために暴行・脅迫を行った場合は?
A. 1 項強盗罪の成立を肯定する。(判例(248)参照)
B. 1 項強盗罪の成立を否定する。
→ 2 項強盗罪または事後強盗罪[238 条]の問題とする。(判例(249)参照)
←暴行・脅迫が財物などの奪取の手段となっていない。
(暴行・脅迫時にはすでに占有の移転が完了している。)
※ 占有の移転が未完了(=窃盗罪が既遂になる以前)の場合は、強取を肯定しうる(い
わゆる「居直り強盗」の場合)。
1-3-3 暴行・脅迫後の領得意思
[問]強盗以外の目的で暴行・脅迫を用いて相手方の反抗を抑圧した後に財物奪取の意思を生
じ、反抗抑圧状態を利用して財物を奪取した場合、強盗罪が成立するか?(〈第 9 講・問
題 4〉)
A. (新たな暴行・脅迫)不要説
(大審院昭和 19 年 11 月 24 日刑集 23 巻 252 頁、最判昭和 24 年 12 月 24 日刑集 3 巻 12 号 2114
頁、判例(252)(253)参照)
[理由]
* 事後強盗罪[238 条]は窃取後の暴行・脅迫を強盗罪として論じているが、こ
の場合には暴行・脅迫と財物奪取との因果関係はより強く認められる。
* 先行行為者が強盗の目的で被害者に暴行・脅迫を加えて反抗を抑圧した後に、
後行行為者が奪取にのみ関与した場合、通説は後行行為者を強盗罪の承継的共犯
とするが、これとの均衡を図るのであれば、自らの先行行為の利用の場合にも強
盗罪を認めるべきである。
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
* 新たな暴行・脅迫が必要とすると、被害者が最初の暴行で気絶した場合には新
たな暴行・脅迫の可能性が認められず強盗罪にはならないことになるが、そうす
るとより情状の重いこの場合の方が軽く処罰されることになり、不当である。
B. (新たな暴行・脅迫)必要説
(高松高判昭和 34 年 2 月 11 日高刑集 12 巻 1 号 18 頁、判例(250)(251)、大阪高判平成元年 3 月 3
日判タ 712 号 248 頁(#)参照)
[理由]
* 強盗罪の成立には財物奪取に向けた暴行・脅迫が行われることが必要である。
(238 条の規定はあくまでも例外である。)
* 準強姦罪[178 条]のような規定が強盗罪には存在していない。
必要説を採用した場合、新たな暴行・脅迫としてどのような程度のものが必要であるか?
→すでに反抗が抑圧されている者に対して行う暴行・脅迫であるので、通常の場合に
比べて(それ自体として)程度の低いものであれば足り(前掲判例(250)参照)、また
反抗抑圧状態を維持・継続させるもので足りる(前掲大阪高判平成元年 3 月 3 日参照)、
とされる。(〈第 9 講・問題 5、6〉参照)
(※ ただし、学説の中には、単なる反抗抑圧状態の不解消では足りず、あくまで暴行・脅迫に
よる反抗抑圧状態の惹起が必要と解する見解も存在する。)
◇ 実際上問題となるのは、被害者を殺害または気絶させた後に財物奪取の意思を生じた
場合である。
上記 A 説からは強盗罪の成立を認めることになるが、判例は被害者を死亡させた場
合(判例(184)参照)、被害者を気絶させた場合(前掲判例(251)参照)ともに窃盗罪が成立す
るとしている。
→基本的に B 説の立場に立つと解される。
ただし、下級審判例ではあるが、強制わいせつ目的で被害者に暴行を加え、その両手
首を紐で後ろ手に縛って身動きが困難な状態にしたうえでわいせつ行為を行い、その後
財物を奪取した事案について、「本件のように被害者が緊縛された状態にあり、実質的に
は暴行・脅迫が継続していると認められる場合には、新たな暴行・脅迫がなくとも、こ
れに乗じて財物を取得すれば、強盗罪が成立する」と判示したものが最近になって出て
来ており(判例(254)参照)、今後の判例の動向には注意が必要である。
1-4 処分行為の要否
※ 2 項強盗罪の成立には、暴行・脅迫により惹起された反抗の抑圧による不法利得が認められることが必要。
ただし、1 項強盗罪における財物の移転とは異なり、利益の移転の有無については不明瞭さがあること
から、2 項強盗罪の成否については固有の問題がある。
[問]財産上の利益の移転があったというためには、被害者による(債務免除や支払猶予の意思
表示といった)処分行為が必要か?
A. 必要説
判例(255)は、利益移転の外形的事実の発生が必要であり、財産上の処分行為の強制
が必要であるとする。
B. 不要説
判例(256)は常に被害者の意思表示を必要としないとし、また判例(257)は必ずしも相
手方の意思による処分行為を強制することを要しないとする。
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2009 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
←詐欺罪や恐喝罪では瑕疵があるとはいえ任意の意思表示がなされるのに対し、強
盗罪が成立するためには、被害者の反抗の抑圧が必要であり、意思を抑圧された
被害者が処分行為をする余地はない、との考え方に基づく。
ただし、処分行為は不要であるとしても、財産上の利益の移転は現実的かつ具体的に認
められる必要がある。(〈第 10 講・問題 2〉参照)
(※ なお、前掲判例(255)が必要説を採用していたのは、2 項強盗罪の成立範囲を限定する意図であ
ったと考えられる。)
[具体例]
* 債務の支払を免れる目的で債務者が債権者を殺害する場合(〈第 10 講・問題 4〉参
照)
債権者の死亡により債務の存在を知る者がいなくなる等の理由により、相続人など
において債権の行使が不可能または事実上極めて困難になり、事実上債務の支払を免
れたのと同様の状態を作り出したことが必要であり、単に支払を一時的に免れたこと
では足りない(でないと債権者の殺害はほぼ常に強盗殺人罪を構成することになる)
と解すべき(前掲判例(257)参照)。
※ 判例(258)は、債権者側による速やかな債権の行使を相当期間不可能ならしめた場合におい
ても不法利得を肯定しうるとしたものである((〈第 10 講・問題 5〉参照)も参照)が、上記
の理解に従えば、疑問である。
* 相続人が被相続人を殺害する場合
相続による被相続人の地位の継承には、利益の取得の現実性が認められないので、
否定されるべき(判例(259)参照(=〈第 10 講・問題 2〉参照))。
1-5 罪数
[財物詐取後の暴行・脅迫の場合]
[例]当初から無銭飲食の意思で飲食し、その後暴行・脅迫により代金請求を免れた場合(〈第 10
講・問題 6〉)。
←無銭飲食については 1 項詐欺罪[246 条 1 項]が成立するが、その後の暴行・脅迫
による代金免脱の部分について 2 項強盗罪が成立するか、成立するとして 1 項詐
欺罪とはどのような関係に立つか、が問題となる。
A. 1 項詐欺罪と暴行罪/脅迫罪の併合罪とする(2 項強盗罪は成立しない)。
(神戸地判昭和 34 年 9 月 25 日下刑集 1 巻 9 号 2069 頁 ←代金免脱のため請求者を殺害した場合に 1
項詐欺罪と殺人罪の併合罪としたもの)
B. 1 項詐欺罪と 2 項強盗罪の併合罪とする。(大分地判昭和 52 年 9 月 26 日判時 879 号 161 頁)
C. 1 項詐欺罪と 2 項強盗罪が成立し、重い 2 項強盗罪の包括一罪となる。
(判例(249) ←両者の包括一罪として重い後者の刑で処断する、とするもの)
←財物そのものが詐欺罪により保護されるのと同じように、被害者の有する代金請
求権も財物とは別個の保護に値することを理由とする(ただし、同一の財産的利
益の保護であるから、包括一罪となる)。
[財物窃取後の暴行・脅迫の場合]
[例]他人の財物を窃取した後、被害者による返還請求を暴行・脅迫により免れた場合。
←窃盗罪が成立した後、暴行・脅迫による返還請求免脱の部分について 2 項強盗罪
が成立するか、成立するとして窃盗罪とはどのような関係に立つか、が問題となる。
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
(財物詐取後の暴行・脅迫の場合と同様の問題であるが、被害者の返還請求権に対
する強盗の成否が問題となる点、事後強盗罪[238 条](後掲 2 参照)との関係が
問題となる点に注意が必要。)
A. 窃盗罪と 2 項強盗罪が成立し、重い 2 項強盗罪の包括一罪となる。
(判例(249) ←両者の包括一罪として重い後者の刑で処断する、とするもの)
B. 返還請求権の侵害は窃盗罪の共罰的事後行為または不可罰的事後行為として独立の処
罰の対象とはならない。
←盗品に対する返還請求権は窃盗により侵害された所有権の内容に過ぎない、との考
え方に基づく。
※ なお、この考え方によれば、窃盗罪で処罰されない場合は、2 項強盗罪で処罰することは
可能である。
《参考文献》
* 町野朔「『財物』と『財産上の利益』」『犯罪各論の現在』pp. 137-150
* 町野朔「強盗罪における財物の取得」『犯罪各論の現在』pp. 151-162
* 山口厚「強盗罪の諸問題」『問題探究 刑法各論』pp. 126-145 のうち、p. 134 までの部分
* 島岡まな「暴行・脅迫後の領得意思」『刑法の争点』pp. 174-175
※ 大阪高判平成元年 3 月 3 日判タ 712 号 248 頁(項目 1-3-3 の(#)
印)は、『判例刑法各論[第 5 版]』には未登載
であるが、『刑法判例百選 II 各論[第 6 版]』に No. 39 の判例として登載されているので、必要があればこち
らを利用していただきたい。
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