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土木技術資料 53-11(2011)
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大榑川洗堰 逆川締切
油島締切
(a) (b)
大榑川洗堰 逆川締切
油島締切
(a) (b)
輪中
(c)
輪中
(c)
報文
イタセンパラを育む木曽川氾濫原生態系の理解と 再生への取り組み
佐川志朗* 萱場祐一** 久米 学*** 森 誠一****
1.木曽川の河道変遷 1
木曽三川の中・下流域にあたる濃尾平野は、流
域から運ばれてきた土砂によって形成された沖積
平野である。本地域は1608年に犬山から下流の
木曽川左岸に約47kmに及ぶ大堤防(御囲堤)が
築造されるまでは、木曽三川の河道が幾筋も網目
状に乱流する広大な氾濫原域であった。江戸時代
に入って御囲堤や輪中が築造され(図 -1(a))、そ
の150年後の1753年から、薩摩藩士によって洪水
氾濫制御を目的とした逆川や油島の締切り、大榑
川の洗堰設置などの工事が行われた(宝暦治水、
図 -1(b))。明治時代に入ると、オランダ人技師ヨ
ハネス・デレーケを迎え、三川分流を基本とした
工事が着手された(明治改修、図 -1(c))。大正時
代(1900年代~)に入ると、日本で初めての発電
用ダム・大井ダム(1924年)をはじめ、豊富な
水量を利用した水力発電用ダムが多数建設された。
さらに近年(1970年代~、特に昭和高度成長期)、
地下水取水量の増大による地盤沈下が広域に進行
するとともに、河川では洪水を安全に流すための
河道掘削、資材としての砂利および玉石採取等が
盛んに行われた。以上の歴史的背景により、木曽
川は現在の河相を呈するに至っている。
2.天然記念物イタセンパラの生息状況
イタセンパラAcheilognathus longipinnisは、
コイ科タナゴ亜科に属し、淀川水系、木曽川水系、
富山平野の3地域に不連続に分布する。いずれの
地域個体群も生息確認が断片的、かつ局所的であ り、経時的に安定して生息しているとは言い難い
状況にある。大河川氾濫原域を有する淀川および
木曽川における近年の本種の主な生息場所は、ワ
ンド(タマリ)と呼ばれる湾状(池状)の水域で
あり、河川の営力で形成される河道内砂州上の河
川水位以下の凹部や土砂堆積を受けた水制工裏部
等に位置する。両河川とも低水路流水部の著しい
──────────────────────── Comprehension of floodplain in the Kiso River and its restoration project
河床低下に伴い、土砂堆積部の陸化が進行し、比
高の拡大、ワンドへの冠水頻度の低下、伏流・地
下水流動の遮断、陸化部の乾燥化および樹林化が
進行しており(図 -2)、それらがワンド環境を劣
化させ、本種の生息に悪影響を与えていることが
指摘されている。淀川では以上を改善すべく、水
図-1 河川改修による木曽三川の変遷
土木技術資料 53-11(2011)
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2002 年
1992 年
生息域外飼育(環境省主導)
生息域内における生息環境の維持改善(国土交通省主導)
保全対策(地元県市町等関係機関協力)
●木曽川イタセンパラ保護協議会を設立し、パトロール・啓発活動を実施・関係機関による定期的なパトロールの実施、情報交換
・地元住民を中心とした監視体制の構築に向けた取組の実施
調査・研究
【生息域外保全対策】●生息域外でイタセンパラを飼育し、
遺伝的多様性を維持・個体の捕獲・飼育繁殖試験の取組・遺伝子解析・飼育繁殖した個体の放流に向けた検討
【生息域内保全対策】●イタセンパラが生息できる河川(ワンド等)の環境改善
・底泥浚渫、外来魚駆除、・樹木伐採、地盤切り下げ・モニタリング・事業(工事)にあたっての配慮
関係機関一覧:岐阜経済大学地域連携推進センター独立行政法人土木研究所自然共生研究センター愛知県 環境部 教育委員会 警察本部一宮市 教育委員会岐阜県 環境生活部、教育委員会、警察本部羽島市 教育委員会環境省 中部地方環境事務所国土交通省 中部地方整備局河川部文化庁文化財部(オブザーバー)岐阜県世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふ
(オブザーバー)
生息域外飼育(環境省主導)
生息域内における生息環境の維持改善(国土交通省主導)
保全対策(地元県市町等関係機関協力)
●木曽川イタセンパラ保護協議会を設立し、パトロール・啓発活動を実施・関係機関による定期的なパトロールの実施、情報交換
・地元住民を中心とした監視体制の構築に向けた取組の実施
調査・研究
【生息域外保全対策】●生息域外でイタセンパラを飼育し、
遺伝的多様性を維持・個体の捕獲・飼育繁殖試験の取組・遺伝子解析・飼育繁殖した個体の放流に向けた検討
【生息域内保全対策】●イタセンパラが生息できる河川(ワンド等)の環境改善
・底泥浚渫、外来魚駆除、・樹木伐採、地盤切り下げ・モニタリング・事業(工事)にあたっての配慮
関係機関一覧:岐阜経済大学地域連携推進センター独立行政法人土木研究所自然共生研究センター愛知県 環境部 教育委員会 警察本部一宮市 教育委員会岐阜県 環境生活部、教育委員会、警察本部羽島市 教育委員会環境省 中部地方環境事務所国土交通省 中部地方整備局河川部文化庁文化財部(オブザーバー)岐阜県世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふ
(オブザーバー)
底への照度増加を期待した水深の浅いワンドの新
設、干出ワンド部の地盤掘削による増水時冠水
(攪乱)ワンドの再生、堰による水位運用等の対
策が行われたが、いずれも本種の安定定着にはい
たっていない(小川 2008)。一方、木曽川では、
写真-1 木曽川産イタセンパラの雄
図-2 木曽川の河相の変化
1958年よりイタセンパラの生息が報告されてい
たが、1994年の確認を最後に絶滅が暗示された。
しかし近年の水辺の国勢調査で再確認され、それ
以降、各省庁による保全への活動が活発化してお
り、木曽川イタセンパラ事業環境検討会(国土交
通省)、木曽川上流自然再生検討会(国土交通省)、
イタセンパラ生息域外保全検討会(環境省)、木
曽川イタセンパラ保護協議会(産官学合同)が組
織され、生息域外保全、生息環境の保全・創出
(域内保全)、外来生物対策、密漁対策、啓発・環
境教育活動が検討、実施されている(図-3)。 木曽川における本種の生息エリアには10地区
約160箇所のワンドが存在するが、1970~80年代
調査(既存調査)以降、それらの多くのワンドを
対象とした本種の生息分布調査はなされていな
かった。著者らは、2007年から本種の生息場所
特性を明らかにすることを目的として、計104箇所のワンドを対象に調査を継続している(本調
査)。調査手法や頻度が異なることから厳密な比
較はできないが、既存調査と本調査における本種
生息ワンド数割合には大きな変化はみられていな
い(図 -4)。しかし、ある特定地区でみると、生
息が全く確認されなくなった、もしくは確認ワン
ドが激減している地区がみられ、当該地区の環境
の変遷を勘案すると、これは生息環境の劣化に起
因する可能性が高い。
図-3 木曽川におけるイタセンパラ保全への取り組み
土木技術資料 53-11(2011)
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図-4 イタセンパラ生息ワンドの割合
3.イタセンパラと淡水二枚貝類との関係
本種は秋に淡水二枚貝類(イシガイ類)の出水
管に伸長した産卵管を差し込んで、鰓葉内に卵を
生みつける(図 -5)。雄はそれと同時もしくは前
後して二枚貝類の入水管付近で放精することによ
り受精を完了させる。受精卵は冬の低温期間を貝
内で過ごし、翌春の水温が温むころに(20℃以
上 )、貝内から泳ぎ出る。以上の産卵形態に対す
る産卵母貝側が受ける利益は無いと考えられてお
り、むしろ、産卵数が多い場合には産卵母貝が斃
死する場合もある。従って双方の関係はイタセン
パラのみに利益がある片利共生もしくは寄生だと
考えられている。また一方で、二枚貝類が放出す
るグロキディウム幼生はヨシノボリ類等の魚類に
一定期間寄生し、着脱・着底して世代を重ねる。
以上より本種保全のためには産卵母貝となる淡水
二枚貝類および寄主となる魚類の保全も忘れては
ならない。
図-5 タナゴ類と淡水二枚貝類の共生関係
4.自然再生事業への展開
前述したとおり木曽川の河相は時・空間的に動
的に変化しており、木曽川の河相変化とイタセン
パラの生息状況との関連や本種の生息場所の劣化
機構を明らかにするためには、本種の生息場所の
物理環境特性を、河川の氾濫、攪乱要因を含めて
検討する必要がある。著者らは以上に着目した研
究を進めるとともに、河川管理者らと協同して、
イタセンパラおよびその産卵母貝(淡水性二枚
貝)に着目して、自然再生事業への成果の適用を
検討、実施している。具体的には、冠水頻度、洪
水営力(外力)、水域(ワンド間)連続性を向上
させ、木本類の繁茂抑制、水面への日射の増大、
底泥嫌気化の抑制、微生息環境の多様化等のワン
ド環境を恒久的に再生することを目指している
(図-6)。現在、短期的対策として、底泥の除去、
樹木伐開、地盤切り下げを実施し、順応的管理の
中でその応答を確認している段階にある。
比高の拡大
課題樹林化の進行
課題
ワンドの孤立化
課題
有機物・底泥の堆積
課題
比高の拡大
課題樹林化の進行
課題
ワンドの孤立化
課題
有機物・底泥の堆積
課題
図-6 ワンド環境の再生方法
地盤切り下げ対策(上流側)樹木伐開対策
自然営力向上による底質の改善有機物供給量の減少
自然営力向上による底質の改善上流側からの冠水頻度の増加水交換の増加(本川との連続性)イタセンパラを含む生物種の増加
地盤切り下げ対策(上流側)樹木伐開対策
自然営力向上による底質の改善有機物供給量の減少
自然営力向上による底質の改善上流側からの冠水頻度の増加水交換の増加(本川との連続性)イタセンパラを含む生物種の増加
連続性向上対策
他水域との連続性水域面積の増加ワンド環境の多様化
地盤切り下げ対策(下流側)
下流側からの冠水頻度の増加本川との連続性(水循環の増)イタセンパラを含む生物種の増加
連続性向上対策
他水域との連続性水域面積の増加ワンド環境の多様化
地盤切り下げ対策(下流側)
下流側からの冠水頻度の増加本川との連続性(水循環の増)イタセンパラを含む生物種の増加
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
1974-1984 2007-2009
生息ワンドの割合(%)
浅野 (1984)
本調査
土木技術資料 53-11(2011)
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図-8 ヌートリアに食害された二枚貝類の残骸
5.外来種の影響
外来生物がイタセンパラに及ぼす影響について
は、保護協議会(図 -3)でも注視しているが、そ
の影響の程度は明らかになっていない。現在我々
は、以上に着目した研究を推進するとともに、勉
強会等を通じて地域住民および関係機関との共通
理解を促している段階にある。著者らが木曽川ワ
ンドで確認・注目している外来動物としては、哺
乳類ではヌートリア、アライグマ、両生・爬虫類
ではウシガエル、ミシシッピアカミミガメ、甲殻
類ではアメリカザリガニ、魚類ではタイリクバラ
タナゴ、ブラックバス、ブルーギル、などがあげ
られる。中でもアメリカザリガニやヌートリアに
よる産卵母貝の捕食は深刻な問題であり(図 -7,8)、特に後者については年間を通して二枚貝類
を捕食しており、餌が少なくなる冬季には捕食数
が突出することが明らかとなりつつある。このこ
とは、冬季の二枚貝類はイタセンパラの受精卵を
含有しているため、食害により本種の産卵母貝が
減少するのみならず、新規加入個体の減少をもた
らすことを示唆する。
6.おわりに
木曽川のワンド再生事業は緒についたばかりで
あり、課題も多岐に渡るが、その歩みは順応的に
一歩一歩推進されている。本事業は、地域、行政
および研究機関が意思疎通を図りながら協同して
進められており、我々の責務としては、事業に資
する研究結果を提供するとともに、全体のファシ
リテータとしての役目も担っていく必要があるだ
ろう。 最後に、図 -1,2,3,6は、委員会資料を変更して
掲載した。資料をご提供いただいた国土交通省木
曽川上流河川事務所、(株)建設環境研究所の関
係者各位に深謝致します。
参考文献 1) 小川力也:イタセンパラ:河川氾濫原の水理環境
の保全と再生に向けて、魚類学雑誌、第55巻、
pp.144~148、2008
佐川志朗*
萱場祐一**
久米 学***
森 誠一****
独立行政法人土木研究所つくば中央研究所水環境研究グループ自然共生研究センター 任期付研究員、農博 Dr.Shiro SAGAWA
独立行政法人土木研究所つくば中央研究所水環境研究グループ自然共生研究センター 上席研究員、工博 Dr.Yuichi KAYABA
岐阜経済大学奨励研究員 水産科学博 Dr.Manabu KUME
岐阜経済大学 教授 理学博 Dr.Seiichi MORI
図-7 ヌートリアの成獣(木曽川ワンドにて)